悪役令息の異世界転移 〜ドラゴンに溺愛された僕のほのぼのスローライフ〜

匠野ワカ

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11.朝日の出港

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 早朝から港は活気づいていた。


 漁から戻った漁船からは、朝市に向けて魚を運ぶ人の声が賑やかに響いている。
 他にも、朝食を売る売り子の声。貨物船に荷を運び込む人の声。
 生きる人々の音に溢れていた。


 港までの徒歩移動で、すでにリューイの足は棒のようになっていた。
 剣術や乗馬で基礎体力はつけていたはずなのだが、長距離を歩くというのは別物らしい。

 リューイは路肩のすみに座りこみ、屋台で買った惣菜パンを咀嚼しながら朝の喧騒に耳を傾けていた。
 

 パンを買った屋台のおばさんに聞いた情報では、もう少しで国外行きの船の乗船が始まるらしい。

 偽造の身分証までは用意できなかったが、いくつかの国を渡り歩けば撒けるだろう。
 今のリューイは、まだ処刑されるほどの悪事は働いていないのだ。事件性もなく、自らの意志で失踪した人間をそこまで探すとは思えない。
 犯罪者でないのなら、確かな身分証さえあれば友好国への出入国はそう難しくはなかったはずだ。


 しばらくの間、生活に困らないだけのお金はこの日のために準備していた。

 このお金で、適当な平民の出生を手に入れてもいい。
 そうしてどこか遠くの国で、新しい生活を始めるのだ。


 新しい名前ならもう決まっていた。
 ブルーイット家の身分証を手放した暁には、リューイと竜士のそれぞれの共通の響きを取って、リユと名乗るのだ。

 ただのリユになれたら、ご近所付き合いをしてみたい。
 普通に挨拶をして、たわいもない天気の話をするのだ。顔なじみの店をつくって、常連客にもなってみたい。
 友人も作りたいし、恋だってしてみたいのだ。

 普通の平穏な生活を手に入れたい。







「本当に大部屋でいいんですか? 次の便でしたら、個室をご用意することも可能なのですが」
「急いでいますので。大部屋で大丈夫ですよ」


 個室だと自分で扉を開けなくてはいけないだろう。

 あえて出航ギリギリの時間に駆け込んだリューイは、仕方なくという演技をしながら、平民や商人が雑魚寝で利用する大部屋の乗船料金を支払った。

 窓口の女性は身分証とリューイの顔を交互に見ながら、しぶしぶ乗船チケットを手渡す。

「あの、差し出がましいようですが、外套のフードは被ったままにしたほうがいいと思いますよ。何かあっては大変なので」
「もしかして、どこか変ですか?」


 お金持ち感が隠しきれていなかったかと、この日のために用意した下町の服を不安げに見下ろすリューイに、窓口の女性は頬を染めながら付け加えた。

「いえ、その、お顔がとてもお綺麗なので……」
「あはは。やだなぁ、僕、男ですよ?」

 遠くで聞こえる出航を知らせる人の声に、リューイはお礼を言いながら駆けだした。
 船への渡し橋が外される直前になんとか駆け込み、息を切らせながら振りかえる。

 出航を告げる汽笛とともに、船が動き出した。



 太陽の光は、船体にぶつかり波しぶきを上げる海面と、白い屋根の続く街並みを明るくキラキラと照らしている。

 今ごろ、僕がいなくなった事で騒ぎになっているかもしれない。
 しかし、もう船は港を出たのだ。陸でどれだけ騒ごうとも、僕は海の上だ。

 やったのだ。ついに、ついに逃げ出せたのだ。


 リューイは喜びに震えながら、甲板で長い間、遠ざかる港を見つめ続けた。


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