15 / 19
15.貴族裁判
しおりを挟む薄暗い地下牢の中。
リューイが硬いベッドで目が覚めたときには、聖女さま襲撃事件の首謀者として祭り上げられた後だった。
あの時はまだ、学生ルルが聖女ルルンであることは国の最高機密であったはずなのに、あろうことか聖女を名指ししながらナイフを持って飛び出したのだ。
リューイは聖女と知った上で襲いかかったのだと、襲撃現場にいた第一王子と騎士ベイントンは声高に主張した。
いわば現行犯逮捕という事らしい。
この事件をきっかけに聖女ルルンであることを広く公表したものだから、民衆の聖女への関心が高まれば高まるほどに、リューイへ向けられる憎悪は増していった。
状況はどこまでもリューイに不利だった。
未遂ではあるものの、誘拐を企て聖女に傷を負わせたという大罪に、前代未聞の早さでエイダン国貴族院裁判が開かれることになった。
高位貴族が裁かれるときに招集される裁判官は十二人。
公平な判断を下すために贈収賄が横行しないようにと、地位も派閥もさまざまな人が集められる厳粛な裁判だった。
しかし裁判が始まる前から、リューイは容疑者では無く襲撃事件の犯人として身柄を拘束されていた。
服は囚人服。
両手足には罪人用の枷がはめられ、貴族が収容されることのない重罪人の牢獄があてがわれていたのだった。
当然のことながら、こうして開かれた裁判は酷いものだった。
悪意を持って誇張された罪が並べ立てられていくのを、リューイは静かに傍観するしかなかった。
ルクラント学園でともに学んだ同級生が何人も証言台に上がり、声を揃えてリューイを悪役令息に仕立て上げていく。
いつもは領主の仕事で忙しい父も駆けつけてくれたが、幼いころに母を亡くし寂しかったのだろう、よかれと思って厳しく育てしすぎてしまったのかもしれないと、情状酌量の訴えを繰り返した。
父でさえ、無実を信じてくれないのかとリューイは泣きたくなった。
しかし、リューイには竜士がいた。
励まし、怒り、悲しみながら、ともに戦ってくれる唯一無二の魂の片割れだ。
リューイは竜士と一緒に最後まで戦おうと決意し、胸を張った。
ありもしない罪に負けたくない。無様な姿は見せるものか。
内心は着実に近付いてくる処刑に怯え、震えていても、リューイは最後までまっすぐ前を向いてすべてを否認し続けた。
「皆さま、ご覧ください。これこそが動かぬ証拠です。
もちろんリューイ殿は見覚えがありますよね? 取り調べで押収したあなたの所持品なのですから」
取り調べも何も、リューイが目覚めたときには身ぐるみをはがされていたのだ。リューイの大切な路銀も何もかも。
その中の一つ、令嬢の大切なブローチが高らかに掲げられていた。
「それは私のものではなく、訳あってお預かりしている大切な宝石なのです。今回の事件には関係がありません。どうか、エッタ・プリチャード子爵令嬢に返して差し上げてはくださいませんか」
「皆さま、お聞きになりましたか! 我がエイダン国の優秀な調査官からも、この宝石はエッタ・プリチャード子爵令嬢のものであるとの報告を受けております。
さらに付け加えますと、今は亡きご母堂さまの大切な形見なのだそうです。
ご母堂さまは隣国ヴォア国公爵家から輿入れしてきたお方であり、その証にこの宝石の裏にはヴォア国グロシン公爵家の家門が彫ってあるのがお分かりになるでしょう。またエッタ・プリチャード子爵令嬢は、ヴォア国の貴族と婚約をしております。
リューイ殿はエッタ・プリチャード子爵令嬢に近付き、そのヴォア国との太い繋がりを利用して、聖女さまの情報を売り渡したのです」
「そんなことはしていません! エッタ・プリチャード子爵令嬢に確認をしてください。何かの間違いだと証言してくださるでしょう」
「ええ、もちろん確認をしました。宝石の家紋を調べ追跡をしたところ、エッタ・プリチャード子爵令嬢は、先月、海難事故に巻き込まれておりました。
