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「貴女なんて、売女の母親同様、死んでしまえばよかったのですわ! この、オヴントーラ家の恥さらし!」

 そんな言葉が、紛れもない自分の口から発せられた瞬間だった。
 わたし――フィオディーナ・オヴントーラの意識は一気に覚醒する。
 呆けたのは一瞬のこと。すぐに、血の気が引いた。今、わたしは何を言ったのだろう。目の前で怯え、泣き、しゃがみ込んでしまっている、腹違いの妹、トゥーリカに。
 妹? こんなにもかわいらしい顔立ちの少女が? 落陽(オレンジ)色の瞳も、くせっけのミルクティ色の髪も、わたしの色とは全然違う。
 わたしの黒目黒髪とは――いや、腹違いだから色くらい違うのは当然で……。
 あれ? わたしの髪は金じゃなかった? 瞳は赤で――黒目黒髪はどこからきたの?
 わたしの頭はこんがらがっていた。断片的ながら、確実に自分ではない誰かの鮮明な記憶がそこにある。先ほどまでの記憶とは別の記憶が詰められた、そんな、頭の中の引き出しが、そこにある。
 これは何。一体、何?
 激しく混乱しているのが、トゥーリカにも伝わったのだろうか。先ほどまで己を激しく罵っていた相手が、急に困惑しだしたのだ。トゥーリカの表情にも、おびえだけでなく、戸惑いの色が見えていた。

「何をしている!」

 背後から声を掛けられ、びくりと肩が震えた。振り返れば、一人の青年が立っている。顔のいい、金髪碧眼の青年。
 誰――と思ったのも一瞬のこと。この国の第二王子、カルファ・ミッティー・エンティパイア、その人である。
 ――いや王子って。この国は、日本は王政じゃ……ニホンってどこ? ここはテンティパイア帝国で……。ああ、もしかして、もう一つの記憶ではニホンに住んでいたのかしら?
 なんだかよくわからない。分からないとしか言えない。
 不思議なことに、先ほどまでトゥーリカに激しい怒りを抱いていたのに、今は何ともない。記憶が混ざり合っているだけでなく、人格までもが混ざり合っている気分だった。

「フィオディーナ!?」

 カルファ王子に名を呼ばれ、目の前の妹だけを見ていたわたしの視界は開けた。
 どこかの建物の裏側。レンガ造りの壁と、整備された地面。トゥーリカもカルファ王子も、似たデザインの衣装を着ていて――ああ、制服? そうか、ここは帝立ミロワーレ学院だ。
 なんて、わたしがのんきに周囲を観察している合間にも、カルファ王子がツカツカとこちらに向かってくる。

「フィオディーナ。これはどういうことだ?」

 カルファ王子の声音に、怒りがにじむ。カルファ王子は、第二王子ながら期待されて育った。民を愛し、道徳を求め、正義に生きる子で――いや、子って。年は確かに年下だけれど……いや二つ上だったような? ああ、もう。ややこしいわね!

「フィオディーナ! どういうことだと聞いている!」

 ごちゃごちゃとした記憶を整理する暇もない。こんがらがった頭をなんとかしようと黙っていたのを、言い訳を考えているととらえたらしい。カルファ王子がこちらをにらんでくる。

「答えられぬのか!」

「カルファ殿下、私は大丈夫ですから……っ」

 何も言わないわたしの代わりに、トゥーリカが答える。その様子すら、彼の神経を逆なでするようで、カルファ王子の怒りは収まらない。

「大丈夫だと!? どこがだ! トゥーリカをいじめていたのではないのか!?」

「の、罵っていたのだとは思います……? ……あ」

 混乱の中、わたしは思わずそう言っていた。
 まさかすんなり言うとは思っていなかったのか、王子は面を食らったような顔をし、トゥーリカの、思わず素で出てしまったような「えっ」という声が聞こえた。わたしだって同じような声を上げてしまった。
 いやでも、頭の中がぐちゃぐちゃしてる中、新しい言い訳なんて思いつかないし!
 母親が売女だの、恥さらしだの、罵倒以外のなにものでもないとは思うのだが、それ以外に何かしていたのかはわからない。多分していたのかもしれないけれど――思い出せないのだ。
 混ざりだした記憶は、いつの間にか、今までのフィオディーナのものと、誰かの記憶と半々になっていた。つい先ほどまで別々の引き出しに入っていたのに、いつの間にか同じ引き出しに入っている。そんな感じだ。
 思い出そうとすれば、何をしたのか思い出せるだろうが、それを引っ張り出すには少々時間がかかりそうだ。

「――っ、実の妹をいじめていたのか……。この様子だと、他にもいろいろと罪を犯していそうだな! 覚悟しておけ! ……行くぞ、トゥーリカ」

「……えっ、あのっ」

 カルファ王子は、トゥーリカの腕をつかみ、そのまま連れて行こうとする。
 明らかに今までの姉とは違うわたしを困惑のまなざしで見ていたトゥーリカだったが、結局は王子に逆らえるわけもなく、そのまま去っていく。

 その後ろ姿を見て、ああ、そういえばわたしは、カルファ王子と仲がいいトゥーリカに嫉妬して、校舎裏に呼び出し、突き飛ばして、恨みつらみをこんこんと投げつけていたのだということを、ようやく思い出していた。
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