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92.面会時間終了後

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 夜になって、施設の面会時間が終了しても、まだ渡来人は眠ったままだった。

 

 ヒーさんはこの世の終わりみたいな顔をして、このままそばにいたいと小さな声で遠慮がちに希望を口にした。


 規則では、渡来人以外の宿泊は認められていない。

 残念だけれど、と僕がしどろもどろに返事をしようとしたら、おばさんはあっさりと宿泊許可を出した。

 驚いた顔をする僕に、おばさんは悪戯っぽく笑いかける。



「たしかに規則では、禁止されています。しかし規則には、例外があってしかるべきです。担当者である私がすべての責任を負い、今夜に限ってヒーさんの宿泊を特別に許可しましょう。ヒーさん、あなたのことを信頼に値する第一発見者だと判断したからですよ」



 ヒーさんは小さな目を見開いて、泣きそうになって、それから深く頭を下げた。


 すぐに夕飯が運び込まれる。

 渡来人が目覚めたとき、すぐに食べられるような胃に優しい軽食と、ヒーさんの夕食が一緒に用意されていた。

 こうなる前提で、前もって準備をしていたのだろう。

 おばさんはなかなか大胆な判断を下すのだなと僕は思った。



 初日の夜は、渡来人が不安定で一番危険なときだ。

 泊まりこんでいる職員は交代しながら、何かあったときのために寝ずの番をする。
 そんなときに、ヒーさんがそばにいたほうがいいと、おばさんは判断したのだ。



 それなのに、たとえ研修生であっても施設職員であるはずの僕は、いったん家に帰ってまた明日来るようにといい渡されたのだった。


 僕は泊まらせて欲しかった。

 こんな状況で帰っても気になって仕方がない。

 ヒーさんが宿泊を許可されて、施設職員の僕がどうして駄目なんですかと何度も食い下がった。
 それでようやく泊まりの許可が下りたのだ。



 ただ、明日に備えてすぐに寝なさいと厳命されてしまった。
 成長期の子供に睡眠は何よりも大切なのだそうだ。



 僕は大人しく布団に入る。

 震える渡来人。体中に残る傷。泣きだしそうなヒーさん。いつも優しいおばさんの真剣な横顔。

 駄目だ。眠れそうにない。
 僕は布団を頭までかぶって、ほかのことを考えた。



 爺さんはちゃんと暖かくして寝ているかな。
 最近、トイレは近いし、すぐ風邪をひくんだからさ。 
 お母さんのお腹の中の子は、弟かな妹かな。






 僕は、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 夜中にふと目が覚めた。

 なんだかざわざわと心が騒ぐ。ほかの職員の部屋を覗いても、誰もいなかった。


 廊下の植物に何かあったのかを聞く。

(大変、大変、薬、大変……)

 植物たちの言葉を聞いて、僕はすぐに薬の入った袋を引っ掴んで、階段を駆け上った。

 三階の部屋で、職員が慌ただしく出入りをしている。

 あの渡来人の部屋だとすぐに分かった。

 僕は制止する職員をかいくぐって、部屋に飛びこむ。
 もし誰かが怪我をしているなら、治療は僕の専門分野だ。
 ここにいる誰よりも、僕の仕事なのだ。




 荒れ果てた部屋の真ん中で、血だらけのヒーさんが渡来人をしっかりと抱きしめて座っていた。


どんな獣が暴れた跡だろうかと目を疑うくらい、部屋はひどい状況だった。

 壊れていない物が見あたらない。

 目覚めてみれば知らない部屋で、混乱した渡来人が取り乱して暴れてしまったのだろうか。

 そんななか渡来人は、ヒーさんに力いっぱい抱きついて、わあわあと泣き叫んでいた。

 きっと僕なら背骨が折れる勢いだった。




 おばさんは、おろおろする僕にすぐ気が付いた。


「ごめんね、起こしちゃった? でももしサフィフさえよかったら、ヒーさんの傷の手当てをお願いしたいの。もう少し落ち着いたあとになるけど」

「もちろんです。薬も持ってきました。それで、あの、おばさんは、どこか怪我とか大丈夫ですか?」



 家具という家具が破壊され、布団からは羽毛が飛び散っている。

 おばさんが怪我をしていないか心配だった。



「ええ。ヒーさんが、渡来人だけじゃなくて私たちもね、怪我をさせないようにって守ってくれたから。そりゃあもう、かっこよかったんだから」


 おばさんは乙女のように頰を赤らめている。

 ヒーさんが頑丈な獣人さんで、よかった。
 こういうのも、アキュース神さまのお導きなのかな。




「あんなに格好よくちゃ、恋に落ちないはずないわよねぇ。部屋はちょっと壊れちゃったけど、感情を表に出せたのはいい兆候だわ。初日に第一発見者の胸で泣けるなんて、この子はきっと大丈夫よ。おばさんのカンはよく当たるんだから。もしかしたら、最短の三ヶ月退寮かもねぇ」




 おばさんはそういって、晴れ晴れと笑ったのだった。






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