124 / 187
124.お見送り
しおりを挟むたわいもない話をしながら、オーニョさんのお見送りのためにサロンをあとにする。
うしろからルルルフさんが付いてきているけれど、邪魔をしないくらいにさり気なく離れてくれていた。
気を使ってくれているのだろう。
ちょっと分かりにくいけど、ルルルフさんは優しい人なのだ。
「ユーキ。外は冷えているだろうから、見送りはここまででいい」
扉の前で足を止めるオーニョさんに、俺は首を横に振った。
「ううん。俺が、お見送り、したいの。オーニョさんが、見えなくなるまで、見送らせて?」
ルルルフさんに聞こえるのは少し恥ずかしいから、オーニョさんに近寄って小声でもにょもにょとお願いをする。
オーニョさんからは返事のかわりに、頭のてっぺんに音だけの優しいキスが降ってきた。
「ユーキがあまりにもかわいくて、本当に出入り禁止になりそうだ」
「ンッツオーニョ大佐の紳士的な対応を信じていますよ」
すぐさまルルルフさんから釘を刺されたが、オーニョさんは鷹揚に笑っているだけだった。
「ユーキの嫌がることはしないさ。ユーキ、また明日」
やっぱり外でのお見送りは駄目なのかな。
俺は慌てて、施設の玄関扉に手をかけたオーニョさんを呼び止めた。
危ない。伝え忘れるところだった。
「あ、あのね! もしよければ、明日も、ライラ母さんのところに、お迎えを、よろしくお願いします」
「ユーキ。すごいな。アキュース語がとても上手だ。分かった。明日も同じくらいの時間に迎えにいこう。遅れるようなら、連絡をするから」
オーニョさんは、ぐりぐりと俺の頭を撫でて褒めてくれた。
オーニョさんの手は大きいから、頭がぐらぐらしてしまう。
俺は嬉しくて目を閉じてされるがままだ。
頭から頬へ移動したオーニョさんの手が、するりと優しく下唇を撫でた。
俺が目を開けても、オーニョさんの親指は俺の唇を撫でている。
オーニョさんの金色の綺麗な瞳とぶつかって、心臓が跳ねた。
もしかして、キス……するのかな……。
「さぁ、暖かくしておやすみ」
そのまま何ごともなかったかのように、オーニョさんの手が俺の頬から離れていく。
俺は寂しくて、思わず両手でオーニョさんの手を引き止めてしまった。
自分の顔にオーニョさんの手を押しつけて、これじゃまるで撫でて欲しがる犬猫みたいだ。
俺はとっさに、意味の分からない言い訳をしてしまった。
「ご、ごめん。違うの。えっと、オーニョさんの手、温かいから! だから、もう少し、温まりたくなった、というか。……ごめん、なさい」
「謝らないで。いつでも喜んで、温めるから」
見え透いた嘘なのに、オーニョさんは両手で俺の頬を包んで、温めようとしてくれるのだ。
俺は嬉しくて、気持ちがよくて、すりすりと頰擦りしながらオーニョさんの手にこっそりキスをした。
見上げれば、驚いたようなオーニョさんの顔。
「ごめん。嫌、だった?」
オーニョさんはまさかと少し笑うと、両手で俺の顔を包みこんだまま、まっすぐに顔を近付けてきた。
ルルルフさんが近くにいるのに、人前なのに、こんなところで。
頭の片隅でそう思っても、まつ毛まで赤いオーニョさんの金色の瞳に見つめられると動けなかった。
いや、違う。
俺が、キスをしてほしいから、動かないのだ。
オーニョさんと、キスがしたいから――。
自分の中の欲を認めて、俺は静かに目を閉じた。
前にした一瞬だけのキスより長く、それでも触れあうだけの優しい口付け。
性急な始まりとは対照的に、ゆっくりと離れていくオーニョさんの唇を、閉じていた目を開けて名残惜しげに見つめてしまった。
「おやすみユーキ。いい夢を」
「それなら、オーニョさんの夢がみたい」
「私もだ」
そういいながら抱きよせるオーニョさんの背中に、俺も負けじと腕を回して力いっぱい抱きしめ返した。
「風邪をひかないように。また明日」
「うん! オーニョさんもね! また明日!」
オーニョさんは扉の向こうに消えてしまった。
閉まった扉は、いくら待っても開かない。
「さ、これ以上いくら扉を見つめていても、ンッツオーニョ大佐は戻ってきませんよ。風邪をひかないうちに部屋に戻りましょうね」
ルルルフさんに声をかけられて、俺はびっくりして飛び上がった。
途中までは覚えていたのに、すっかりルルルフさんの存在を忘れてしまっていたのだ。
ううう、とんでもないところを見せてしまって申し訳ない。
「えっと。あの。ルルルフさん、ごめんなさい?」
「おやすみのキスでしたら西洋人の挨拶です。大丈夫ですよ。たとえ存在を忘れられていてもね」
「ご、ごめんなさい」
「いいんですよ。ユーキが幸せならそれでね。独り身の兄は弟にまで存在を忘れられて、寂しいですけどね」
しょげるルルルフさんに、言葉を尽くして謝って褒めて。
それでも心なしか肩を落としたままで。
困りはてた俺が、話題をかえようと明日からの内緒の計画を相談したところ、みるみるうちに機嫌が直っていったのだった。
頼りにされるのは、兄としてかなり嬉しいポイントらしい。
そんなに喜んでもらえるなら、これからも何かあったら積極的に相談しようと思った。
6
お気に入りに追加
1,488
あなたにおすすめの小説

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる