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 スレムルムを討伐せよ!
 わたしが受けた依頼はこんな内容のものだった。
 スレムルム、というのは、畑にまれにやってくるという、イノシシのような魔物だ。あまり人里に出てくるようなタイプの魔物ではないのだが、一度出てくると、味を占めるのか何度もやってくるという。エンティパイアでも、年に十数件の被害が報告されている。
 気性は荒いのだが、警戒心が薄いため、向こうに先手を取られることはまずない。
 また、数多くいる魔物の中でも、防御力の低い個体が多い。そして、あまり強い魔物ではないくせに、同種間での縄張り争いが激しいため、群れることは少ない。よって、スレムルムを討伐する依頼は、下級冒険者の中でもことさら初心者向けとなっている。

 ……というのが、フィオディーナが詰め込んだ、わたしの頭の中にもある知識である。
 今回は駆け出しも駆け出しの冒険者とパーティーを組むことになった。まだ固定パーティーを組めるほど経験もなく、自分に冒険者家業があっているのか、それならばどのような役職につくのがベストなのか、自分に足りないものはどんなところで、自分の欠点を補ってくれるのはどんな人物か……などなど、そんなことを見極める時期の冒険者。本当に駆け出しである。

 メンバーはわたしを含めて四人。
 剣術一族の三男である、剣士のファルド。
 対人間との喧嘩は得意だったという、格闘家志望のダリス。
 攻撃魔法が得意だと自慢する、魔術士テリーベル。

 わたし以外はなかなかに脳筋が集まったが……まあ、マルシによれば冒険者なんて脳筋の人が多いらしいので、仕方ないだろう。ましてや討伐系の依頼だ。腕っ節に自信がある人が集まるのは至極当然といえるだろう。
 男二、女二のパーティーで、わたしたちはスレムルムが出るという、エステローヒ沿岸部とは逆側の、西側に位置する、とある村に来ていた。がたごとと、主街に野菜を売りにきた農家の方が運転する、馬車の荷台に乗りながら。
ちなみに、当然のごとくアルベルトはエステローヒの主街にお留守番だ。わたしが帰ってくるまでに海鮮料理のおいしいお店を探し当てて見せる、といきまいていた。

「誰に願うか名前を言って、お願いして、内容を言って、もう一度駄目押しで名前を呼ぶ……。誰に願うか名前を言って、お願いして、内容を言って、もう一度駄目押しで名前を呼ぶ……」

 ぶつぶつと呟き、魔術を施行する、呪文の流れを復習する。
 フィオディーナのときはすんなりと呪文が出ていたが、今は違う。いちいちどこにあるかわからない言葉を辞書で引くように、確認作業が入るのだ。貴族だった彼女は定形文を使っていたようだが、最低限の流れさえ間違わなければ、細かいところはどうとでもなる。はず。彼女の知識はそう言っている。
 まあ、その最低限の流れすら怪しいんだけどね!
 わたしが膝を抱えながら鬱々と詠唱の流れを呟いていたからか、隣に座っていたテリーベルが、朗らかに笑いながらバシバシとわたしの背中をたたいてくる。

「だーいじょぶだって! フィオディーナさんの役割は後方支援! アタシらは駆け出しだけど、ファルドなんかはそろそろ固定パーティーを視野に入れられるくらいだし、ダリスだって即席パーティーに入っても依頼を失敗したことがない。アタシは言わずもがな、強い! まだまだ下級だけどさ。そんなに緊張しなくたって、成功するさ。たかだか、スレムルムの討伐だもん。死にそうになることなんてないさ」

 あっけらかんと、彼女は言う。ずいぶんな楽観視ではあったが、確かに、緊張しすぎると逆にへまをしそうだ。大丈夫、大丈夫……わたしは手のひらに人の文字を書き、飲み込んだ。
 その様子を見ていたのだろう、ファルドさんが声をかけてきた。

「フィオディーナさん、それはなんだい?」

「それ……?」

 どれをさしているのかわからないわたしは、首をかしげる。ファルドさんは、手のひらをこちらにむけ、中央のあたりを反対側の手で、トントン、と軽くたたいた。ああ、なるほど、人の文字を書くやつか。

「えっと……わたしの出身地のおまじないのようなもので……人の字を手のひらに三回書いて飲み込むと、緊張が解けるって……」

「へえ? 君の出身地では『人』ってそう書くんだね? ぼくにはバツ印を描いているようにしか見えなかったよ」

 その言葉を聞き、わたしはやってしまった、と内心で頭を抱えた。
 もちろん、出身地とは日本のこと。合瀬咲奈のものであり、フィオディーナのものではない。
 エンディ語はカタカナとアルファベットが融合したような文字を使う。計四十種。文法はほぼ日本語と変わらないが、貴族と平民、男女でやや違いがあり、さらに東西南北中央でイントネーションが異なる。
 細かいことは、今、関係ないのだが、とどのつまり漢字が付け入る隙はなく、もちろん、東西南北中央、どのエンティ語でも『ヒト』を『人』と書くことはない。

 とはいえ、彼らがエンティパイアに今後行けるとは限らないし、そもそもわたしがエンティパイア出身だといわなければいい話である。きっとこの世界のどかにも、漢字のような文字を使う土地があるはずだと信じながら「そうなんです~」と適当にごまかしておいた。
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