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12.優しい老夫婦

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 階段を下り足を踏み入れた薄暗い船内は、すでに沢山の人がくつろいでいた。

 船の上の階は外の景色を楽しめる個室になっていて、リューイの乗船料金では足を踏み入れられないように、しっかりとエリア分けをされていた。


 この世界では国外まで行くような大型客船だったが、どうやら竜士からすると不安の残るサイズだったらしい。
 長い航海に耐えられるのかを不安がり、救命胴衣はないのかだの救命ボートの場所をチェックしろだの、うるさいことこの上ない。
 
 適当に相槌を打ちながら到着した大部屋は、本当にただの広い空間だった。
 低い天井を支えるために柱はいくつかあったが、一人でも多くの人を乗せるために壁を取っ払ったのだろう。



 何これ倉庫じゃん貨物じゃんと、リューイの頭の中では竜士がぶつくさと文句を言っている。

 たしかに沢山の人や荷物でごった返しているが、人の出入りも多く、これなら目立たず扉を回避できそうだ。リューイはほっと息を吐いた。



 どの人も二週間余りの航海を少しでも快適に過ごせるように、それぞれ工夫しているようだった。

 旅慣れた様子の男性は、荷物を枕にさっそく横になっている。大きな手荷物を大事そうに抱えている若者は、駆け出しの商人だろうか。

 
 リューイが落ち着きなくきょろきょろしているのを見て、一人で心細くなっているのだと判断した老夫婦が、親切にも荷物を寄せて少し場所を空けてくれた。


 リューイは見知らぬ人から初めて優しくされて、おっかなびっくりお礼を述べた。




 老夫婦は、国外に住む息子夫婦の元へ行くところなのだそうだ。

「歳を取った私たちのことを心配してね。一緒に暮らさないかって。昔から優しい子でねぇ。長い間手紙のやり取りだけだったけど、孫が3人いるのよ。真ん中の子が、ちょうどあなたくらいねぇと思ったら、なんだか放っておけなくなったのよ。歳をとるとお節介でごめんなさいねぇ」


 お喋りが上手でないリューイを相手に、老婦人はゆっくりと優しく話し続けてくれた。


 老夫婦はリューイを詮索する事なく、心配する気持ちだけを丁寧に伝えてくれる。
 その気遣いが温かく、リューイは久しぶりに自然な笑顔を浮かべることができた。





 そうして始まった航海は、平和で、驚くほどゆっくりと時間が進んでいるようだった。

 大人がやっている怪しげなトランプゲームに参加するわけにもいかず、窓もない室内ですることもない。
 甲板に出ても海の景色は代わり映えもせず、早々に飽きた。

 はっきり言えばとても暇だったのだ。


 引きこもることは得意なリューイだったが、本を一冊でもいいから持ってくるべきだったかと、自分の小さな手荷物を抱え直して座りこんだ。



 そんなリューイに、老夫婦はあれこれと話しかけてくれたのだった。

 そんな老夫婦にまで外套のフードは外さない方がいいと勧められて、リューイは首を傾げる。
 困った坊やだと老夫婦は笑って、日持ちのするおやつをこっそり分けてくれたのだ。


 外套だけで寒ければ、有料だが毛布を借りられること。でもあまり綺麗ではないこと。
 早めに食事の受け取りに行かなければ、具なしスープになってしまうこと。
 お水は貴重なので水浴びは出来ないが、ハーブオイルを水で薄めて体を拭けばスッキリすること。
 旅をするなら、貴重品は服の内側に縫い付けるくらい慎重に管理すること。

 ひたすら長い航海の最中に、リューイは老夫婦から沢山の助言をもらったのだった。






 長い一日がようやく終わりを告げて、太陽がどこまでも広がる水平線に沈んでいく。

 昼でも薄暗い大部屋のあちこちで、灯されたランプの炎が細く絞られて、もうすっかり夜だ。海の上ではすることがないからか、みんな早々に寝るらしい。
 

 
 そんな中、大部屋では用心をしすぎるくらいで丁度いいのだと、老夫婦は壁際を譲ってくれるのだった。

「でもそれでは、あなた方が危険なのでは?」
「私たちはほら、年寄りだし、取られて困るようなものは何もありませんからねぇ。リユさんが心配で寝られないもの。私たちのためを思って、今日は壁際でおやすみなさいな」


 実際に、知らない人に囲まれて寝られる気がしなかったリューイは、老夫婦の優しさに甘えることにした。

 何度も何度もお礼を言って、毛布にくるまった。
 追加料金を払って借りた毛布は、なんだか表現しづらい匂いがして、ゴワゴワしてチクチクした。
 

 明日はこの毛布をどこかで干そうと、リューイは心に決めて目を閉じた。




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