死神と甘い一夜を永遠に

匠野ワカ

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3.いい匂い

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 巧妙に魂を引っ張られ、ドナドナよろしく江原が連れてこられたのはお風呂場だった。

 防御力の弱すぎるゆるゆるのパジャマをはぎ取られ、江原はあれよあれよという間に湯船に放り込まれた。


 いつの間に服を脱いだのか裸のクロと目が合う。
 クロの日に焼けた褐色肌。
 バランスよく筋肉のついた彫刻のような全身をしっかりと見てしまった江原は、盛大にうろたえうつむいた。

 うつむいた先には、年老いた自分の体。


 死神の年齢など分かるはずもないが、人間でいったら二十代にしか見えない若々しい体と比べるほうが失礼なのだ。
 たるんだ自分の腹をいまわの際に恨めしく思ってもしかたがないと思いつつ、あまりの落差に江原は湯の中で小さくなった。


 ばしゃばしゃと豪快に乱入してきたクロは、あろうことか江原を背後から抱きこみながら湯に浸かった。

 江原はとっさに暴れたが、相手は死神。
 江原が疲れ諦めて力を抜くまで、クロの腕はびくともしなかった。
 ぐったりする江原の腹を、クロは褒めるように撫でる。

 まさか自宅のマンションの狭い風呂に、男二人で入る日が来ようとは。
 江原は諦めの境地で目を閉じた。


 一日中机に拘束されているようなデスクワークなのに、医者から再三にわたってすすめられていた運動をさぼり続けたバチがあたったのだろうか。
 太ってはいないが、筋肉のない体がたるむのは止められない。
 重力とはすごいもので、筋肉が衰えると支えきれなくなった内臓の位置が下がり、痩せた人であっても下腹がぽっこりとしてくるのだ。
 たるんだ二の腕はいわゆる振り袖状態で、手を振れば時差でふるふると頼りなく震える始末。
 当然のことながら胸の筋肉はなく、必要性の分からないしなびた乳首は下を向いている。
 ずっとコンプレックスだった日に焼けない白い肌にはシミが目立ち、もはや水を弾くこともない。
 頭髪にも自信がなくなって、育毛剤を使いはじめたところだった。

(うう、もう死にたい。いや、もしかしたらもう死んでいるのでは? いっそ死んでいるといって欲しい)

「生きてる生きてる! 大丈夫! 死神の俺には人間を若返らせるような力はないけど、たくさん頑張って生きてきたおじさんの体を、他の誰でもないおじさん自身がちゃんと好きになれるように、いっぱいかわいがってあげるからね」

 クロはそういいながら、江原の体を優しく撫で続けた。
 
 そこに性的な匂いはなく、まるで整体マッサージのような絶妙な力加減だった。
 お湯の浮力で軽くなった体を、クロは背後から支え、あお向けにしていく。
 丸く縮こまっていた背中が伸びて、気持ちがいい。肩に感じるクロの盛りあがった胸筋が、思いがけず柔らかい。
 それは心まで包みこむような暖かさだった。

 思えばこうしてゆっくり湯船に浸かったのはいつ以来だろうか。


 気付けば江原はうとうととしていた。
 疲れきった心も体も筋肉も、お風呂で温められて緩んでしまったのだろう。
 だから、油断しきった江原の肛門は、痛みもなくやすやすと侵入を許してしまったのだ。
 クロの指を。


 あらぬところの違和感に飛び起きた江原の陰茎を、クロはすかさず握りしめた。

「大丈夫大丈夫。気持ちいいことしかしないからね」

 ストレスと加齢のせいで硬くなることのない陰茎でも、刺激を与えられれば気持ちがいい。

 いや正直に言えば、健康診断以外で触られることなど考えたこともなかった尻の穴の中も、認めがたいが、非常に認めがたいが、気持ちよかった。
 外からと中から与えられる性感は、男の手だなんだという考えが吹っ飛ぶほどの気持ちよさだったのだ。

 魂をいじられたときよりも直接的で強い快楽に、江原はなすすべもなくはっはっと浅い息を吐きながら身もだえた。
 ただ、気持ちがいい。

 ゆっくりと曲げ伸ばしするような動きで中の気持ちがいい場所を愛撫され、しっかり馴染んだところで、指をもう一本増やされた。
 痛みを感じることもなく、ずっぷりと埋め込まれていく、指。
 あの男らしい指が穴の中にと思うといたたまれないが、体はどこもかしこもぐずぐずで抵抗もままならない。

