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ふ、と意識が覚醒すると、カチリ、と歯が何かに当たる感触がした。
冷たい。
少しぼんやりした頭のまま、少し目線をさげると、わたしはグラスを持っていた。
どうやら、グラスを傾けて口をつけているところだったらしい。
ぱちぱちとはじける炭酸を唇で感じながら、中身は飲まずに、そのままそっと胸元まで腕を下ろした。
なんでこんなものを持っているのだろう。
そもそもここはどこだ。
妙にだるい頭を動かして、辺りの様子をうかがう。
――多分、どこかの舞踏会。
華やかな貴族がいて、絢爛豪華なホールで。明らかに夜会だと分かるのに、どこで開かれて、どこで開催されているものなのか、まったくわからなかった。
周りにいる貴族の顔は、もやがかかったように認識できないし、ホールの装飾も、ところどころは見たことのあるものでも、それらすべてをそろえている場所には心当たりがない。
歩いてみれば、何か分かるだろうか、と足を踏み出そうとして、まったく動かないことに気が付いた。
驚いて足元を見れば、なにもおかしなところはなかった。
ただ、どうやらわたしは随分と貧相なドレスを着ているらしいことが目に入る。
ドレスコードに満たないような恥ずかしいドレスではない。でも、オヴントーラの公爵令嬢が着るようなドレスでもない。
公爵令嬢よりも、もっと下。それこそ男爵か、子爵か。
わたしがドレスを見ていると、賑やかだったホールは、水を打ったように、静寂が場を支配した。
驚いて周りを見れば、貴族たちの視線は一点に注がれている。表情は分からないが、顔がどこを向いているかくらいは分かる。
自然と、わたしの視線もそちらへ向いた。
その先には、一組の男女が立っていた。
人の輪の中に立つ彼らは、周りの貴族とは違って、顔立ちがはっきりしていた。顔が、表情が、しっかり見えるのだ。
男の方はカルファ王子と似ている。まわりの反応と合わせてみるに、王族の関係者だろうか。ただ、似ているだけで、カルファ王子ではない。彼よりも身長が高く、しかし顔立ちは幼い。
女の方は見覚えがない。随分と豪華で質がよさそうなドレスに身を包んでいる。それこそ、わたしでなく、彼女が公爵令嬢であるかのように。
二人を見ていると、二人ごしに見える人だかりにも、数人、顔がしっかり見える貴族たちがいた。賢そうな顔と筋肉質な体がアンバランスに見える男、中世的な美しい顔立ちの男。赤紫と金のオッドアイが目立つ端整な男と貴族的な服に着られているように見える男――そして、暗くくすんだ緑の髪を結いあげている男。
かたまって立っている男たちは、みんな穏やかな顔をして、中心にいる一組の男女を、祝福するように見つめていた。
もしかして、この夜会は、あの男女の婚約発表のパーティーか何かだろうか。
そんなことを考えながら、ぼう、と彼らを見ていると、ふと、貴族的な服に着られている、場慣れしていない男と目があった。
その、フォイネシュタインのような赤い瞳と。
ぎくり、と肩が勝手にはねて、わたしの手から、グラスが滑り落ちる。
――――ガシャンッ!
「――っ!」
ガラスが砕け散る音に驚き――わたしはばちりと目を開けた。――目を開けた?
