【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ

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154.絵

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 まだ昼前にも関わらず、日差しはぐんぐんと強くなってきている。

 火口のようにぽっかりと開いた穴から伸びる巨木は、緑の地面に黒々と強い影を落としていた。




 俺の手には魔法の本が一冊。

 オーニョさんの手には、俺が贈った赤いピーリャが一枚。

 お互いに空いた手と手をつないだまま、日陰の中に足を進める。


 風にちらちらと動く木漏れ日が、まるでミラーボールのように目に眩しい。くらくらする。


 そんな俺の様子に気付いたオーニョさんが、片手で俺の目を覆った。




「こうして少し慣らすといい」

 オーニョさんの手の温もりに安心して、俺は目を閉じた。

 耳に聞こえる木の葉の音が心地いい。

 ひなたの匂いは、きっとオーニョさんの匂い。



 俺がふふふと笑えば、匂いだけで感じるオーニョさんの気配が、体温を感じるくらい近くなった。



「落ちついただろうか」

「うん。ありがと」


 まぶたを覆っていたオーニョさんの手が退けられ、するりと頬に添えられる。

 俺はその手に顔を寄せた。

 そっと目を開ければ、オーニョさんの優しい笑顔。



 そんな俺たちを取り囲んでいるのは、細く繊細な金色の糸だ。

 風にそよいでふわふわと揺れている。

 オーニョさんとつないだままの手にも、幾筋もの金の糸が巻きついていた。


 少し透けながら発光する糸と巨木。
 何度見ても美しい光景だった。




 絵にしたい。


 そう思ったときにはすでに魔法の本を開いていて、俺はペンを手にした状態で我に返った。

 勢いよく魔法の本を閉じる。




 ち、違う! 今日は婚姻の儀式! 大事な日! 

 身に染みついた習慣とは本当に恐ろしい。
 心動かされるものを見ると絵に描き残したくなる癖は昔からあったけど、だけどとっても悪化している気がするぞ。


 さすがに呆れられたかもとオーニョさんに視線をやれば、オーニョさんは楽しそうに俺を見ていた。




「ご、ごめん?」

「まさか。私はユーキが絵を描いている姿を好ましく思っている。いきいきとしていて、楽しそうで。ユーキが楽しいと、私は嬉しい。だから、続きを」

「い、いや、さすがに今日は」

「むしろ生涯にただ一度だけの大切な日を、他でもないユーキに描き残してもらえるなんて、とても光栄だ」

「ううぅ。ごめん。すぐ終わるからね。すぐだよ!」




 俺はオーニョさんの優しさに甘えて、もう一度魔法の本を開くと、手早く線を重ねていった。


 この世界に来てからずっと、風景の模写だけは息をするように描けていた。

 そうしてペンを走らせているうちに、描けなかった地球での日々が、どんどん遠くなっていったのだ。




 思い出すのは、小さなころ、広告の裏紙に夢中になって落書きをしていた気持ち。

 技法も道具も何もなく、ただ絵を描くのが楽しかった毎日。

 もっと描きたい、もっともっとと、高揚する気持ちだった。



 俺は目の前の美しい光景から目を離さずに、絵を描きながらオーニョさんに話しかけた。




「そういえば、日本には漢字っていう文字があるでしょ。その中には形が言葉の意味を表す文字があるんだ。例えば木だと、こうやって木の形から〝木〟という漢字が作られたんだって」


 俺は魔法の本の空白に、木が変化していく絵を描きながら、オーニョさんに漢字の説明をした。

 上から覗きこむオーニョさんは、ふむふむと頷いている。



「それでね思ったんだ。本当の成り立ちや意味は知らないんだけどね。向こうの世界の〝絵〟っていう漢字は〝糸〟と〝会う〟という二つの漢字が、こうやって組みあわさって〝絵〟になるんだよね。
 俺はオーニョさんという糸に会って、また絵がかけるようになった。きっとオーニョさんが、俺の絵なんだなって。……だからね、ありがとう」



 途中から我に返って恥ずかしくなってきたけど、俺はなんとか最後までいうことができた。


 目が泳ぐ。

 うう。やっぱりちょっとクサかったかな。でも、本当にそう思ったんだ。



 もじもじする俺の手をとって、オーニョさんは真剣な表情で跪いた。

 俺の左手の薬指に光るリングに、そっと唇を寄せる。


 まるで映画のワンシーンのような綺麗な動作に、見惚れてしまった。

 物語の中の王子様みたいだ。




「ユーキ。もう一度、いわせて欲しい。私のすべてで、あなたを守ると誓うよ。ともに、生きよう」

「うん。俺、めちゃくちゃ長生きしてやるんだからね。それでね、俺だってオーニョさんを、全力で守るんだ。俺、この世界でちゃんと、生きるよ。オーニョさんと一緒に、ずっと、幸せに」

「ああ。ずっと、一緒だ」




 俺は差しだされた赤いピーリャを受けとって、跪くオーニョさんの頭にふわりと乗せた。

 オーニョさんの頭を守っていた婚礼衣装の白いピーリャが、赤いピーリャに覆われていく。



 薄く張りのある赤いピーリャは、この世界の風景や好きなものを取りとめなく抽象的に描いたものだった。

 こうして身にまとうことで二次元の絵画が三次元へと変化して、角度や光によって表情をかえていく。

 奥が深くて面白い。



 まだまだもっと描いてみたい。

 オーニョさんと一緒なら、きっといくらでも描けるだろう。




 俺はピーリャを巻き終えると、形を整えた。



『おめでとう。ユーキ・ヒユートゥーツツァ・パォ・キヨノと、ンッツオーニョ・ファル・オフェサゥルァの婚姻を、正式に見届けた。新たな二人の未来に、私からの加護を』




 アキュース神さまの優しい声が頭に響く。

 たくさんの金色の糸が舞うなか、俺から生えている糸もふよふよとただよいながら、オーニョさんの赤い糸に絡まっていた。

 透明な俺の糸はオーニョさんの赤い糸とつながって、赤から透明への見事なグラデーションを作っている。




 この世界にまだ馴染めていなかったあのころ、オーニョさんへの気持ちを認めるきっかけになったグラデーションだ。

 あの日の予感通りに、俺とオーニョさんの糸がいっぱいつながっていた。




『この様子なら、もう何の心配もいらないね。私も……、一安心だ』

「彼?」

『ああ。彼の最期に、間にあってよかった。彼は同郷の君の幸せを、ずっと祈っていたからね』



 アキュース神さまがそういうと、今にも消えそうな金の繭が、明滅する妖精に守られながら現れた。

 俺とオーニョさんは固く手をつないで、それを見守った。



「この繭って……」



 俺はごくりと唾を飲みこんで、なんとか乾いた声をふり絞る。



『ええ。もう話す力は残っていませんが、直太朗・ブェライ・山田の魂ですよ』




 アキュース神さまの金の糸と明滅するたくさんの妖精が、小さな小さな金の繭を守りながら取り囲んでいた。







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