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34.魔法の本は持ち歩こう

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「っ、オーニョさん」



 階段を勢いよく駆け下り、施設の扉の手前でオーニョさんに追いつく。

 間にあった。



『これ、借りてたのっ、忘れてて。はぁっ、返さないとって。……暖かかったよ。助かった』


 息が切れる。

 完全に運動不足だ。
 体力のなさに苦笑いしながら、胸を押さえて呼吸を整えた。


 当然だけど、俺が何をいっているのか分からないオーニョさんは、きょとんとしている。

 丸い目がまん丸。黒い瞳孔までまん丸だ。
 猫みたい。かわいい。


「オーニョさん、ありがと? ごめん?」


 俺があの本なしで話せる、数少ないアキュース語だ。

 今はまだこれだけだけど、すぐに覚えてみせるから。

 俺は毛皮のショールを、ぐいぐいとオーニョさんに差しだした。




「ユーキ、*****、******? ***……」

『いや、何いってんのか、さっぱり分かんないよ。でもほら。最初に会ったときも、何を話してるかなんて分からないなりに、大丈夫だったからさ。うん。はい、これ、オーニョさんの忘れもの。暖かくして帰ってよ』



 ちゃんと笑えているかは分からないけど、口元だけはしっかりとにっこり笑顔で、毛皮のショールを押しつけた。

 持って帰れって、分かるだろ。オーニョさんのだってば。俺がもらう理由はないから。


 オーニョさんは首を横に振りながら、俺の手を押し返そうとして、逡巡して。




 それから、ちょっと痛いくらいの力強さで、毛皮ごと俺の手を握りしめた。

 びっくりした俺がいくら引っ張っても、びくともしない。


 オーニョさんは俺の手を握ったまま、すっと跪く。

 怖いくらいに真剣な目で俺を見つめたまま、俺の手に、触れるだけの優しいキスを落とした。



「****。ユーキ、******。……ありがとう」




 俺は扉から出ていくオーニョさんの背中を、今度こそ呆然と見送った。


『……だから、何、いってんのか、分からないんだってば』






 もうあの本を手放さない。

 ずっと持ち歩いてやる。


 俺は毛皮のショールを握りしめながら、心に誓ったのだった。






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