3 / 4
退院の日
しおりを挟む俺はこんな目に遭わせたクソ犬を、ぜったいに殴るとひそかに決意していた。
ぼっこぼこにしてやる。
だからこそ、目的のためにどうするのが最適解か、必死になって考えた。
俺は反抗することを止め、従順になったフリをして、反撃の機会を静かに待つことにした。
その甲斐あってか安定期に入った俺は、婚姻届に捺印することを引き換えに、晴れて退院を認められたのだった。
◇◇◇
退院の日は、薄曇りの空から今にも雪が降ってきそうなあいにくの天気だった。
テレビでは、豪雪地帯に出向いた取材クルーがわざとらしい中継レポートをしていた。
こっちでも初雪かなと、俺は少ない荷物をリュックに詰めながら、四ヶ月近く軟禁されていた病室から空を眺めた。
勝手知ったる退院手続きだ。
わざわざ親に休みをとってもらわなくても、タクシーで帰ればいい。
平日の昼間なんて普通の会社員には仕事があるのだ。大丈夫だからと、両親の付き添いは断っていた。
入院費用は、当然だがアルファ側が負担してくれたらしい。まぁ当然だろう。
この豪華な特別室の入院費がいくらになるのかなんて、怖くて知りたくもない。
それとは別に慰謝料をふんだくってやるんだからなと目論みながら、俺は秘書らしき人に手渡される退院の書類を確認し、必要なものに黙々とサインをしていった。
最後に、相手方が空欄のままの婚姻届に自分の名前を書きながら、ふと疑問に思った。
腹の子どもが目当てだったら、結婚までする必要……ないよな?
何だろう、この違和感。
そもそも本当にもみ消したい醜聞だったら、それこそ秘密裏に処分すればいいだけだろう。何かがおかしい。
疑問に思いながらも、小さな荷物を肩にかけ直しながらくぐった自動ドアの外。
病院の正面玄関前のロータリー、そのど真ん中に、黒塗りのベンツがスッと止まったのだ。
デジャブ。――俺はこの車を、知っている。
「歩さん! 間に合ってよかった!」
人懐こい柴犬を彷彿とさせる青年……いや、発育がいいだけで少年……か?
俺でも知っている都内の名門中学校の制服を着ている少年が、車のドアから嬉しそうに飛び出してきたのだ。
その勢いのまま、俺に抱きついてぶんぶん尻尾を振っている。
さっき俺の書類をまとめてくれていた秘書の男性が無言で封筒を手渡せば、少年は中身をちらっと確認して、婚姻届を宝物だといわんばかりに大切そうに胸に抱いた。
「歩さん、ありがとうございます。僕も一生懸命かけ合ってはみたんですが、さすがに今すぐ法律を変えるのは難しいみたいで。お恥ずかしながら力及ばず、すみません。
でもあのときお約束したとおり、あなたに寂しい思いはさせないと誓います。僕が十八歳になったら、一緒に婚姻届を提出しに行きましょう! それまでこれは、大切に保管しておきますので!」
さすがの俺も、もう分かってしまった。こいつが、俺の、運命の番……。
「あああああああ……」
俺は頭を抱えて、膝をついた。
俺、今まで完全に被害者面してたけど、こんな未成年に……!? 間違いなく俺が加害者だ! 最悪だ! 記憶はないけど、この見るからにいいとこの坊ちゃんの上に、俺が、乗っかったんだな!? 俺のクソ野郎! 性犯罪者め!
そりゃみんな俺によそよそしいはずだ! うおおおお! 死にたい!
「大丈夫ですか!? すぐに医者を!」
「いや、体は大丈夫! 精神的なアレだから! どうぞお気遣いなく!!」
俺は自分の頬を両側から挟むようにバチンと叩いた。
少年の人生を狂わせておいて、崩れ落ちている場合じゃない。どうしていいか分からないけど、一生をかけて償わなくては!
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
男娼ウサギは寡黙なトラに愛される
てんつぶ
BL
「も……っ、やだ……!この、絶倫……!」
・・・・
獣人の世界では、過去にバース性が存在した。
獣としての発情期も無くなったこの時代に、ウラギ獣人のラヴィはそれを隠して男娼として生きていた。
あどけなくも美しく、具合の良いラヴィは人気があった。
でも、人気があるだけ。本気でラヴィを欲しがる者はいない事を、彼は痛い程知っていた。
だけどそう――たった一度だけ自分を抱いた、あのトラ獣人だけは自分に執着を示していたのだ。
干支BL。
オメガバ事前知識有前提のゆるい設定です。
三が日の間に完結したいところ。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
嘘つきαと偽りの番契約
ずー子
BL
オメガバース。年下攻。
「20歳までに番を見つけないと不幸になる」と言う占いを信じている母親を安心させるために、全く違いを作るつもりのないオメガの主人公セイア君は、とりあえず偽の番を作ることにします。アルファは怖いし嫌いだし、本気になられたら面倒だし。そんな中、可愛がってたけどいっとき疎遠になった後輩ルカ君が協力を申し出てくれます。でもそこには、ある企みがありました。そんな感じのほのぼのラブコメです。
折角の三連休なのに、寒いし体調崩してるしでベッドの中で書きました。楽しんでくださいませ♡
10/26攻君視点書きました!
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
転生した先では、僕の結婚式が行われていました。
萩の椿
BL
事故によって命を落としたアキが目を覚ました先では、何故か結婚式が行われていた。
スパダリルーシュに追いかけ回される日々に、翻弄されながらも、必死に生き抜いていくアキのお話。
第10回BL小説大賞にエントリーしています! 面白いお話をお届けできるように頑張ります。応援していただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる