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97.爺さんの訪問
しおりを挟む当の山田さんは、少し前に僕との言語学習時間を終えて、三階の自室で休んでいるところだった。
渡来人にも、一人で落ちつく時間は必要だ。
しかし心配でならない僕は、山田さんのことをこっそり植物にお願いしている。
そうやって僕が一階の薬部屋に戻ってきたところに、ちょうど爺さんの訪問があったのだ。
「まぁそのうち、ね。それより庭の様子はどう?」
「薬草たちが拗ねておったな。サフィフよ、落ちついたらまた顔を出してやりなさい。お前の両親も末妹のライラも、ひどく寂しがっている」
ライラはまだ小さいから、僕のことなんてすぐに忘れてしまうかもしれない。
山田さんがこちらに来てから二週間、まだ一度も帰っていなかった。
爺さんの部屋に泊まることはあっても、こんなに長く家に帰っていないのは初めてだった。
けれど僕ももう十六歳。
それに、アキュース神さまによって渡来人の担当に選ばれたからには、渡来人が退寮するまで施設宿泊が続くのだ。
それは施設で働いていた両親もよく理解しているはずなのに、と反発する気持ちがわき上がってくる。
その反面、心の片隅では僕だって理解していた。
分かっているんだ。
みんながいいたいことくらい。
「ねぇ爺さん。第一発見者なのに担当者を兼任するのは無理だって、……僕には無理だって、爺さんもそう思う?」
何人もの職員に、そう諭されていたのだ。
施設で働きはじめてからのこの二年間、頑張ってはきたけれど、やっぱりまだまだ頼りなく見えるのだろう。
僕はそれがたまらなく悔しかった。
「いや。私はそうは思わんよ。担当者は〝アキュース神さまのお導き〟で決まるんだろう。サフィフを担当から外す権利など、誰にもないさ。私はそんなつまらん理由で来たわけじゃない。ただ、サフィフの元気な顔が見たかっただけだ」
「爺さん」
「山田とやらは、サフィフが第一発見者で幸運だったな。見事な手際だったと聞いた。サフィフはいつも真面目に頑張る男だと、私が一番知っているからな。よくやったな」
爺さんはワシワシと僕の頭を撫でる。
僕は思わず泣きそうになって、慌てて話題をかえた。
爺さんが僕を男だと認めてくれたのだ。子供っぽく泣いたりしたくなかった。
「うん。落ちついたら、家にも一度顔を出すよ。ライラはまだ二歳だからなぁ。会わなきゃ忘れられちゃいそうだよね。そうだ。あの花の世話、しばらくライラに任せてみるのはどうかなぁ。ライラの好きな花だからさ」
「ライラの能力では難しいかもしれんが」
「爺さんも面倒を見てやってもらえないかな。好きな花なら、友達になれるかもしれないし」
末っ子のライラは、生まれつき能力が低かった。
能力の高さは生まれたときにある程度決まっているとはいっても、その後の努力で伸びないわけではない。
小さなころから植物と触れあえば、ライラの能力だってもっと伸びるに違いないと思ったのだ。
何よりもライラはあんなにかわいいのだから、花たちだってライラを好きになるはず。
そうしたら植物の声も聞こえやすくなるかもしれない。
四六時中、一緒にいて面倒を見ていた弟妹と違い、施設で働きはじめてから生まれた末妹のライラは、かわいい弟妹の中でもとびきりかわいい妹だった。
「まぁ、そうだな。花だって無闇に毟られたくなけりゃ、頑張ってライラに話しかけるかもしれんしな」
爺さんはそういって、僕に薬草を手渡すと、あっさり帰っていった。
本当は薬草を届けに来てくれたのだ。
別に誰の差し金でもないのに、一人で疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしい。
……いや。違う。
薬草を届けるだけなら、下の弟にでも頼めばいいことなのだから。
爺さん本人がいった通り、わざわざ僕の顔を見るために、会いに来てくれたのだ。
僕は爺さんの気持ちが嬉しくなって、またゴリゴリと薬を作りはじめた。
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