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168.十六歳の誕生日

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 いつもパォ一族の広い庭で力いっぱい遊び、お腹が空いたと騒ぎながら帰ってくるわんぱく息子や娘たちも、今では総勢八人。


 賑やかで楽しい怒濤の日々を過ごしていた。





 一番上の息子、クウとトワも気付けば十六歳の誕生日を目前に控えていた。


 クウはオーニョさんの背中に憧れ、軍に入隊すべく訓練生として働きはじめたところだった。

 土いじりの好きなトワは、パォ一族の十二歳年上のいとことちゃっかり婚約し、成人の儀を迎えてすぐの結婚を予定していた。


 小さなころから子守りをしてくれていた顔なじみを恋人として紹介されたときは、いったいいつからそんな関係にと、オーニョさんが荒れに荒れたものだった。







「ユーキ!」

 バタンと勢いよく扉を開けて、珍しく慌てた様子のオーニョさんが飛びこんできた。

 子供がわらわらと、あとを追うようにして入ってくる。



 今日は非番のオーニョさんが、庭で子供と遊んでくれていたのだが、いったいどうしたんだろう。

 おやつの焼き菓子を大量に用意していた俺は、嫌な予感に立ちすくんだ。



 いつもならおやつにまっしぐらな子供たちが、わぁわぁきゃあきゃあと騒ぎながら、部屋の中を落ち着かなさげに走りまわっている。

 五番目の息子は興奮しすぎて服を着たまま獣化してしまい、服の中で赤い毛並みがもだもだと転げていた。


 俺は不安な感情が子供たちに伝染しないように、ぐっと堪えて平静を装った。



「お帰りなさい。ちょっと、みんな落ちついて。おやつの用意ならちゃんとできてるよ。さぁ手を洗っておいで。今日のおやつも美味しいぞぉ!」


 俺は服に絡まった息子を引っこ抜き、オーニョさんに目くばせをした。

 オーニョさんはすぐに落ちつきを取り戻し、足もとで走りまわる子供を順番に洗面台へと誘導していく。



 そして子供がおやつに気をとられているすきに、俺の手をとり、そのままぐいぐいと外に連れだした。



「ちょ、ちょっと待って、なに」

「ルルルフから聞いた話だ。まだ何も、詳しいことは分かっていないんだが……」


 小声で話しながら外に出るやいなや、ルルルフさんが待ちかまえていた。

 庭仕事の途中だったのか、手に持ったままの大切な薬草があちこちに落ちている慌てようだった。



「ルルルフ、家の中の子供たちを、頼めるか?」

「もちろん。ここは任せて。手の空いているみんなはもう探しにいってくれてるから。でも相手は空中で、思うように情報が拾えなくて……っ!」

「では、私とユーキは山頂に向かおう。アキュース神さまなら何か知っているかもしれない」

「うん、頼んだ。家のことは僕に任せて!」




 オーニョさんは手早く服を脱ぐやいなや、ぐんぐん体を大きく膨らませ、あっという間に赤い毛並みの獣姿に変化した。

 脱ぐのに間にあわなかった服の残骸が、地面に落ちている。


 オーニョさんは四つ足で身をかがめると、俺を振りかえった。



「ユーキ、乗ってくれ! 説明はあとだ!」

「は、はいっ!」




 見たことのないオーニョさんの剣幕に、俺ははじかれたように背中に飛び乗った。

 オーニョさんはうしろを振りかえることなく、とんでもないスピードで走りはじめた。

 いつもの安全に配慮した走りかたではなかった。



 オーニョさんは道なき道を走り、壁を蹴り、屋根を飛び越え、山頂までの最短距離を走り抜けていく。


 そのたびに俺の体は上下し、内臓が浮きあがる感覚に泣きそうになりながら、振り落とされないように必死になってしがみついた。

 悲鳴を上げたくても、うっかり舌をかみ切りそうで口も開けない。




「クウが、訓練中に何者かに攫われて、……行方不明になっている」


 入隊前の訓練生として軍で働きはじめたクウの前に、一羽の鷲の獣人が滑空し、そのまま引っ攫っていったのだそうだ。

 一瞬の出来事に、誰も反応ができなかったらしい。




 その事態を知らせに走る伝令より早く、植物の声を耳にしたルルルフさんが、すぐさまオーニョさんに教えてくれたのだ。


 俺は内容を理解すると、オーニョさんの赤い毛並みを握りしめて、舌をかみ切ろうが構うものかと声の限り叫んだ。



「もっと! 急いでっ!」







 俺たちは知っていた。

 幸せがいとも簡単に、思いがけないところから崩れさってしまうものなのだと。

 クウは、自分のしたい仕事に向かって頑張っていたところだった。

 もうすぐ成人の儀を迎えて、これからもっと、ずっと幸せに、なっていくのだ。絶対に。



 ――この命にかえても守ってみせる。







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