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8. 心優しい聖女さま

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 聖女さまは、その後も攻略対象者の好感度をガンガン上げているようだった。
 建前上は男性同士なのだけど、もはや気にしたら負けだ。


 聖女さまは、騎士のべイントンと乗馬デート、幼馴染のローと下町デート、またある日は歴史学のレズリー先生と図書館デートと、毎日大忙し。
 

 何で知っているかって? 
 あのどこでも扉システムのせいで、デート現場に放り出されてしまうからですよ。

 どこでも扉への恨みは深くなるばかりだ。


 箱入り貴族のリュートが、初めての下町に着の身着のまま放り出されて、帰り道なぞ分かるはずもなく。

 子鹿みたいに震える無一文のリュートを馬車に乗せてくれたのは、聖女さまだった。
 御者の反応を見るに、多めのお金を代わりに支払ってくれたようだ。申し訳ない。


「くれぐれも、くれぐれも粗相のないように、安全に送り届けてくださいね? ブルーイット様、下町の馬車でご容赦くださいませ。本当なら私も一緒に行けたらいいんですけど、今日はそういう訳にもいかないので……」 


 聖女さまの後ろには、不安げな様子の男性が一人。
 聖女ルルンの攻略対象者で、幼馴染みのローだ。唯一聖女ルルンの境遇を知っているキャラで、聖女さまにとって良き理解者だった。


 ルルンが困っていたらいつでも俺が助けに行くからという子どものころの約束を、最後まで大切に守ってくれる良い奴なんだよ。本当に健気ないい子でさぁ。
 好きな人が他の男と仲よくしていたらヤキモチを焼くだろうに、聖女を困らせたくないと耐えるんだ。
 第一王子ルートのときなんか、身分違いの恋に躊躇する聖女の背中を押したんだぜ。好きな人には幸せになってほしいってさ。あのときは思わず泣いたね。ゲームだけど。
 ローと結ばれるルートのときは、俺の前ではもう頑張らなくてもいい、聖女じゃなくても普通のお前のことが小さいときからずっと好きだったんだって、城から聖女を連れ出してあげるんだ。
 はぁ、最高。俺の推し。どの攻略者もカッコいいんだけど、ローはかっこよくてさらに可愛くて、健気さが一番なんだよぉ!



 竜士が頭の中でうるさく語り始めたのを聞き流しながら、リューイは馬車の小さな窓から聖女を見つめた。

 本来ならこのエピソードは、久々にスカートをはいて下町を楽しんでいる女性姿のルルンを見た悪役令息リューイが、女装したところで似合わないだの、貧相だの、嫌みったらしく悪口を並べ立てるシーンだったはず。

 リューイはせっかく可愛らしく着飾ったルルンに、そんな心にもないことは言いたくなかった。だから一切口を開かなかった。
 今までの経験上、口を開けばろくでもないことになるのだ。


 無言のまま、ガタリと馬車が進みはじめる。


 聖女は心配そうに両手を胸のところできゅっと握りしめていた。
 その姿に嘘偽りはなさそうに見える。まるで心からリューイを心配してくれているように。

 そんな事があるんだろうか。



 ストーリー強制力のせいではあるけれども、今までのリューイの言動を考えれば、聖女に嫌われることはあっても好かれる要素なんて皆無に等しい。
 なんで聖女は悪役令息にまで優しいんだろうか。



 リューイは言葉の代わりに、小さな窓から小さく手を振った。感謝の気持ちを込めて。

 それを見た聖女は、本当に嬉しそうに顔いっぱいに笑いを広げ、大きく手を振り返してくれたのだった。





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