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117.二文字の言葉
しおりを挟むすっかり忘れていたサンドイッチを食べながら、暖かいハーブティーを飲んで、たくさんお喋りをして。
落ちついたころには、たそがれ時になっていた。
「あ、やっと来たみたい」
ルルルフさんの言葉にあたりを見渡したが、何の気配もない。
疑問がそのまま顔に出る俺に、ライラ母さんが優しく教えてくれた。
「ちょっと前にね、ユーキのお迎えをお願いしておいたのよ。この子たちが、来客を教えてくれているわ。庭が広いから、もう少しかかるかしら」
ライラ母さんが、ベッドサイドに咲く花にありがとうと優しくキスをする。
そのまま、俺のおでこにもキスを一つ。
「ユーキ、ありがとう。今日はとっても楽しかった」
「俺も。ありがとう。ライラ母さん。また来る。時間があれば、明日も、来る……いい?」
「もちろん! 嬉しいわ」
ルルルフさんに促された俺は、ライラ母さんにまたねと挨拶をして、扉を開けた。
外に広がる広い庭に、夕日に紛れて歩く赤毛の獣が見えた。
大きな足で、植物たちを踏みつぶさないように器用によけながら歩いている。
俺はオーニョさんに駆けよって、そのふかふかな首回りに跳びこんだ。
「オーニョさん! お迎え、ありがとう」
「私が会いたかったから、来ただけだ。ユーキが喜んでくれるなら、いつでも迎えにくるよ」
オーニョさんの喉がグルグルと鳴っている。
魅力的な毛並みから、なかなか顔が上げられない。
俺はもういいやと抱きついたまま、ルルルフさんにもお礼をいった。
離れたくないなら、離れなくてもいいよね。
「ルルルフさん、ありがとう。オーニョさん、呼んでくれて、嬉しい」
「どういたしまして。ユーキが喜ぶことなら、何なりと。僕たち職員は、渡来人の幸せを一番に願っていますから」
ルルルフさんは、悪戯っぽくウィンクしながら続ける。
「それにね。山田さんのことも、仕事のことも、全部抜きにしたって、僕たちはユーキの幸せを願っているんですよ。なんたって、僕たち家族ですからね」
家族とはどういう意味だと詰めよるオーニョさんに、ルルルフさんは表情をゆるめっぱなしだった。
「ですからね、ユーキが僕のかわいい弟になったんですよ。たとえンッツオーニョ大佐でも、ユーキを悲しませたらパォ一族が黙っていませんからね。まずは、兵糧攻めです。その気になれば、全植物を味方につけられますからね。しませんけど」
「パォ一族、すごい」
オーニョさんは優しいからそんな心配はいらないけど、食料生産を左右するパォ一族って、何気に最強かもしれない。
俺は手を叩いて褒めたたえた。
俺がルルルフさんを褒めれば褒めるほど、オーニョさんの尻尾は不満げにばしばしと地面を打って暴れていくのだ。
――ねぇねぇ、それってもしかして。
「オーニョさん、……ヤキモチ?」
「……ああ。ヤキモチだな」
自分で聞いておいてあれなんだけど、俺は恥ずかしさに負けてぐいぐいと赤い毛並みに顔をうずめた。
かっこいいオーニョさんのかわいいヤキモチに心の中で奇声を上げながら、我慢ができなくてちょっとだけジタバタしてしまう。
ちょっと落ちつこうとふかふかの毛並みに埋もれながら深呼吸をすれば、胸いっぱいに大好きなオーニョさんの香り。癒やされる。
好きだなぁ。
うん。好きなんだよ。……好き。
心の中では何度も思っていた。
ライラ母さんにも伝えた。
でも、肝心のオーニョさんにはまだ伝えていない大切な言葉。
たった二文字の言葉なのに、口にするのはこんなにも勇気がいるんだって、この世界で初めて知ったのだ。
オーニョさんは初めから好意を隠さず伝えてくれていて、俺の気持ちを喜んで受け入れてくれるって分かっている。
それでも生まれて初めて、恋愛的な意味で口にする言葉だ。
俺はお腹に力を入れて、体中から勇気をかき集めた。
だって今すぐ、伝えたい。
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