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116.幸せな涙
しおりを挟むルルルフさんはいそいそと椅子を持ってきて座った。
ライラさんもルルルフさんも、嬉しそうににこにこと隣りあって座って待っている。
こうして見ると、本当の親子じゃないのが不思議なくらいにそっくりだった。
なんというか、雰囲気や仕草からして親子だとしか思えないのだ。
生い立ちがどうであれ、二人のあいだにしっかりとした家族の絆を感じて心が和む。
ずっと知りたがっていた山田さんの手記だ。
生きて会うことが叶わなかった二人目のお母さんのことをルルルフさんに伝えることができるなら、ライラさんの心の重荷を少しでも軽くすることができるなら、日本人の俺がこの異世界に落ちてきてよかったと思えるのだ。
俺は張りきって魔法の本を開いて、それから、はたと気付いた。
「俺、アキュース語、上手、違う……」
うっかり失念していたが、山田さんの書いた手記は日本語で書かれている。
つまりアキュース語に翻訳しなくては、ライラさんに伝わらないのだ。
一字一句間違いなく、山田さんの書いた内容を伝えたいのに。
例えばルルルフさんに魔法の本を見てもらっても、肝心の文字が日本語では読めないのだ。
ルルルフさんの言語能力が口語に限られることが歯痒い。
どうしようかとオロオロする俺に、ルルルフさんがシンプルな解決策を提案してくれた。
俺が原文を読み上げて、それをルルルフさんがくり返すのだ。
たしかに、二人で音読をすればそれだけで同時通訳になる。賢い。
山田さんがどんな字を書いていたのか見たいというリクエストに応えるために、ベッドの真ん中にライラさん、その両隣に俺とルルルフさんが座るというポジションで落ちついた。
「まるで寝かしつけの読み聞かせみたいね。小さな子供に戻った気分で、なんだかくすぐったいわ」
ライラさんはそういって、はにかんだ。
俺まで仲のいい家族の一員になれたみたいで、温かい気持ちになった。
魔法の本は、真ん中に座るライラさんの膝の上だ。
俺が魔法の本に触れて、二人にも見せたいなと思うだけで大丈夫な自動操作システムだ。
素敵な魔道具に感謝しながら、三人で頭を寄せあって見つめる魔法の本に、山田さんの手記が浮かびあがってきた。
楽しみだとあんなにはしゃいでいた二人が急に黙るから、俺はどうしたのだろうと訝しんだ。
「これが……山田さんの、山田母さんの字なんだ」
ルルルフさんがぽつりとつぶやく。文字だけで感動を覚えているらしい。
男らしくすっきりとしていて美しい字だと伝えておいた。
見慣れない文字って、美醜が分からないよね。……文字だけでこの調子なら、最後まで大丈夫なのかな。
―――
最初にそう感じた予感通りに、ぜんぜん、大丈夫ではなかった。
ライラさんは、年をとると涙もろくなっちゃってといいながら、かなり序盤から泣き続けていた。
最後のほうはルルルフさんまで嗚咽で続きが読めなくなるほどで、俺までもらい泣きをしてしまった。
なんとか読み終わったころには、三人そろってひどい顔になっていた。
「ありがとう、ユーキ。本当にありがとう」
ライラさんはそういいながら俺の頭を抱きしめてくれた。
俺も、そっと背中に腕を回す。
ライラさんの体はびっくりするくらいに細くて、また泣きそうになった。
――お母さん。
俺は心の中で呼びかけた。
こうして、年老いた母を抱きしめることは、もう叶わないのだ。
ルルルフさんが、二人だけずるいとライラさんと俺をまとめて抱きしめてくるから、笑いながら三人で抱きしめあった。
「ユーキはこちらで身寄りがないでしょう? ユーキさえよかったら、私たち家族になりましょうよ。子沢山な家だから大丈夫。ユーキが一人増えたって誤差のうちよ。ルルルフは末っ子だから、ずっと弟を欲しがっていたし。
お願い。私たちにユーキの幸せを、見守らせてちょうだい?」
俺の背中を優しく撫でながら、ライラさんがいう。
ルルルフさんは、うんうんと頷きながら、ぎゅうぎゅう抱きしめてくれた。
「お母さんにしては、年をとりすぎちゃったかしら。日本にいるお母さんのかわりにはなれないかもしれないけど、この国で新しくできたお母さんだと思ってもらえたら、嬉しいの。ね? ユーキ」
優しい声でそんなことをいうから、せっかく落ちついてきた俺の涙腺がまた壊れて、勝手に涙が出てきた。
「お母さん。この国で、新しくできた、ライラ母さん。お母さんが、二人、嬉しい。……でも俺ばっかり幸せ。日本に残して来たお母さん、一人。そう思うと、俺、苦しい」
お母さんの不幸せの上にあぐらをかいて、俺だけが幸せになるなんて許されない。
どうしようもなく、苦しくてたまらないのだ。
「じゃあ、山田母さんの命を奪って、サフィフ父さんを苦しめて生まれてきた僕は、幸せになっちゃいけない?」
「まさか!」
ルルルフさんの言葉に、俺は慌てて否定をした。
だけど俺の頭を抱きしめるライラ母さんごとルルルフさんが抱きしめているから、まったく身動きがとれないままで。
ルルルフさんはそのまま静かに続ける。
「そういうことですよ。だからこそ、幸せにならなくちゃ。……でも、ユーキのその葛藤は分かるんです。僕もかつては同じだったから。つまり、このことに関しては、僕たちのほうが先輩なんですよ」
「そうよそうよ! 私たちはこの一連の流れを、十年も前には乗り越えていたのよ。大先輩よ!」
ライラ母さんまで、自慢気に主張する。
「ユーキのお母さんはただ純粋に、あなたを心配して、あなたの幸せを願っているわよ。私も母親だから分かるわ。
だからもしユーキがお母さんのことを悔やんでいるならね、全力で幸せになりなさい。それが唯一の親孝行なのよ。たとえ住む世界が違っても、お母さんって生き物は、子供の幸せを望む生き物なんですからね」
ライラさんの言葉は、まっすぐに俺の心に届いた。
――俺、幸せになろう。
そして俺も、日本に残してきた母と、この優しい人たちの幸せを願おう。
出会って間もないこんな俺なんかにも、心を寄せてくれてくれる優しいライラ母さんの残された時間が、少しでも安らかなものであってほしい。
俺にできることがあるなら、なんだって頑張ってみようと思ったのだ。
「俺、大家族、憧れてた。……嬉しい」
俺がそういうと、ルルルフさんはようやく満足したのか、抱きしめていた腕を放してくれた。
「ユーキはかわいいからなぁ。きっと兄姉たちにびっくりするくらい構われるだろうから、がんばれ!」
ルルルフさんはそういって、俺の頭をぐりぐりと撫でた。
俺は頭をゆらゆらと揺らされて、また涙がこぼれた。
「ユーキは泣き虫だなぁ」
「ルルルフさんだって泣いてるくせに」
「ふふふ、みんなひどい顔ねぇ」
ライラ母さんまで参加して、そっちが先に泣いたから、いやそっちこそといい合っているうちに面白くなってきてしまった。
最終的には、笑いながらそれぞれに涙でぐちゃぐちゃになったひどい顔を指さしあって笑った。
でも、今まで何度も流してきた悲しい涙じゃない。
幸せな、涙だった。
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