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5.グルルルル
しおりを挟む鳥らしき生き物は、雲ひとつない空を優雅に旋回していた。
見上げても、ぎらぎらと照りつける太陽のせいで、シルエットしか見えない。
しかし徐々に近付いてきているようだった。そしてその鳥の大きさに気付いた。
「へぇ、大きいな。あのサイズなら俺くらい余裕でぺろっと一口……」
ここでようやく俺は、本当に遅ればせながら、身を守るすべを持たない自分が肉食獣がいるかもしれない場所にいるのだと思い至ったのだった。
自分がいかに平和ボケした日本人だったのか馬鹿さ加減を呪いながら、走りだす。
運動不足に痩せぎすの体。
さらには慣れない砂漠に足を取られるが、それでも走る。
周りには低木か切り立った岩しかない。
上空から身を守るものが見当たらなかった。
「くっそ! 痛い死にかたなんてお断りだ!」
俺という獲物を目指して滑空する巨大な鳥もいよいよ近付いてきて、プテラノドンもかくやと、背後からの風圧が体をもてあそぶ。
こらえきれずに軽くよろめき岩にぶつかり、鳥と目があった。
「鳥? なんだよ嘘だろ!? こんなでかい鳥、知らないってば!」
俺はしゃがみ込みそうになる足に力を入れ、せめて岩の裏側に逃げられないかとジリジリ後ずさる。
「グルルルル」
ライオンの威嚇のような重低音とともに、岩の裏側から赤い毛並みの獣が飛び出した。
それは俺の頭上をしなやかに飛び越え、プテラノドン級の巨大鳥の長い首に食らいつく。
巨大鳥の口から鶴も顔負けの大きな鳴き声が出たかと思うと、ガギゴギと生々しい音を出して、あらぬ方向に首が曲がってしまった。
あまりの爆音に耳鳴りのする頭をおさえ、俺はたまらず目を閉じた。
ズズンと、怪鳥の倒れる音がする。
怖くて目が開けられない。逃げるにも腰が抜けている。膝も体も震えるばかりで、走れそうにもなかった。
いくら目を閉じていても、獣の近付く気配は肌で感じられる。
さっき見た赤い毛並みの獣だろうか。
頭を抱えて小さくうずくまる俺を、獣がふんふんフンフンと匂いを嗅いでいる。
匂いを嗅いだあと、生暖かい息とともにべろりと舌なめずりする湿った音がした。
「た、食べないでぇっ!」
さんざん歩いたあとのカラカラ状態でよかった。そうじゃなければ失禁待ったなし。
俺の尊厳が守られて本当によかったと、思い出すたびに胸をなで下ろす。そんな出会いだった。
「*、*****?」
「ひっ」
「***、*****?」
「ひゃあぁ」
たっぷり十分間。
優しく話しかけられるたびに、俺はビクビクしながら悲鳴をあげ続けた。
怖かったのだから仕方がなかったと、声を大にしていいたい。
――大きな獣と意思疎通ができて、あまつさえ喋ることができるなんて、夢にも思わなかったのだ。
何を喋っているのか、そのときの俺にはさっぱり分からなかったのだから。
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