168 / 187
168.十六歳の誕生日
しおりを挟むいつもパォ一族の広い庭で力いっぱい遊び、お腹が空いたと騒ぎながら帰ってくるわんぱく息子や娘たちも、今では総勢八人。
賑やかで楽しい怒濤の日々を過ごしていた。
一番上の息子、クウとトワも気付けば十六歳の誕生日を目前に控えていた。
クウはオーニョさんの背中に憧れ、軍に入隊すべく訓練生として働きはじめたところだった。
土いじりの好きなトワは、パォ一族の十二歳年上のいとことちゃっかり婚約し、成人の儀を迎えてすぐの結婚を予定していた。
小さなころから子守りをしてくれていた顔なじみを恋人として紹介されたときは、いったいいつからそんな関係にと、オーニョさんが荒れに荒れたものだった。
「ユーキ!」
バタンと勢いよく扉を開けて、珍しく慌てた様子のオーニョさんが飛びこんできた。
子供がわらわらと、あとを追うようにして入ってくる。
今日は非番のオーニョさんが、庭で子供と遊んでくれていたのだが、いったいどうしたんだろう。
おやつの焼き菓子を大量に用意していた俺は、嫌な予感に立ちすくんだ。
いつもならおやつにまっしぐらな子供たちが、わぁわぁきゃあきゃあと騒ぎながら、部屋の中を落ち着かなさげに走りまわっている。
五番目の息子は興奮しすぎて服を着たまま獣化してしまい、服の中で赤い毛並みがもだもだと転げていた。
俺は不安な感情が子供たちに伝染しないように、ぐっと堪えて平静を装った。
「お帰りなさい。ちょっと、みんな落ちついて。おやつの用意ならちゃんとできてるよ。さぁ手を洗っておいで。今日のおやつも美味しいぞぉ!」
俺は服に絡まった息子を引っこ抜き、オーニョさんに目くばせをした。
オーニョさんはすぐに落ちつきを取り戻し、足もとで走りまわる子供を順番に洗面台へと誘導していく。
そして子供がおやつに気をとられているすきに、俺の手をとり、そのままぐいぐいと外に連れだした。
「ちょ、ちょっと待って、なに」
「ルルルフから聞いた話だ。まだ何も、詳しいことは分かっていないんだが……」
小声で話しながら外に出るやいなや、ルルルフさんが待ちかまえていた。
庭仕事の途中だったのか、手に持ったままの大切な薬草があちこちに落ちている慌てようだった。
「ルルルフ、家の中の子供たちを、頼めるか?」
「もちろん。ここは任せて。手の空いているみんなはもう探しにいってくれてるから。でも相手は空中で、思うように情報が拾えなくて……っ!」
「では、私とユーキは山頂に向かおう。アキュース神さまなら何か知っているかもしれない」
「うん、頼んだ。家のことは僕に任せて!」
オーニョさんは手早く服を脱ぐやいなや、ぐんぐん体を大きく膨らませ、あっという間に赤い毛並みの獣姿に変化した。
脱ぐのに間にあわなかった服の残骸が、地面に落ちている。
オーニョさんは四つ足で身をかがめると、俺を振りかえった。
「ユーキ、乗ってくれ! 説明はあとだ!」
「は、はいっ!」
見たことのないオーニョさんの剣幕に、俺ははじかれたように背中に飛び乗った。
オーニョさんはうしろを振りかえることなく、とんでもないスピードで走りはじめた。
いつもの安全に配慮した走りかたではなかった。
オーニョさんは道なき道を走り、壁を蹴り、屋根を飛び越え、山頂までの最短距離を走り抜けていく。
そのたびに俺の体は上下し、内臓が浮きあがる感覚に泣きそうになりながら、振り落とされないように必死になってしがみついた。
悲鳴を上げたくても、うっかり舌をかみ切りそうで口も開けない。
「クウが、訓練中に何者かに攫われて、……行方不明になっている」
入隊前の訓練生として軍で働きはじめたクウの前に、一羽の鷲の獣人が滑空し、そのまま引っ攫っていったのだそうだ。
一瞬の出来事に、誰も反応ができなかったらしい。
その事態を知らせに走る伝令より早く、植物の声を耳にしたルルルフさんが、すぐさまオーニョさんに教えてくれたのだ。
俺は内容を理解すると、オーニョさんの赤い毛並みを握りしめて、舌をかみ切ろうが構うものかと声の限り叫んだ。
「もっと! 急いでっ!」
俺たちは知っていた。
幸せがいとも簡単に、思いがけないところから崩れさってしまうものなのだと。
クウは、自分のしたい仕事に向かって頑張っていたところだった。
もうすぐ成人の儀を迎えて、これからもっと、ずっと幸せに、なっていくのだ。絶対に。
――この命にかえても守ってみせる。
6
お気に入りに追加
1,487
あなたにおすすめの小説
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
オレに触らないでくれ
mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。
見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。
宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。
『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる