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118.愛しい
しおりを挟む「オーニョさん、素直、ね。そゆトコ、俺、尊敬してる。……好き、だよ?」
抱きついていた毛並みが、ぶわわわっと広がったのが分かった。
「ユーキ。よく聞こえなかったので、もう一度、いってもらえないだろうか」
本当は聞こえていたくせに。
オーニョさんのかわいいお願いにたまらなくなって、俺はぎゅうぎゅう抱きつきながら口を開いた。
一度口にしたからか、二度目はするりと出てきた。
「うん。オーニョさん、好きって、いったの」
「もう一度」
「オーニョさん、大好き!」
何度だっていうよ。
恥ずかしいけどね、俺が生きている限り、何度でもいうんだ。
気持ちを伝えることは大切なんだって、いっぱい教えてもらったから。
「嬉しい。ユーキ。私のユーキ。愛している」
夢なら覚めたくないと、うわ言のようにくり返すオーニョさんに、俺の顔はどんどん赤くなっていく。
でも、いつもみたいに恥ずかしがっているだけでは駄目なのだ。
ちゃんと口に出して、オーニョさんに届けなくちゃ。
「夢じゃないよ。オーニョさん、いっぱい喜んでくれる。俺、嬉しい。もっと早く、いえばよかったね」
「……ああ、なんで私は今、獣姿なんだ。ユーキを両手で抱きしめられない」
大きな頭をぐりぐりと擦りつけて甘えるオーニョさんを、俺は全身でしっかり抱きしめなおした。
「俺が抱きしめる。だから、大丈夫。それにね。人型のオーニョさん、かっこいいが過ぎる。いっぱい、どきどきする。俺、こっちのオーニョさん、ふかふかでほっとする。……好き」
オーニョさんの鼻が、きゅんきゅん鳴っているのが聞こえた。
俺の胸は痛いくらいにぎゅうぎゅうとして、それから温かい気持ちでいっぱいになった。
――愛しいって、きっとこういう気持ちなんだろうな。
ふと視界に入ったルルルフさんが満面の笑みで泣いていたから、俺は思わずルルルフさんに駆けより、勢いよく抱きついた。
当然、オーニョさんを抱擁の途中で放り出してしまったことになるわけで。
「ユーキ!? まさか私よりルルルフのほうがいいのか!?」
うしろでオーニョさんが騒いでいる。
ごめん。オーニョさん。そうじゃないよ。
そうじゃないけど、今日は本当にいろいろあったんだ。
それに何より、こうやってオーニョさんを好きだって、好かれたいって素直に認められたのは、きっとルルルフさんの助けがあったからなんだよ。
そんな言葉は俺の心の中でぐるぐるするばかりで、とっさには上手に出てこないのだ。
ルルルフさんはすぐに涙を拭って、いつもの調子を取り戻した。
「ンッツオーニョ大佐、うるさいですよ。麗しい兄弟の抱擁を邪魔しないでくださいよ。やっぱりユーキをあなたみたいな体力馬鹿に任せるのはもったいない気がしてきました。だからね、ユーキは無理をせず、まだまだゆっくりでいいんですよ?」
オーニョさんをからかうルルルフさんの言葉の端々に、俺への心配りが見え隠れする。
なんだかんだといいながらも、渡来人と第一発見者が幸せに結ばれるのを誰よりも強く願っているのは、ルルルフさんなんだと俺は知っているのだ。
「ルルルフ兄さん」
「はい。かわいい弟よ」
「俺、幸せになるよ。それに、幸せにする」
「……ありがとう。ユーキの幸せが、何よりも嬉しい」
ルルルフさんの声が震えている。
俺を抱きしめながら、また少し泣いているようだった。
また二人して抱きあって泣いて、それから邪魔しようと俺たちのあいだに顔を突っこんできたオーニョさんに抱きついて笑って、また泣いた。
ギィと小さな音がして、背後の扉が開く。
ライラ母さんが、杖を頼りに壁に寄りかかりながら、ゆっくり歩いているのが目に飛びこんできた。
ルルルフさんはびっくりしてすぐに駆けよった。
長く臥せっていたのだから、足腰の筋力は落ちているのだ。
一人で歩いていて転んだら大変だとルルルフさんに注意されて、ライラ母さんは口を尖らせた。
「だってだって。始めは大人しくお花の実況中継を聞いていたのだけどね、もう我慢できなくて! こんな目と鼻の先なのよ? やっぱり生で見たいじゃない?」
気合いでなんとかなるものねと頬を染めるライラ母さんに、ルルルフさんは呆れながらもどこか嬉しそうに文句をいうのだった。
「だからといって、急に動いたら体がびっくりするでしょう。ユーキの幸せな姿を一日でも長く見たいなら、ライラ母さんも頑張らなきゃね。今日から一緒に、ゆっくり歩行練習をしてみようか」
さっそくトレーニングの提案をしているルルルフさん。
適度な運動は体にとって何よりの薬だからと、まずはベッドの上でできる簡単な運動と柔軟について、いきいきと説明をしはじめた。
あー、ライラ母さん。
ルルルフさんは、なかなかの鬼コーチなんだよ。頑張って。
しかし、今思えば筋トレ好きはサフィフ伯父さん譲りなのか。
あ、サフィフ伯父さんが教えたとか? うんうん、あり得そう。
だったら筋金入りだもの。諦めるしかないねぇ。
俺がそんなことを取りとめもなく考えているうちに、オーニョさんは抜かりなくライラ母さんに挨拶をすませ、熱い抱擁を受けていた。
何を話しているかは分からないけど、オーニョさんと仲良くなってくれたのなら嬉しい。
「ライラ母さん。そろそろ部屋に戻りましょう」
ルルルフさんは、慣れた様子でライラ母さんを支えながら器用に扉を開ける。
「二人は先に地球人保護施設に帰っていてください。ンッツオーニョ大佐なら、ユーキを任せても大丈夫でしょう。よろしくお願いしますね」
とりあえずンバンヴェさんの夕飯は三人で食べようと約束をして、俺とオーニョさんはパォ一族の庭をあとにした。
ライラ母さんは、俺が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
それが小さい子供に対するお見送りみたいで、俺はくすぐったくて、どうしていいか分からないのだ。
そわそわと何度も振りかえっては、手を振りかえした。
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