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02.召喚系異世界転移ですってよ 後

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「で、イケメンさん、何の用ですか?」

 無事にイベントも終わったので、わたしの強制帰還に巻き込まれたのであろうイケメンの話を聞くことにした。
 リビングのソファにイケメンを座らせ、紅茶を出す。
 わたしは隣へ座るのに抵抗があったので、床に腰を下ろした。初対面の男の隣に座るとか、嫌じゃない?

「いけめん、というのはオレのことか?」

 わたしが出した紅茶には手を付けず、彼は不思議そうに首を傾げた。
 彼が飲なくても、わたしは喉が渇いているのでずず、と紅茶をすする。

「そうですね、名前を聞いてないので」
「それはすまなかった。オレの名前はエルベール=セグン=ロルグルドという」

 これまたかっこいい名前だった。そして同時に聞いたそばから忘れそうな名前だ。
 エル……なんだっけ? ほら、もう記憶にない。

「間髪入れずに帰ったわたしもわたしですが、名乗るより先に要望を押し付けようとしたのもどうかと思うので、以下イケメンさんで進行します」

 わたしがそう言うと、彼は不服そうに眉をひそめたが、再度訂正することはなかった。彼も彼なりに思うところがあるらしい。

「で、帰らないんですか?」

 わたしを呼んだのは向こう側だ。そして強制帰還という魔法がある。行き来する術はあるのだろう、と思って聞いてみたのだが、どうやらそうじゃないらしい。

「召喚の儀で特定の個人を呼び出すのはできない。よってオレは……帰れない」

「はー、そうなんですね」

 ……ん? いやまてよ。
 鵜呑みにして納得しかけたが、わたしの中で疑問が浮かぶ。

「いやいや、わたしのこと、オタク、って分かって呼んでませんでした?」

 めちゃくちゃ特定してるやんけ、と思ったのだが、どうやら指定できるのは年齢と性別、人種までらしい。
 人種て。
 いや、確かにオタクが人種って一理あるけど、もっとこう、日本人、とか、そういう、国ごとに分かれたものじゃないだろうか、人種って。

「まあでも、その区分ならイケメンさんの国の人間って絞り方すれば呼び出してもらえるんじゃないですか? だってほら、この地球上できっとイケメンさんだけだと思いますよ、異世界人」

 そう言うと、イケメンさんはなるほど、と納得していた。

「……すまないが、しばらくここに置かせてもらえないか? うちの魔術師も馬鹿じゃない、すぐに再召喚してくれるはずだ。ただ、オレから向こうへ連絡する手段がないんだ」

「え、うーん……」

 一瞬、めんどくせえな、と思ったけれど、彼がこちらに来てしまったのはわたしの強制帰還が原因だ。そもそもわたしを呼び出さなければこうはならなかったと言ってしまえばそれまでだが、なんか重要そうな世界の危機をほっぽって来たのも事実。
 わたしには関係ないと言えばそれまでだが、世界の救済より、この男を数日家に置く方がまだハードルが低いだろう。
 それにこちらのお金も戸籍も持っていない彼が果たしてどれほどの生活ができるというのか。
 流石にろくに生活ができないことが目に見えている人間をほっぽりだすのは気分が悪い。

「二、三日くらいなら、まあ。わたしはわたしで自由に過ごしますんで、ご飯の用意くらいしかできませんよ。過度な世話は期待しないでくださいね」

「十分だ。恩に着る」

 とりあえず、二、三日ならご飯と着替えさえあればどうにでもなるだろう。着替えは……コンビニとかで買ってこないとまずいかな。
 最低限いるであろう物を頭の中でリストアップしていると、イケメンが再び口を開いた。

「……ところで、ずっと気になっていたが、シンケン……なんとか、というのは何なのだ? 貴女の様子からして、よほど大事なものなのだろう?」

「!!!!!!」

 わたしは持っていたマグカップをソファ前のローテーブルに置き、イケメンの隣に座った。

「聞いちゃいます? 聞いちゃいますかっ? いいでしょう、教えてあげます!」

 興味を持たれたらガタッと立ち上がってしまうのがオタクの性(さが)というもの! 沼に引きずりこんで見せるぜ!

