【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ

文字の大きさ
上 下
5 / 187

5.グルルルル

しおりを挟む


 鳥らしき生き物は、雲ひとつない空を優雅に旋回していた。

 見上げても、ぎらぎらと照りつける太陽のせいで、シルエットしか見えない。

 しかし徐々に近付いてきているようだった。そしてその鳥の大きさに気付いた。



「へぇ、大きいな。あのサイズなら俺くらい余裕でぺろっと一口……」


 ここでようやく俺は、本当に遅ればせながら、身を守るすべを持たない自分が肉食獣がいるかもしれない場所にいるのだと思い至ったのだった。

 自分がいかに平和ボケした日本人だったのか馬鹿さ加減を呪いながら、走りだす。

 運動不足に痩せぎすの体。
 さらには慣れない砂漠に足を取られるが、それでも走る。



 周りには低木か切り立った岩しかない。
 上空から身を守るものが見当たらなかった。


「くっそ! 痛い死にかたなんてお断りだ!」



 俺という獲物を目指して滑空する巨大な鳥もいよいよ近付いてきて、プテラノドンもかくやと、背後からの風圧が体をもてあそぶ。

 こらえきれずに軽くよろめき岩にぶつかり、鳥と目があった。



「鳥? なんだよ嘘だろ!? こんなでかい鳥、知らないってば!」

 俺はしゃがみ込みそうになる足に力を入れ、せめて岩の裏側に逃げられないかとジリジリ後ずさる。


「グルルルル」


 ライオンの威嚇のような重低音とともに、岩の裏側から赤い毛並みの獣が飛び出した。

 それは俺の頭上をしなやかに飛び越え、プテラノドン級の巨大鳥の長い首に食らいつく。

 巨大鳥の口から鶴も顔負けの大きな鳴き声が出たかと思うと、ガギゴギと生々しい音を出して、あらぬ方向に首が曲がってしまった。


 あまりの爆音に耳鳴りのする頭をおさえ、俺はたまらず目を閉じた。

 ズズンと、怪鳥の倒れる音がする。

 怖くて目が開けられない。逃げるにも腰が抜けている。膝も体も震えるばかりで、走れそうにもなかった。


 いくら目を閉じていても、獣の近付く気配は肌で感じられる。

 さっき見た赤い毛並みの獣だろうか。

 頭を抱えて小さくうずくまる俺を、獣がふんふんフンフンと匂いを嗅いでいる。
 匂いを嗅いだあと、生暖かい息とともにべろりと舌なめずりする湿った音がした。




「た、食べないでぇっ!」

 さんざん歩いたあとのカラカラ状態でよかった。そうじゃなければ失禁待ったなし。

 俺の尊厳が守られて本当によかったと、思い出すたびに胸をなで下ろす。そんな出会いだった。




「*、*****?」
「ひっ」
「***、*****?」
「ひゃあぁ」

 たっぷり十分間。
 優しく話しかけられるたびに、俺はビクビクしながら悲鳴をあげ続けた。

 怖かったのだから仕方がなかったと、声を大にしていいたい。



 ――大きな獣と意思疎通ができて、あまつさえ喋ることができるなんて、夢にも思わなかったのだ。

 何を喋っているのか、そのときの俺にはさっぱり分からなかったのだから。




しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...