(ほ、ほんとうに、セッ、クスを、するんだ。せめて、……せめてもう少し若い体なら、よかったな。こんなみっともない体で、申し訳ない)
「まさか。おじさんの体、ぜぇーんぶ気持ちいいよ。柔らかくて、さらさらで、きれい。あと、いい匂いがする。悪魔のバージン好きを悪趣味だって馬鹿にしてたけど、なんかちょっと分かっちゃったかもって」
(そんな、私なんて……。こんなに気持ちいいのにちもしない……、加齢臭を心配しなくちゃいけないような老人なのに……。死神さんは優しいな)

「ふふ。死神も長くやってるけど、優しいなんていわれたの初めてだな。きれいな魂ってね、いい匂いがするんだよ。俺、おじさんの匂い、ずっと嗅いでいたいなぁ。それにね、おじさんはウケなんだから、力を抜いて、気持ちよくなるだけでいいの。勃たなくても、いっくらでもセックスなんてできるんだから。そもそも、気持ちが通いあってたら、抱きしめあうだけでも立派なセックスでしょ。ね?」


 どこまでも優しいクロの言葉に、江原は胸が苦しくなった。
 クロは、最初に江原が恐れていたような強引さもなく、ただ穏やかで気遣いのできる男性だった。
 それを知れば知るほど、目の前の死神を好ましく思うほどに、江原は申し訳なくなるのだ。

 若く、逞しく、万人に好かれそうな整った容姿の死神。
 それに対して愛想笑いの一つもできず、当たり障りのない会話さえできない仏頂面の自分。
 初めてお尻を弄られたのにすぐ気持ちよくなってしまった体だって、なんだか淫らでみっともない気がする。 

 自分の好きになれるところなんて、何一つないのだ。

(死神さんなら、もっと素敵な相手がふさわしいよね。仕事だからとはいえ、やっぱり、私なんか……)
「なんか、じゃないよ。自信持っていいよ。おじさんの体、俺、好きだもん。仕事とか関係なく、気にいっちゃった」
「す、き……?」

 あまりの驚きに、思わず江原の口から言葉がこぼれた。

「ふふふ。やっと声が聞けた。心の声もかわいいけどね。おじさんは素直で、かわいくて、いい匂いがして、体なんてこうやって抱きしめるだけでも気持ちいいよ。俺、大好き」

 どうやらお風呂で緩んでしまったのは体だけじゃなかったらしい。
 江原の緩んだ涙腺から、ぽろぽろと涙が落ちる。
 クロはすぐさま不埒な指を抜き、江原の震える肩をいたわるように撫でた。 

「お、おじさん? え? うそ、泣くほど嫌だった? ごめんね? もうやめとく?」

 江原は力なくぐすぐすと泣きながらも、首を横に振るのだった。 

「やめな、い、で……いい」

(どうせ死ぬんだ。こんな体でいいのなら、人のぬくもりを教えて欲しい。抱かれるなら、死神さんが、いい……)

 出会ってすぐの死神だという男相手に、こんな感情を抱くなんてありえない。
 それでも口に出してしまえば、そうか、私はこんなにも誰かを切望していたのかと、江原は気付いてしまった。


 寂しかったのだ。ずっと。
 誰かに好かれたくて、求められたくて、抱きしめられたかった。
 動かない表情の下で、人から投げつけられた言葉に傷付き、疲れ、年老い、今さら誰かと仲良くなるなんて無理にちがいないと諦めていたのに。

 たわいもない好意を向けられただけで、こんなにも嬉しい。


「かっわいいな! 本当にもう! 好き! おじさんがちょろ、じゃなくて、ピュアすぎて俺みたいな悪い人に簡単にころっといってて心配! 嬉しいけども! もーね、本当に嫌ならすぐやめるから、無理しないでね? でも別にしたくないわけじゃなくて、俺はしたいんだけど、おじさんを大事にしたいから、すごく、すっごくがんばってやめるんだからね? そこんとこちゃんと分かってね? ね?」


 クロは江原を背後からぎゅうぎゅうと抱きしめながら、ゆらゆらとまるで幼子にするように優しく揺すった。

 それからかるがると江原を持ち上げた。


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