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るんるんと楽し気に歩くウィルエールの隣をわたしも歩く。
そう言えば、宿と修理店を往復するばかりで、ランスベルヒの街中を歩いたことはあまりない。ランスベルヒに来てからしばらく経つのに、普段通る道以外は全く分からなくて、迷子になったらギルドまで戻れなそうだ。
ランスベルヒの街並みは賑わっている、とは言い難かった。観光地のエステローヒと比べているからそう感じるだけだろうか。
娯楽のための店、というよりは、武器や術具、薬屋など、冒険者御用達、と言わんばかりの店が立ち並んでいる。
道行く人は皆、鎧や武器を装備していて、軽装のわたしとウィルエールはちょっとばかり浮いているように見えた。
「こうしていると昔を思い出すね」
ふと、ウィルエールがつぶやく。
いまいちピンと来ていないわたしに、「ほら、昔、王都の」と説明をしようとして、ウィルエールの声が小さく曖昧になっていく。立ち止まった彼の表情は、しまった、という顔をしていた。なんとか誤魔化そうと慌てふためいているようだ。
「ああ、そういえば……」
アルベルトと一緒にエステローヒの街を歩いたのが、『街中』を歩いたのが初めて――と思っていたが、過去に一度、帝中都をこっそりとお忍びで歩いていたことがあったのを、今思い出した。
あのときは、そう。わたしとウィルエール、そしてカルファ王子の三人で出かけたのだった。
何度も城を抜け出しては帝中都へ遊びに行くトーランド王子を見て、そんなにいいものなのか、と興味を示したカルファ王子がお忍びで遊びに行きたがったのだ。
あのときのわたしは、カルファ王子が好きで好きで仕方なくて、彼が言うことにはなんでも従っていた。だから、わたしも一緒に行きたいと、賛同したのだ。
それに仕方ないなあ、とついてきてくれたのがウィルエールだった。
まあ、護衛という名目だったはずなのだが、乳兄弟で幼馴染、さらには幼い子供でわたしたちより魔術は使えるけど勉強中の身、ということで、ほとんど一緒に遊んだようなものだったが。
カルファ王子もいたから、彼は言葉を濁したのだろう。
確かに、あの頃のわたしはまだカルファ王子の婚約者じゃなくて、カルファ王子の気を引こうと必死だったのは確かだ。ただただ、カルファ王子の隣に立ちたくて、必死に公爵令嬢として努力していた。
カルファ王子の婚約者になってからは、隣に立つのにふさわしい令嬢になる、というのが、手段ではなく目的になってしまったのだが。
だからだろうか、彼の心が離れていてしまったのは。いや――最初からそばになかったのかもしれない。わたしが、恋は盲目、と言わんばかりに、彼のことがある意味で、見えていなかったのだから、その可能性は大いにある。
こればかりは本人に聞いてみないと分からないが――その機会は永遠にないだろう。ウィルエールと違って、本当に。彼が王子でなくなったとしても、わたしのところに来るわけがないし、そもそもエンティパイアを出るわけがない。
「大丈夫ですわよ、そんな顔をしなくても」
そもそも、彼のことは吹っ切れているのだ。
合瀬咲奈の記憶と混ざり合ったからだろうか。それとも、こうして、公爵令嬢であることを捨て、平民として働き、生きているからだろうか。
彼への想いは、過去のものとなっていた。
どうしようもなく好きだったことは事実だし、それは否定しない。でも、今もそうであるか、と聞かれれば、それはまた別の話である。
「ほら、行きますわよ」
あの時とは違って、バレないうちに帰らなきゃいけないわけでもなく、自由だ。けれどまあ、店にも閉店時間と言うものがあるわけで。
そう説明すれば、ウィルエールは安堵したように、笑みを見せ、また歩き出した。
そう言えば、宿と修理店を往復するばかりで、ランスベルヒの街中を歩いたことはあまりない。ランスベルヒに来てからしばらく経つのに、普段通る道以外は全く分からなくて、迷子になったらギルドまで戻れなそうだ。
ランスベルヒの街並みは賑わっている、とは言い難かった。観光地のエステローヒと比べているからそう感じるだけだろうか。
娯楽のための店、というよりは、武器や術具、薬屋など、冒険者御用達、と言わんばかりの店が立ち並んでいる。
道行く人は皆、鎧や武器を装備していて、軽装のわたしとウィルエールはちょっとばかり浮いているように見えた。
「こうしていると昔を思い出すね」
ふと、ウィルエールがつぶやく。
いまいちピンと来ていないわたしに、「ほら、昔、王都の」と説明をしようとして、ウィルエールの声が小さく曖昧になっていく。立ち止まった彼の表情は、しまった、という顔をしていた。なんとか誤魔化そうと慌てふためいているようだ。
「ああ、そういえば……」
アルベルトと一緒にエステローヒの街を歩いたのが、『街中』を歩いたのが初めて――と思っていたが、過去に一度、帝中都をこっそりとお忍びで歩いていたことがあったのを、今思い出した。
あのときは、そう。わたしとウィルエール、そしてカルファ王子の三人で出かけたのだった。
何度も城を抜け出しては帝中都へ遊びに行くトーランド王子を見て、そんなにいいものなのか、と興味を示したカルファ王子がお忍びで遊びに行きたがったのだ。
あのときのわたしは、カルファ王子が好きで好きで仕方なくて、彼が言うことにはなんでも従っていた。だから、わたしも一緒に行きたいと、賛同したのだ。
それに仕方ないなあ、とついてきてくれたのがウィルエールだった。
まあ、護衛という名目だったはずなのだが、乳兄弟で幼馴染、さらには幼い子供でわたしたちより魔術は使えるけど勉強中の身、ということで、ほとんど一緒に遊んだようなものだったが。
カルファ王子もいたから、彼は言葉を濁したのだろう。
確かに、あの頃のわたしはまだカルファ王子の婚約者じゃなくて、カルファ王子の気を引こうと必死だったのは確かだ。ただただ、カルファ王子の隣に立ちたくて、必死に公爵令嬢として努力していた。
カルファ王子の婚約者になってからは、隣に立つのにふさわしい令嬢になる、というのが、手段ではなく目的になってしまったのだが。
だからだろうか、彼の心が離れていてしまったのは。いや――最初からそばになかったのかもしれない。わたしが、恋は盲目、と言わんばかりに、彼のことがある意味で、見えていなかったのだから、その可能性は大いにある。
こればかりは本人に聞いてみないと分からないが――その機会は永遠にないだろう。ウィルエールと違って、本当に。彼が王子でなくなったとしても、わたしのところに来るわけがないし、そもそもエンティパイアを出るわけがない。
「大丈夫ですわよ、そんな顔をしなくても」
そもそも、彼のことは吹っ切れているのだ。
合瀬咲奈の記憶と混ざり合ったからだろうか。それとも、こうして、公爵令嬢であることを捨て、平民として働き、生きているからだろうか。
彼への想いは、過去のものとなっていた。
どうしようもなく好きだったことは事実だし、それは否定しない。でも、今もそうであるか、と聞かれれば、それはまた別の話である。
「ほら、行きますわよ」
あの時とは違って、バレないうちに帰らなきゃいけないわけでもなく、自由だ。けれどまあ、店にも閉店時間と言うものがあるわけで。
そう説明すれば、ウィルエールは安堵したように、笑みを見せ、また歩き出した。
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