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113.二十六年の愛
しおりを挟む『それで!?』
サフィフ伯父さんの日記は、山田さんの手記からは想像もつかない展開だった。
俺は前のめりになって、話をするルルルフさんに詰めよった。
ルルルフさんは日記を閉じて、自分の言葉で話しはじめる。
この先は、読まなくても覚えているのだそうだ。
「それで、お腹を守った山田さんは、ラーテルの獣人によって深い傷を負いました」
『そんなっ! 山田さん、死なないよね!? やっとサフィフ伯父さんと気持ちが通じあったのに……』
「ラーテルの獣人をみんなで引き離して取り押さえたころには、もう瀕死の状態だったらしいです。そのころになって、ようやくアキュース神さまが金の糸のお姿で降臨されました」
通常アキュース神さまは、この世界で生きとし生ける者すべてにおいて、目に見えない範囲のささやかな介入しかしない。
これは異例の事態だった。
アキュース神さまとしても、責任を感じての介入だったらしい。
「これで山田さんの命は助かると、サフィフ伯父さんもほっとしたのに……。山田さんは拒否をしたんです」
『なんでさ! そこはお願いする以外の選択肢なんてないでしょうが! そもそも事件が起こる前に神さまが止めたらいいじゃん!』
俺の剣幕に、僕に怒られてもとルルルフさんが苦笑いをしている。
「お腹の子と、山田さんの命。両方を繋ぎとめることは、さすがのアキュース神さまでも難しかったんです。治癒能力で傷は治せても、血が流れすぎてしまった。
お腹の赤ちゃんにとっては、負荷が大きすぎたんです。みんなは山田さんの命を優先したいと願い、山田さんはそれでもお腹の命を守りたいとただひたすらに願った」
『サフィフ伯父さんの、き、気持ちをぉ、考えるとっ』
うぐうぐと泣きだした俺に、ルルルフさんがハンカチを差しだしてくれた。かすかに野の花の香りがする。
「ユーキ、ありがとう。山田さんとサフィフ伯父さんのために、涙を流してくれて」
俺は首を横に振って、話の続きをねだる。
「……それで、アキュース神さまは、何の罪もない善良な山田さんの願いを叶えようと、頑張りました。
でも、山田さんの残りの生命力をすべて使っても、お腹の赤ちゃんは小さすぎたんです」
そんなのはあんまりだと、俺はハンカチを握りしめる。
「みんなが絶望したとき、サフィフ伯父さんの末妹であるライラさんが、アキュース神さまに願い出ました。
どうかその赤ちゃんの命を、私にください、と。私が山田さんのかわりに産みます、どうかお願いしますと、泣きながら懇願しました」
悪いのは逆恨みをしたラーテルの獣人だ。ライラさんは悪くない。
それでも大きな咎を感じての発言だったでしょうと、ルルルフさんは静かに話す。
「アキュース神さまの金の糸と、山田さんの愛情に包まれた赤ちゃんは、ライラさんのお腹の中におさまりました」
渡来人を失って心を病んでしまったラーテルの獣人は、アキュース神さまの金の糸に包まれて、拘束されていた。
大きな罪を犯したとはいえ、この国の生き物はすべてアキュース神さまのかわいい我が子。
通常は大きな諍いが起こらないため、犯した罪に対する刑罰などは、基本的には存在しない世界なのだ。
ラーテルの獣人はアキュース神さまの預かり人となり、心の傷が癒えるまで、金の繭の中で永い眠りにつくことに決まった。
もし心の傷が癒えるより先に寿命が来れば、魂の姿で新しく生まれかわる日を待つのだそうだ。
「アキュース神さまは自身の力が及ばなかったことを悲しみながら、ラーテルの獣人とともに静かに姿を消しました。ご神木に戻られたのです。
残されたライラさんの妊娠期間は通常より長くはなりましたが、なんとか無事に金の糸で包まれた繭を生むことができました」
ライラさんは出産まで紆余曲折あったものの、サフィフ伯父さんの強い後押しもあって、お付きあいしていた男性と結婚をしていた。
「そこから無事に子供が孵化するまで、さらに時間がかかりました」
愛しあう力の強さによって、出産や孵化にかかる時間がかわる世界だ。
ライラさん夫婦もその家族も、もちろんサフィフ伯父さんも、毎日かかさず繭に話しかけて愛情を注いでいたのだが、孵化するには至らなかった。
ついに孵化したときには、山田さんの死後から二十六年の月日が経っていた。
もしかしたらサフィフ伯父さんの気持ちの折りあいに、それだけの時間が必要だったのかもしれませんと、ルルルフさんは静かに話す。
「時間だけが過ぎていくにつれ周りの人たちは、もう孵化をしないのではないかと諦めかけていたそうです。
でもサフィフ伯父さんは諦めなかった。山田さんが命と引きかえに守った繭のために、深い絶望を乗り越えてみせたんです。苦しさに飲みこまれ見失っていた山田さんへの愛を取り戻し、繭に注ぎました。
その努力と苦労の結晶が、ここに残された膨大な量の山田さんの記録なんですよ」
ルルルフさんはそういいながら、壁一面の本を大切そうに指でなぞった。
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