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3_藁ぼうしの怪獣
しおりを挟むそれから数年たったころ、いよいよ傾いた国が、勇者を募るお触れを出しました。
少年の暮らす貧しい村は、報奨金欲しさに身寄りのない少年を大喜びで売りました。
「ドラゴンを従える勇者、ここにあり!」
村人は声高に叫びます。
国中が歓喜の歌にあふれました。
こうなってしまっては、少年に逃げ場などどこにもありません。
灰色ドラゴンは知っていました。
灰色ドラゴンの知恵に幾度となく触れてきた少年も、同じく理解していました。
国をむしばむ実態のない魔王とは、ただの厄介な疫病です。
ここ数十年の異常な暑さも、地上は長い月日をかけて暑くなったり寒くなったりしているだけなのですから、勇者などと祭り上げたところで、人間ごときがどうこうできるはずもありません。
しかし少年の言葉に耳を貸す者はいません。
少年は勇者として旅立つことを強要されました。
見るに見かねた灰色ドラゴンは、騒がしくなってしまった森を捨て、少年のあてのない旅についていくことにしました。
こうして藁ぼうしを乗せた灰色ドラゴンは、少年と共に国中を旅しながら、少年を守り続けました。
魔力はありませんが、幸運にも体だけは頑丈です。
身を挺して守る、それだけしかできることはなかったのです。
気の休まるときのない灼熱の旅は、少年にとってとても過酷でした。
もともと痩せていた少年は、さらに痩せていきました。
命が削られていくのを、灰色ドラゴンはどうすることもできません。
敵を殲滅する魔力はありません。
飛んで逃げる羽も、癒やしの力もありません。
敵が来れば、灰色ドラゴンは少年を腹に抱えてうずくまります。
不器用な灰色ドラゴンには少年を守りながら戦うことが難しく、走って逃げるには少年の体力がついていかなかったのです。
びくともしない灰色ドラゴンに、敵の方が音を上げるまでずっと丸まって待ちました。
毎日はそれのくり返しでした。
勇者の出現に沸き立った人々は、手のひらを返して騙されたと責め立てました。
いくら灰色ドラゴンでも、人々から投げられる石のすべてを防ぐことはできず、いくつかの石が少年の弱った体を打ちました。
その小さな怪我がもととなり、少年は日に日に弱って、ついに一歩も歩けなくなりました。
せめてベッドで寝かせてやりたくても、少年に手を差し伸べてくれる人間はいませんでした。
灰色ドラゴンの体はとげとげしたウロコにおおわれていて、少年を抱きしめることもできません。
灰色ドラゴンは尻尾のトゲに少年を引っかけて、森の中で雨風をしのげる場所を探しました。
なんとか大きな木の下に枯れ葉を集めて、少年を横たえます。
灰色ドラゴンにできたことは、たったこれだけでした。
灰色ドラゴンは泣きました。
おいおいと泣きました。
その姿を見て、少年は優しく微笑みます。
「君と出会えて、よかった。僕は一人じゃなかった。いつも君が側にいてくれた。ありがとう。もし叶うなら、生まれ変わっても、また君と一緒にいたいよ」
灰色ドラゴンは泣きました。
泣きながら謝りました。何度も謝りました。
灰色ドラゴンは分かっていたのです。
あの日あの時あの場所で、ドラゴンである自分と出会わなければ、こんなことにはならなかったと。
ドラゴンである自分が側にさえいなかったら、少年が勇者になることなどなかったでしょう。出会わなければ、心根の素直な少年はきっと真面目に働き、あの平和な村で、幸せに一生を終えられたのです。
こんな場所で、こんなふうに命を終えることはなかったのです。
ああ、自分さえ少年と出会わなければ。灰色ドラゴンは心から悔やみました。
「幸せだな。君に惜しまれながら死ねるなんて。僕は、幸せだ」
少年は笑顔のままで、最後の一呼吸を小さく吐くと、もう二度と目を開けませんでした。
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