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15.貴族裁判

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 薄暗い地下牢の中。


 リューイが硬いベッドで目が覚めたときには、聖女さま襲撃事件の首謀者として祭り上げられた後だった。


 あの時はまだ、学生ルルが聖女ルルンであることは国の最高機密であったはずなのに、あろうことか聖女を名指ししながらナイフを持って飛び出したのだ。
 リューイは聖女と知った上で襲いかかったのだと、襲撃現場にいた第一王子と騎士ベイントンは声高に主張した。
 いわば現行犯逮捕という事らしい。



 この事件をきっかけに聖女ルルンであることを広く公表したものだから、民衆の聖女への関心が高まれば高まるほどに、リューイへ向けられる憎悪は増していった。

 状況はどこまでもリューイに不利だった。
 



 未遂ではあるものの、誘拐を企て聖女に傷を負わせたという大罪に、前代未聞の早さでエイダン国貴族院裁判が開かれることになった。

 高位貴族が裁かれるときに招集される裁判官は十二人。

 公平な判断を下すために贈収賄が横行しないようにと、地位も派閥もさまざまな人が集められる厳粛な裁判だった。



 しかし裁判が始まる前から、リューイは容疑者では無く襲撃事件の犯人として身柄を拘束されていた。

 服は囚人服。
 両手足には罪人用の枷がはめられ、貴族が収容されることのない重罪人の牢獄があてがわれていたのだった。



 当然のことながら、こうして開かれた裁判は酷いものだった。

 悪意を持って誇張された罪が並べ立てられていくのを、リューイは静かに傍観するしかなかった。



 ルクラント学園でともに学んだ同級生が何人も証言台に上がり、声を揃えてリューイを悪役令息に仕立て上げていく。

 いつもは領主の仕事で忙しい父も駆けつけてくれたが、幼いころに母を亡くし寂しかったのだろう、よかれと思って厳しく育てしすぎてしまったのかもしれないと、情状酌量の訴えを繰り返した。




 父でさえ、無実を信じてくれないのかとリューイは泣きたくなった。

 しかし、リューイには竜士がいた。

 励まし、怒り、悲しみながら、ともに戦ってくれる唯一無二の魂の片割れだ。
 リューイは竜士と一緒に最後まで戦おうと決意し、胸を張った。


 ありもしない罪に負けたくない。無様な姿は見せるものか。


 内心は着実に近付いてくる処刑に怯え、震えていても、リューイは最後までまっすぐ前を向いてすべてを否認し続けた。






「皆さま、ご覧ください。これこそが動かぬ証拠です。
 もちろんリューイ殿は見覚えがありますよね? 取り調べで押収したあなたの所持品なのですから」


 取り調べも何も、リューイが目覚めたときには身ぐるみをはがされていたのだ。リューイの大切な路銀も何もかも。
 その中の一つ、令嬢の大切なブローチが高らかに掲げられていた。


「それは私のものではなく、訳あってお預かりしている大切な宝石なのです。今回の事件には関係がありません。どうか、エッタ・プリチャード子爵令嬢に返して差し上げてはくださいませんか」

「皆さま、お聞きになりましたか! 我がエイダン国の優秀な調査官からも、この宝石はエッタ・プリチャード子爵令嬢のものであるとの報告を受けております。
 さらに付け加えますと、今は亡きご母堂さまの大切な形見なのだそうです。
 ご母堂さまは隣国ヴォア国公爵家から輿入れしてきたお方であり、その証にこの宝石の裏にはヴォア国グロシン公爵家の家門が彫ってあるのがお分かりになるでしょう。またエッタ・プリチャード子爵令嬢は、ヴォア国の貴族と婚約をしております。
 リューイ殿はエッタ・プリチャード子爵令嬢に近付き、そのヴォア国との太い繋がりを利用して、聖女さまの情報を売り渡したのです」

「そんなことはしていません! エッタ・プリチャード子爵令嬢に確認をしてください。何かの間違いだと証言してくださるでしょう」

「ええ、もちろん確認をしました。宝石の家紋を調べ追跡をしたところ、エッタ・プリチャード子爵令嬢は、先月、海難事故に巻き込まれておりました。
 皆さまも世間をにぎわせたマリー号沈没の事故について聞いたことがございますでしょう。嵐で沈没したものの、死者を一人も出さなかったあの奇跡の事故を。
 なんとあの船に、リューイ殿も乗船していたのだそうです。この出国乗船証が動かぬ証拠。しかし、事故の最中にリューイ殿一人だけが忽然と消息を絶った。そしてそれから襲撃事件までの一ヶ月間、どこで何をしていたのかはいくら調べても、手がかりさえ掴めませんでした」


 ルクラント学園に在籍する貴族は、いわば箱入り令息ばかり。
 なぜ船に乗ったのか、どうやって人に見つからず帰って来られたのかと問い詰められ、リューイは言葉に詰まった。


「ええ、答えられないでしょうとも。
 皆さま、こちらにありますのが、エッタ・プリチャード子爵令嬢が勇気を出して告発してくださった書面になります。
 ここにいるリューイ殿に、ご母堂さまの形見を返してほしければ協力しろと脅迫されていたとの内容が記されております。
 大罪人リューイは、この襲撃事件のためにヴォア国の地下組織と繋がって、エイダン国を混乱に陥れようと画策していたのです。
 襲撃事件当時、出所不明の大金を持っていたことからも分かるように、これは子どもの衝動的な事件ではありません。極悪人による計画的な大犯罪なのです。
 わたくしはエイダン国の平和のために、厳然たる処罰を求めます」

「違います。すべて嘘です。裁判での偽証こそ大罪です!」


 いくら訴えても、リューイの言葉に耳を傾ける人はいなかった。
 裁判官たちは否認を続けるリューイを、罪の後悔さえない不遜な人物と決めつけ、改心の余地無しと有罪判決を下したのだった。



「度重なる聖女さまへの悪事のみならず、聖女さまの御神体に傷を負わせ、ヴォア国へ売り渡そうとした罪により、斬首刑を言い渡す」 



 
 判決を聞いて、リューイは目を閉じた。



 斬首刑は、エイダン国においてもっとも重く残忍な刑だったのだ。




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