皆さまも世間をにぎわせたマリー号沈没の事故について聞いたことがございますでしょう。嵐で沈没したものの、死者を一人も出さなかったあの奇跡の事故を。
なんとあの船に、リューイ殿も乗船していたのだそうです。この出国乗船証が動かぬ証拠。しかし、事故の最中にリューイ殿一人だけが忽然と消息を絶った。そしてそれから襲撃事件までの一ヶ月間、どこで何をしていたのかはいくら調べても、手がかりさえ掴めませんでした」
ルクラント学園に在籍する貴族は、いわば箱入り令息ばかり。
なぜ船に乗ったのか、どうやって人に見つからず帰って来られたのかと問い詰められ、リューイは言葉に詰まった。
「ええ、答えられないでしょうとも。
皆さま、こちらにありますのが、エッタ・プリチャード子爵令嬢が勇気を出して告発してくださった書面になります。
ここにいるリューイ殿に、ご母堂さまの形見を返してほしければ協力しろと脅迫されていたとの内容が記されております。
大罪人リューイは、この襲撃事件のためにヴォア国の地下組織と繋がって、エイダン国を混乱に陥れようと画策していたのです。
襲撃事件当時、出所不明の大金を持っていたことからも分かるように、これは子どもの衝動的な事件ではありません。極悪人による計画的な大犯罪なのです。
わたくしはエイダン国の平和のために、厳然たる処罰を求めます」
「違います。すべて嘘です。裁判での偽証こそ大罪です!」
いくら訴えても、リューイの言葉に耳を傾ける人はいなかった。
裁判官たちは否認を続けるリューイを、罪の後悔さえない不遜な人物と決めつけ、改心の余地無しと有罪判決を下したのだった。
「度重なる聖女さまへの悪事のみならず、聖女さまの御神体に傷を負わせ、ヴォア国へ売り渡そうとした罪により、斬首刑を言い渡す」
判決を聞いて、リューイは目を閉じた。
斬首刑は、エイダン国においてもっとも重く残忍な刑だったのだ。
0
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
天涯孤独な僕が、異世界転生しちゃいました!?
TICHI
BL
片目の色が違う、生まれつきの「オッドアイ」で蔑まれ続けてきた彼方。
悪魔に呪われた子としてろくに育ててもらえず、病弱なため義務教育である学校でさえも通わせてはもらえなかった。
そんな中、6歳の誕生日に「家庭教師」という名のお世話係、涼太(りょうた)がやってくる。
涼太は他人に怯え続ける彼方を育て、幸せを謳歌できると信じていたもののーーー
限界に限界を迎えながら訪れた、18歳の誕生日。アルバイトからフラフラ帰宅していると...
え?異世界?僕、赤ちゃんに戻ってるんですけどーー!?
え、お兄ちゃん?誰!?ここは一体どこなの?
異世界に転生した一人の男による、はちゃめちゃライフがここに開幕!!
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
異世界で騎士団寮長になりまして
円山ゆに
BL
⭐︎ 書籍発売‼︎2023年1月16日頃から順次出荷予定⭐︎溺愛系異世界ファンタジーB L⭐︎
天涯孤独の20歳、蒼太(そうた)は大の貧乏で節約の鬼。ある日、転がる500円玉を追いかけて迷い込んだ先は異世界・ライン王国だった。
王立第二騎士団団長レオナードと副団長のリアに助けられた蒼太は、彼らの提案で騎士団寮の寮長として雇われることに。
異世界で一から節約生活をしようと意気込む蒼太だったが、なんと寮長は騎士団団長と婚姻関係を結ぶ決まりがあるという。さらにレオナードとリアは同じ一人を生涯の伴侶とする契りを結んでいた。
「つ、つまり僕は二人と結婚するってこと?」
「「そういうこと」」
グイグイ迫ってくる二人のイケメン騎士に振り回されながらも寮長の仕事をこなす蒼太だったが、次第に二人に惹かれていく。
一方、王国の首都では不穏な空気が流れていた。
やがて明かされる寮長のもう一つの役割と、蒼太が異世界にきた理由とは。
二人の騎士に溺愛される節約男子の異世界ファンタジーB Lです!