「『真剣武闘』、通称しんぶーは女性向けブラウザゲームの覇権とも言われているゲームでして!」

 中略。

「とまあ、よくある戦略系作業ゲーではあるんですけど、これが侮れないんです、めちゃくちゃ楽しくて! なんといってもキャラがいいんですよ、キャラが! 最近人気の絵師さんと声優さんをふんだんに起用してて、でも一人ひとり考察がしっかりしたキャラづくりがされてて量産系キャラにはなってなくて!
あっ、これがわたしの推しの瀬登くんなんですけど!」

 中略。

「――って感じなんです、かっこよくないですか? かっこよくないですか!? アッそうそう、アニメ版の瀬登くん、ほんとかっこよくて……これ、このアングル! このアングルでの立ち回り! やばいですよね!? おみ足、おみ足が美しすぎる……ッ! それでそれで、こっちはコミカライズの瀬登くんなんですけど、この、ここの見開き! かっこよすぎかよ!!! って感じで! 毎日拝むために自炊用のコミック買ってうまいこと繋げて加工して、印刷して祭壇に飾ってるんです!」

 中略。

「……ふう、ちょっとしゃべりすぎました」
 好きなことをしゃべるときのオタクの口調が早口長文になるのは仕方がないことなのだ。気を付けててもなってしまうものなのだ。

 イケメンさんがだいぶ引いた顔をしている……いけねっ(反省の色なし)。

「とりあえず……貴女にとってとても大切なものだというのは分かった」

「そちらの世界より優先したいほど思入れがあると分かっていただけたなら何よりです。あ、せっかくなんでやりますか? わたしのサブアカウント、お貸ししますよ。やり方もちゃんとレクチャーしますし」

 なんとなく提案してみたが、イケメンさんはやってくれるらしい。根は素直でいい人なんだろうか。
 女性向けだから、男の彼にはちょっと合わないかもしれないが、わたしの熱意を理解してもらえれば十分かな。

*****

 二日後。

「波泳ぎ殿、格好よすぎでは……?」

「波ちゃん教信者、一名様ご案内で~す」

 イケメンさん……もとい、エルはすっかりしんぶーの沼にはまっていた。波泳ぎ兼光が推しになったようだ。

「ちゃん!? こんなに格好いい方なのにちゃん呼びなのか?」

「あー、波ちゃんはゲームだとそんなにだけど、アニメ版だとすっごく妹みが強くて」

 というか女性向けに登場している時点で、筋肉紳士であってもかわいい扱いされるのはなんら不自然な流れではない。
 いろいろあるのだな、とエルは不思議そうにタブレットをつつく。「おはようございます、今日も良き日でありますよう」と波ちゃんのボイスが流れる。

「せっかくだから、アニメ版見ますか? 円盤リレーしたので全巻ありますよ」

「見る」

 即答だった。
 この二日間、がっつり布教したからか、エルはすっかり『真剣武闘』にはまっていた。
 いつ帰るかも分からないのに、ここまで抜け出せないレベルで沼に突き落としたのは悪かったかなあ、とちょっとは思う。というかここまでハマるとは思ってなかった、というのが本音だけど。
 でも、同士とわいわいしながらゲームするのがこんなに楽しいとは思わなかった。SNSの友人はいるが、住んでいる場所が遠いし生活リズムが違いすぎて、なかなかリアルで遊ぶことはない。年に一度か二度、会えればいい方だ。

 どうせしがない一人暮らしだし、一人くらい同居人が増えてもいい気がしてきた。召喚時のチート特典がこっちでも生きているみたいで治癒魔法が使えるから、怪我や病気の心配もないし。
 そんなことを考えながら、円盤をセットしてレコーダーのリモコンを取る。
 再生ボタンを押せば、オープニングが流れた。

 初めて見るアニメにわくわくと目を輝かせるエルの横顔を見ると、二、三日と言わず帰ると言い出す時まで、この家に住まわせてもいいかな、と思えてしまうのだった。
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