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126. 機織り職人さんの工房
しおりを挟む山を下り複雑に入り組んだ細い坑道のような道を、山の中心に向かってさらに下っていく。
薄暗くなっていく道の先に、ほのかな光が垣間見えた。
糸を編んで作られた縄暖簾が、入り口を飾っている。
ここが目的の機織り職人さんの工房らしい。
「すみません。エリナスィーナ洋服店の紹介で参りました。お邪魔しても、よろしいでしょうか」
縄暖簾をくぐり声をかけると、紐に編みこまれていた螺鈿細工のような貝殻が擦れあい、しゃらしゃらと音を立てた。
貝殻をよく見ればカタツムリの殻のような形をしていて、中の空洞が音を響かせているようだ。
一歩足を踏み入れた薄暗い部屋は、極彩色の大量の糸が綛になってあちこちに吊されている。
壁一面には木枠に巻き取られた糸が綺麗に並べられていて、美しいグラデーションを成していた。
「珍しいお客さまね」
柔らかな声が聞こえる。
しかし見まわしても誰もいなかった。
同じようにきょろきょろしているルルルフさんが隣にいるだけだ。
戸惑う俺たちをからかうような声音が、上から降ってくる。
「あら、ごめんなさいね。私はここよ」
見上げるより先に、ふわふわと柔らかそうな麟粉に覆われた白い毛並みの昆虫が降ってきた。
ただし、俺とかわらない人間サイズの二本足で立つ昆虫だ。
背中には白く重そうな前翅と後翅が畳まれていて、一目見て飛ぶには向いていない翅だと分かった。
ふわふわの白い顔には黒く大きな複眼と、額には無数の繊毛が生えた櫛形の黒い触覚が伸びている。
それ以外はどこもかしこも白くふわふわの人型昆虫。
二本の足と、気品さえ感じる白く細い腕は四本あった。
これはもしや蚕の獣人、もとい昆虫人だろうか。
その美しさに目を奪われていると、ふかふかの白い麟粉が波打つ細く長い指が、天井を指さした。
「子供たちの様子を見ていたの」
つられて見上げると、天井いっぱいに緑の葉っぱが茂っていた。
よくよく見ると、天井に張り巡らされた梁にネットを張っていて、その上に葉っぱが乗せられていた。
「それで、ここに何の御用なのかしら」
「急にお邪魔して、すみません。私は清野優希と申します。エリナスィーナ洋服店の店主の紹介で参りました。可能な限り薄手で、白い布を探しています」
「はじめまして、キヨーノさん。私はモリーよ。よろしくね。その聞きなれない不思議な響きのお名前、もしかして、渡来人なのかしら」
「はい」
「やっぱり! じゃあ運命の糸のために、セクシーランジェリーでもお作りになりたいの? でも、君にはまだ少し早くないかしら?」
聞きながら小首をかしげている蚕の昆虫人さん。
その曇りなき真っ黒の複眼が心配そうに俺を見つめている。
今回、俺の言葉は完璧だったはず。
それなのに子供に見られるのはなぜなのだ。
「渡来人なので、年齢が分かりにくいようですが、私は二十二歳です。成人しています」
「そうなの? ならセクシーランジェリーでも問題はないわねぇ」
ねぇ、待って。
俺は一言もセクシーランジェリーなんていっていないのだ。
素早くかつ失礼にならない程度に否定をしながら、先に使用目的を告げておいた。
「いえ。下着ではありません。絵を描くために、布を探しているんです」
「あらあら。まぁまぁ。あなたが絵を? とっても素敵ねぇ。でも絵なら、丈夫な布がいいんじゃなくて?」
昨夜ルルルフさんに相談をしたときにも、同じことを聞かれたのだ。
きっと油絵のキャンバスのイメージが強いのだろう。
しかし日本画には絹本といって、古くから絹に絵を描く技法があった。
絹目を利用して、表からだけでなく裏側からも彩色や箔を貼るなどいろいろな表現ができるため、日本では絵を描く素材として好んで使用されてきた歴史がある。
俺はなるべく分かりやすいように、どう使うのか、どんなシルク布を求めているのかを説明していった。
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