異世界では総受けになりました。
西胡瓜
BL
尾瀬佐太郎はある日、駅のホームから突き飛ばされ目が覚めるとそこは異世界だった。
しかも転移先は魔力がないと生きていけない世界。
魔力なしで転移してしまったサタローは、魔力を他人から貰うことでしか生きられない体となってしまう。
魔力を貰う方法……それは他人の体液を自身の体に注ぎ込んでもらうことだった。
クロノス王国魔法軍に保護され、サタローは様々な人物から魔力を貰うことでなんとか異世界を生き抜いていく。
※アホ設定なので広い心でお読みください
※コメディ要素多め
※総受けだけど最終的には固定カプになる予定
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【本編完結】十八禁BLゲームの中に迷い込んだら、攻略キャラのひとりに溺愛されました! ~連載版!~
海里
BL
部活帰りに気が付いたら異世界転移していたヒビキは、とあるふたりの人物を見てここが姉のハマっていた十八禁BLゲームの中だと気付く。
姉の推しであるルードに迷子として保護されたヒビキは、気付いたら彼に押し倒されて――?
溺愛攻め×快楽に弱く流されやすい受けの話になります。
ルード×ヒビキの固定CP。ヒビキの一人称で物語が進んでいきます。
同タイトルの短編を連載版へ再構築。話の流れは相当ゆっくり。
連載にあたって多少短編版とキャラの性格が違っています。が、基本的に同じです。
※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。先行はそちらです。
おっさん聖女は王国一の騎士と魔法契約を交わす
月歌(ツキウタ)
BL
30代後半の疲れ気味なサラリーマン、山下真琴は数人の女子と共に、聖女として異世界に召喚された。そこは、乙女ゲーム『☆聖女は痛みを引き受けます☆』の世界だった。男の真琴も聖女と認定され、戦場に赴く王国一の騎士と魔法契約を交わした。離れた場所で、傷を共有しながら、戦争を終結に導くのが聖女の役目。戦争が終わり、役目が終わりかと思えば、騎士との恋愛ゲームが待っていた。おっさんは、早くバッドエンドを迎えたい。
【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話
那菜カナナ
BL
【お茶目な挫折過去持ち系妖狐×努力家やり直し系モフリストDK】
トラック事故により、日本の戦国時代のような世界に転生した仲里 優太(なかざと ゆうた)は、特典により『妖力供給』の力を得る。しかしながら、その妖力は胸からしか出ないのだという。
「そう難しく考えることはない。ようは長いものに巻かれれば良いのじゃ。さすれば安泰間違いなしじゃ」
「……それじゃ前世(まえ)と変わらないじゃないですか」
他人の顔色ばかり伺って生きる。そんな自分を変えたいと意気込んでいただけに落胆する優太。
そうこうしている内に異世界へ。早々に侍に遭遇するも妖力持ちであることを理由に命を狙われてしまう。死を覚悟したその時――銀髪の妖狐に救われる。
彼の名は六花(りっか)。事情を把握した彼は奇天烈な優太を肯定するばかりか、里の維持のために協力をしてほしいと願い出てくる。
里に住むのは、人に思い入れがありながらも心に傷を負わされてしまった妖達。六花に協力することで或いは自分も変われるかもしれない。そんな予感に胸を躍らせた優太は妖狐・六花の手を取る。
★表紙イラストについて★
いちのかわ様に描いていただきました!
恐れ入りますが無断転載はご遠慮くださいm(__)m
いちのかわ様へのイラスト発注のご相談は、
下記サイトより行えます(=゚ω゚)ノ
https://coconala.com/services/248096
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる