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112.祝福と呪詛
しおりを挟むお喋りな植物たちからの祝福の言葉が降りそそぐ。
薬部屋を出ると、ライラが訳知り顔で祝福してくれた。
植物の言葉が聞こえない山田さんは、きょとんとしている。
そんな山田さんのかわいさに免じて、私は妹の頭を優しく小突くに留めた。
山田さんには、まだパォ一族のこの能力について、説明をしていなかったのだ。
ごく簡単に、原因となったお喋りな植物たちを紹介して説明をすましておく。
もっと驚くかと思ったが、心当たりがいくつかあったようで、妙に納得していた。
私の軽いストーキング行為は、どうやら本人にもばれていたらしい。
非常に気まずい。
そうこうしているうちに、私を心配してくれていたお喋りな植物たちによって、吉報はまたたく間にパォ一族に広まってしまった。
新しい担当なら任せろと近くにいたおじさんが乗りこんで来て、施設から追い払われてしまった。
せっかくだから本当に親の挨拶に行こうかと歩き出したとき、ライラが追いついた。
どうやら走ってきたらしい。
「今から実家に顔を出すでしょう? 私も一緒に帰るわ。お父さんもお母さんも、今ごろきっと植物たちに話を聞いて、びっくりしてるわよ」
ライラは、喜ぶ様子が目に浮かぶとはしゃいでいる。
私は心配をかけたからなぁと小さな声でつぶやいた。
それを聞いた山田さんが、不安そうに尋ねる。
「最初にお会いしたときのご両親の気持ちを思うと、私は謝罪をしなければ。……許してもらえるだろうか。いや、許してもらえなくても、いつか許してもらえるまで何度でも足を運ぶよ」
我慢ができなくて、山田さんの手をぎゅっと握った。
山田さんは驚いた顔をしていたが、振り払うことなく手を握り返してくれた。
「許すも何も! 両親は私たちを一番に応援してくれていたんですから。今ごろ、狂喜乱舞してますよ。ある意味、覚悟をしていてくださいね。家族に揉みくちゃにされかねないので」
「そうなの、か……?」
相好を崩したライラが、初々しい私たちの会話に割って入った。
「じつは内緒にしてたんだけど、サフィフ兄さんたちを応援してくれてた人は、ほかにもいるのよ。その人の伴侶が渡来人でね、以前とても世話になったっていってたわ。心配してくれていて、ときどき、私に様子を聞きにきてくれていたのよ。時間が経っても繋がりを大切にする素敵な人よね」
ライラは悪戯っぽく笑いながら話を続ける。
「さっきばったり会ったから、さっそく報告をしたんだけど、お祝いに駆けつけるってすごく喜んでいたわ。名前は、ツェツェさんっていう人よ」
「ツェツェ……?」
長い間、地球人保護施設で暮らしていたこともあり、仲良くなった渡来人は少なくない。
しかしそんな名前の第一発見者はいただろうかと、首をかしげる。
「やだなぁ。俺を忘れたんですか? 俺はあなたを、忘れた日はなかったのに」
背後から男の声が聞こえて、振り返ると、そこにはラーテルの獣人が立っていた。
十二年前に渡来人を失って、泣き叫んでいたあの獣人だ。
あの日私に向けられた憎しみの目を思い出す。
「ツェツェさん! さっそく来てくれたの?」
何も知らないライラは、ラーテルの獣人に駆け寄ろうとする。
焦った私はライラの手を掴むために、山田さんの手を離してしまった。
大切な人の手を。守るべき人の手を。
ラーテルの獣人は動きが速い。あっという間に、距離を詰められる。
しかし山田さんとて、長年軍部で働いてきたのだ。
異常を察知した山田さんは、慣れた動きで帯刀していたサーベルを鞘から抜くと、ラーテルの獣人を迎え討つ。
サーベルは片刃の刀だ。
山田さんはサーベルで、向かって来るラーテルの獣人の足を打ち、うつ伏せに倒れるように背中を鍔で突く。
山田さんはいつもの動きで制圧しようとしたのだ。
――しかし。
「山田さん待って! ラーテルはっ」
ラーテルの皮膚は分厚く頑丈で、柔軟な装甲と呼ばれている。そんな打撃で止まるはずがない。
山田さんを止めなくてはと、私の悲鳴のような叫び声も虚しく。
いち早く山田さんの隙をついたラーテルの獣人が、山田さんの足もとをすくう。
山田さんは何よりもどこよりも、お腹を守って……。
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