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128.甘い時間

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 絵を描くのに充分な広さの部屋は、構造上窓のない部屋だったが、ランプの魔道具で光源はしっかり確保できた。


 何より、これで仕事上どうしても俺に付きあわなくてはいけないルルルフさんが、毎日ライラ母さんに会えるようになるのだ。
 もちろん俺もライラ母さんに会えて嬉しい。


 場所が整えば、絵も腰を据えて描ける。いいことずくめなのだ。

 まさか異世界で憧れだった広いアトリエを持てるようになるなんて、俺は人生も捨てたもんじゃないなと前向きに考えた。



 何よりここなら、オーニョさんに秘密にしながら絵を描けるのだ。

 オーニョさんに秘密にしているのは、サプライズの気持ちが半分。

 もう半分は、本当に絵が描けるのかどうか、まだ自分に自信がないから。



 それでも描きたい絵のイメージは俺の中で渦巻いていて、たしかに出口を求めている。 

 俺はきっと描けると自分を鼓舞した。




 狭いアパートの一室で描けなくなった絵と見つめあって絶望した冬の寒さは、灼熱の砂漠の世界で俺を凍らせることはない。
 きっと大丈夫。

 この絵が完成したら、オーニョさんにプレゼントしたいのだ。

 受けとってもらえたら、それだけで嬉しいから。

 
 ――目標は、地球人保護施設を退寮するまでに完成させること。






 ただ絵を描くには、まだまだ圧倒的に材料が足りなかった。

 日本画に必要な材料は、大学で素材研究の授業を真面目に受けていたから幸運なことに理解しているし、代用できそうなものの目星もついていた。

 時間はかかっても、用意することは可能なのだ。



 毎日朝早くからあちこちに足を運び、少しずつ材料を集めていく。

 不安に思う隙もないくらい、毎日が忙しく過ぎていく。



 そして、必ず午後はライラ母さんの家で過ごした。


 ライラ母さんも、庭に椅子を出して一緒に景色を楽しむくらいには、少しずつ回復していった。

 ユーキがいつも笑顔だからライラ母さんもつられてたくさん笑うようになったと、ルルルフさんが嬉しそうにいう。

 むしろ俺のほうが二人につられて笑っている気がするのだ。



 ライラ母さんとルルルフさんにご飯の作り方を教わって、ときには庭の手入れを手伝う。

 俺は、こちらの世界にゆっくりと慣れていった。



 料理といえば、俺も地球では自炊をしていてそれなりに自信があったのだが、この世界では勝手が違った。

 初めてまきかまどを見て、最初は腰が引けてしまったのだ。

 かと思えば、現代日本並みの便利な魔道具があり、バランスがちぐはぐなのだ。


 ライラ母さんとルルルフさんの手ほどきによって、まずは簡単なお手伝いから始めることになった。

 そうして回数を重ねることで、見たことのない食材や調味料にも、ゆっくりと慣れていった。


 何度か失敗をして、成功したときは褒めてもらって、みんなでお昼ご飯を食べる。


 そうこうしているうちに夕方になり、オーニョさんが迎えに来てくれるのだ。



 美味しそうにできた焼き菓子をオーニョさんにあげれば、大げさすぎるくらい喜んでくれた。

 たとえ炭化した焼き菓子でも、ユーキが作ったものなら全部食べたいとオーニョさんは真顔でいうのだ。

 それをルルルフさんがからかって、みんなで笑いあう。



 贅沢ぜいたくなくらい甘く幸せな時間が過ぎていった。





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