上 下
117 / 187

117.二文字の言葉

しおりを挟む




 すっかり忘れていたサンドイッチを食べながら、暖かいハーブティーを飲んで、たくさんお喋りをして。


 落ちついたころには、たそがれ時になっていた。




「あ、やっと来たみたい」


 ルルルフさんの言葉にあたりを見渡したが、何の気配もない。

 疑問がそのまま顔に出る俺に、ライラ母さんが優しく教えてくれた。



「ちょっと前にね、ユーキのお迎えをお願いしておいたのよ。この子植物たちが、来客を教えてくれているわ。庭が広いから、もう少しかかるかしら」


 ライラ母さんが、ベッドサイドに咲く花にありがとうと優しくキスをする。

 そのまま、俺のおでこにもキスを一つ。



「ユーキ、ありがとう。今日はとっても楽しかった」

「俺も。ありがとう。ライラ母さん。また来る。時間があれば、明日も、来る……いい?」

「もちろん! 嬉しいわ」



 ルルルフさんに促された俺は、ライラ母さんにまたねと挨拶をして、扉を開けた。


 外に広がる広い庭に、夕日に紛れて歩く赤毛の獣が見えた。

 大きな足で、植物たちを踏みつぶさないように器用によけながら歩いている。



 俺はオーニョさんに駆けよって、そのふかふかな首回りに跳びこんだ。



「オーニョさん! お迎え、ありがとう」

「私が会いたかったから、来ただけだ。ユーキが喜んでくれるなら、いつでも迎えにくるよ」




 オーニョさんの喉がグルグルと鳴っている。

 魅力的な毛並みから、なかなか顔が上げられない。
 俺はもういいやと抱きついたまま、ルルルフさんにもお礼をいった。


 離れたくないなら、離れなくてもいいよね。




「ルルルフさん、ありがとう。オーニョさん、呼んでくれて、嬉しい」

「どういたしまして。ユーキが喜ぶことなら、何なりと。僕たち職員は、渡来人の幸せを一番に願っていますから」



 ルルルフさんは、悪戯っぽくウィンクしながら続ける。



「それにね。山田さんのことも、仕事のことも、全部抜きにしたって、僕たちはユーキの幸せを願っているんですよ。なんたって、僕たち家族ですからね」


 家族とはどういう意味だと詰めよるオーニョさんに、ルルルフさんは表情をゆるめっぱなしだった。


「ですからね、ユーキが僕のかわいい弟になったんですよ。たとえンッツオーニョ大佐でも、ユーキを悲しませたらパォ一族が黙っていませんからね。まずは、兵糧攻めです。その気になれば、全植物を味方につけられますからね。しませんけど」

「パォ一族、すごい」


 オーニョさんは優しいからそんな心配はいらないけど、食料生産を左右するパォ一族って、何気に最強かもしれない。
 俺は手を叩いて褒めたたえた。


 俺がルルルフさんを褒めれば褒めるほど、オーニョさんの尻尾は不満げにばしばしと地面を打って暴れていくのだ。


 ――ねぇねぇ、それってもしかして。



「オーニョさん、……ヤキモチ?」

「……ああ。ヤキモチだな」


 自分で聞いておいてあれなんだけど、俺は恥ずかしさに負けてぐいぐいと赤い毛並みに顔をうずめた。


 かっこいいオーニョさんのかわいいヤキモチに心の中で奇声を上げながら、我慢ができなくてちょっとだけジタバタしてしまう。


 ちょっと落ちつこうとふかふかの毛並みに埋もれながら深呼吸をすれば、胸いっぱいに大好きなオーニョさんの香り。癒やされる。
 好きだなぁ。

 うん。好きなんだよ。……好き。



 心の中では何度も思っていた。
 ライラ母さんにも伝えた。

 でも、肝心のオーニョさんにはまだ伝えていない大切な言葉。

 たった二文字の言葉なのに、口にするのはこんなにも勇気がいるんだって、この世界で初めて知ったのだ。


 オーニョさんは初めから好意を隠さず伝えてくれていて、俺の気持ちを喜んで受け入れてくれるって分かっている。


 それでも生まれて初めて、恋愛的な意味で口にする言葉だ。

 俺はお腹に力を入れて、体中から勇気をかき集めた。




 だって今すぐ、伝えたい。



しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

異世界で恋をしたのは不器用な騎士でした

たがわリウ
BL
年下騎士×賢者 異世界転移/両片想い 6年前に突然異世界にやってきたヒロナは、最初こそ戸惑ったものの、今では以前とは違う暮らしを楽しんでいた。 この世界を知るために旅をし様々な知識を蓄えた結果、ある国に賢者として仕えることに。 魔法の指導等で王子と関わるうちに、王子の警衛担当騎士、ルーフスにいつの間にか憧れを抱く。 ルーフスも不器用ながらもヒロナに同じような思いを向け、2人は少しずつ距離を縮めていく。 そんなある時、ヒロナが人攫いに巻き込まれてしまい――。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...