【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ

文字の大きさ
上 下
125 / 187

125. エリナスィーナ洋服店

しおりを挟む




 相変わらず上天気の朝日を感じて目を覚ますと、俺は一つ伸びをしてからベッドを降りた。


 昔から寝起きはいいほうなのだが、しっかりと顔を洗って、今日からは忙しくなるぞと気合いを入れなおす。


 オーニョさんに秘密にしておくためには、お迎えの時間までが勝負なのだ。



 俺は相変わらず美味しい朝食を手早く胃に収めると、まずはルルルフさんと連れ立ってエリナスィーナ洋服店へと足を運んだ。





 昨夜、ルルルフさんにはなるべく自分の力で頑張りたいとお願いしてあった。

 俺は退寮するまで保護目的の監視が義務付けられている渡来人だから、一人行動はできない。

 それでも、今回は自分の力でどこまでやれるか挑戦したかった。



 ルルルフさんは見守るのも兄の務めと、みょうな方向に張りきっている。

 うん。楽しんでくれているなら俺も嬉しい、ということにしておこう。





「こんにちは!」

 エリナスィーナ洋服店の入り口にかかった厚い布をめくり上げて、とりあえず元気に挨拶をする。

 山積みになった色とりどりの布の向こうから、店主のハリネズミさんがぴょこんと顔を出した。

 何度見てもかわいい。



「おや、いらっしゃい。ンッツオーニョ大佐と一緒に来た渡来人じゃないかい。今日は何が入り用だい」

「今日は、服を買いに来たのではありません。布を買いたいのですが、いいでしょうか」


 俺は予習してきた言葉を暗唱する。

 想定内の会話であれば、ある程度の受け答えは問題ないはずだ。

 魔法の本に助けてもらってはいるけれど、俺の元ガリ勉力は伊達じゃないのだ。
 やればできる子!



「もちろんいいよ。見てのとおり、ここにはたくさんの布がある。で、欲しい布はどんなだい」

「白い布を、探しています」

「ならあそこら辺かな。ちょっと待ってな」


 ハリネズミの店主さんは、小さな手であれこれと白地の布を引っ張りだしてきてくれた。

 しかし俺が求めている布は、なかなか難しいようだ。



「柄はない布がいいです。ただの白い布がいいです。もっと艶があって、薄くて……。あの、俺の着ているこの服の布は、何といいますか?」

「それならシルクだね」

「では、シルクの白い布が、欲しいです。できるだけ、薄い布がいいです。お願いします」

「ふぅむ。それならずいぶん前になるが、渡来人からの注文でな、ランジェリーとやらを作るときにそういう布を使ったことがある。ああ、でも残念だけど、在庫を使い切っちまって今ここには置いてないねぇ」



 服に使うには不向きな薄手の布だ。
 置いていないのも当然かもしれない。

 俺は一歩目から躓いてしまって少し気落ちしたが、市場に行けばあるかもしれないと前向きに気持ちを切り替えた。

 簡単に諦めるつもりはない。


 お礼をいってお店を出ようとした俺に、店主さんが声をかけた。



「ちょっと待ちな。どうしても欲しいなら、前に仕入れた機織り職人の工房を教えてやるよ。直接行って、相談してみればいい。何か似た布があるだろうさ。
 個人の販売はあまりしとらんようだが、エリナスィーナ洋服店の店主の紹介だとでもいえば大丈夫だろう」

「ありがとうございます!」



 店主さんは、布を織っている工房の場所を紙に記して渡してくれた。

 小さくて細い指が器用に文字を記入していく姿は、失礼ながら非常にかわいかった。


 何度もお礼をいって、店をあとにする。

 張りきって歩きはじめたところで、ルルルフさんに浮気は駄目ですよ、店主は既婚者ですよと、注意をされた。


 俺だって既婚者なのは知っているよ。

 いかつい狐さんの伴侶と、かわいい娘さんもいるんだからね。……それにしても、もしかして俺ってそんなにでれでれした顔をしていたのかな。



「いやでも浮気とかそういう感情じゃなくて、ただかわいかっただけだよ。だって、だって、かわいいでしょう?」


 一生懸命に弁解をすればするほど、俺の頭の中でオーニョさんの尻尾がシュンとしてくるから、悪いことをしている気分になってしまうのだ。
 違うのに。

 ――でも、まぁ、うん、オーニョさんの前では充分に注意しよう。





しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...