「あ、あれ……」
ドッ、ドッ、と心臓が暴れるように跳ねて落ち着かない。パッと状況が頭に入ってこなくて、息が震える。
「ここ、ベッド……? あれ? ん、あ、夢……?」
起き上がって周りを見れば、普段わたしが寝泊まりしている、ギルド近くの宿の部屋だった。先ほどまでいたはずの絢爛豪華なホールの影など、どこにもない。
ベッドから立ち上がれば、普通に立てるし、歩けた。頭はまだどこか混乱しているままだが、少なくとも体は普通に動く。
「変な夢だった……」
覚えのないホールに、見たことのない人々。全く心当たりがない、幻想のような夢だった。
冷たい。
少しぼんやりした頭のまま、少し目線をさげると、わたしはグラスを持っていた。
どうやら、グラスを傾けて口をつけているところだったらしい。
ぱちぱちとはじける炭酸を唇で感じながら、中身は飲まずに、そのままそっと胸元まで腕を下ろした。
なんでこんなものを持っているのだろう。
そもそもここはどこだ。
妙にだるい頭を動かして、辺りの様子をうかがう。
――多分、どこかの舞踏会。
華やかな貴族がいて、絢爛豪華なホールで。明らかに夜会だと分かるのに、どこで開かれて、どこで開催されているものなのか、まったくわからなかった。
周りにいる貴族の顔は、もやがかかったように認識できないし、ホールの装飾も、ところどころは見たことのあるものでも、それらすべてをそろえている場所には心当たりがない。
歩いてみれば、何か分かるだろうか、と足を踏み出そうとして、まったく動かないことに気が付いた。
驚いて足元を見れば、なにもおかしなところはなかった。
ただ、どうやらわたしは随分と貧相なドレスを着ているらしいことが目に入る。
ドレスコードに満たないような恥ずかしいドレスではない。でも、オヴントーラの公爵令嬢が着るようなドレスでもない。
公爵令嬢よりも、もっと下。それこそ男爵か、子爵か。
わたしがドレスを見ていると、賑やかだったホールは、水を打ったように、静寂が場を支配した。
驚いて周りを見れば、貴族たちの視線は一点に注がれている。表情は分からないが、顔がどこを向いているかくらいは分かる。
自然と、わたしの視線もそちらへ向いた。
その先には、一組の男女が立っていた。
人の輪の中に立つ彼らは、周りの貴族とは違って、顔立ちがはっきりしていた。顔が、表情が、しっかり見えるのだ。
男の方はカルファ王子と似ている。まわりの反応と合わせてみるに、王族の関係者だろうか。ただ、似ているだけで、カルファ王子ではない。彼よりも身長が高く、しかし顔立ちは幼い。
女の方は見覚えがない。随分と豪華で質がよさそうなドレスに身を包んでいる。それこそ、わたしでなく、彼女が公爵令嬢であるかのように。
二人を見ていると、二人ごしに見える人だかりにも、数人、顔がしっかり見える貴族たちがいた。賢そうな顔と筋肉質な体がアンバランスに見える男、中世的な美しい顔立ちの男。赤紫と金のオッドアイが目立つ端整な男と貴族的な服に着られているように見える男――そして、暗くくすんだ緑の髪を結いあげている男。
かたまって立っている男たちは、みんな穏やかな顔をして、中心にいる一組の男女を、祝福するように見つめていた。
もしかして、この夜会は、あの男女の婚約発表のパーティーか何かだろうか。
そんなことを考えながら、ぼう、と彼らを見ていると、ふと、貴族的な服に着られている、場慣れしていない男と目があった。
その、フォイネシュタインのような赤い瞳と。
ぎくり、と肩が勝手にはねて、わたしの手から、グラスが滑り落ちる。
――――ガシャンッ!
「――っ!」
ガラスが砕け散る音に驚き――わたしはばちりと目を開けた。――目を開けた?
「あ、あれ……」
ドッ、ドッ、と心臓が暴れるように跳ねて落ち着かない。パッと状況が頭に入ってこなくて、息が震える。
「ここ、ベッド……? あれ? ん、あ、夢……?」
起き上がって周りを見れば、普段わたしが寝泊まりしている、ギルド近くの宿の部屋だった。先ほどまでいたはずの絢爛豪華なホールの影など、どこにもない。
ベッドから立ち上がれば、普通に立てるし、歩けた。頭はまだどこか混乱しているままだが、少なくとも体は普通に動く。
「変な夢だった……」
覚えのないホールに、見たことのない人々。全く心当たりがない、幻想のような夢だった。
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