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125. エリナスィーナ洋服店
しおりを挟む相変わらず上天気の朝日を感じて目を覚ますと、俺は一つ伸びをしてからベッドを降りた。
昔から寝起きはいいほうなのだが、しっかりと顔を洗って、今日からは忙しくなるぞと気合いを入れなおす。
オーニョさんに秘密にしておくためには、お迎えの時間までが勝負なのだ。
俺は相変わらず美味しい朝食を手早く胃に収めると、まずはルルルフさんと連れ立ってエリナスィーナ洋服店へと足を運んだ。
昨夜、ルルルフさんにはなるべく自分の力で頑張りたいとお願いしてあった。
俺は退寮するまで保護目的の監視が義務付けられている渡来人だから、一人行動はできない。
それでも、今回は自分の力でどこまでやれるか挑戦したかった。
ルルルフさんは見守るのも兄の務めと、みょうな方向に張りきっている。
うん。楽しんでくれているなら俺も嬉しい、ということにしておこう。
「こんにちは!」
エリナスィーナ洋服店の入り口にかかった厚い布をめくり上げて、とりあえず元気に挨拶をする。
山積みになった色とりどりの布の向こうから、店主のハリネズミさんがぴょこんと顔を出した。
何度見てもかわいい。
「おや、いらっしゃい。ンッツオーニョ大佐と一緒に来た渡来人じゃないかい。今日は何が入り用だい」
「今日は、服を買いに来たのではありません。布を買いたいのですが、いいでしょうか」
俺は予習してきた言葉を暗唱する。
想定内の会話であれば、ある程度の受け答えは問題ないはずだ。
魔法の本に助けてもらってはいるけれど、俺の元ガリ勉力は伊達じゃないのだ。
やればできる子!
「もちろんいいよ。見てのとおり、ここにはたくさんの布がある。で、欲しい布はどんなだい」
「白い布を、探しています」
「ならあそこら辺かな。ちょっと待ってな」
ハリネズミの店主さんは、小さな手であれこれと白地の布を引っ張りだしてきてくれた。
しかし俺が求めている布は、なかなか難しいようだ。
「柄はない布がいいです。ただの白い布がいいです。もっと艶があって、薄くて……。あの、俺の着ているこの服の布は、何といいますか?」
「それならシルクだね」
「では、シルクの白い布が、欲しいです。できるだけ、薄い布がいいです。お願いします」
「ふぅむ。それならずいぶん前になるが、渡来人からの注文でな、ランジェリーとやらを作るときにそういう布を使ったことがある。ああ、でも残念だけど、在庫を使い切っちまって今ここには置いてないねぇ」
服に使うには不向きな薄手の布だ。
置いていないのも当然かもしれない。
俺は一歩目から躓いてしまって少し気落ちしたが、市場に行けばあるかもしれないと前向きに気持ちを切り替えた。
簡単に諦めるつもりはない。
お礼をいってお店を出ようとした俺に、店主さんが声をかけた。
「ちょっと待ちな。どうしても欲しいなら、前に仕入れた機織り職人の工房を教えてやるよ。直接行って、相談してみればいい。何か似た布があるだろうさ。
個人の販売はあまりしとらんようだが、エリナスィーナ洋服店の店主の紹介だとでもいえば大丈夫だろう」
「ありがとうございます!」
店主さんは、布を織っている工房の場所を紙に記して渡してくれた。
小さくて細い指が器用に文字を記入していく姿は、失礼ながら非常にかわいかった。
何度もお礼をいって、店をあとにする。
張りきって歩きはじめたところで、ルルルフさんに浮気は駄目ですよ、店主は既婚者ですよと、注意をされた。
俺だって既婚者なのは知っているよ。
いかつい狐さんの伴侶と、かわいい娘さんもいるんだからね。……それにしても、もしかして俺ってそんなにでれでれした顔をしていたのかな。
「いやでも浮気とかそういう感情じゃなくて、ただかわいかっただけだよ。だって、だって、かわいいでしょう?」
一生懸命に弁解をすればするほど、俺の頭の中でオーニョさんの尻尾がシュンとしてくるから、悪いことをしている気分になってしまうのだ。
違うのに。
――でも、まぁ、うん、オーニョさんの前では充分に注意しよう。
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