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番外編 かわいい人.12
しおりを挟むそれからのティフォは、卵の出産までの数週間で、アキラの両親への挨拶と、子どもたちへの連絡、結婚届の提出、最新の出産育児情報のアップデートと、めまぐるしく動き回った。
ティフォの突然の再婚話を聞いて、困惑するもの、怒りだすもの、祝福するもの、反応はそれぞれだったが、身重のティフォを慮ったジェイクが間に入ってうまく説明をしてくれたのだった。
アキラがムームだということは話さなかったといっていたから、説明はとても大変だっただろう。
さらには宇宙各地で暮らす子供たちが集まり、出産までの短期間で、ささやかな結婚式をプレゼントしてくれることに決まったのだった。
それを取りまとめてくれたのもジェイクだった。
地球での仕事も忙しいだろうに、そんな素振りは一切見せずに、誰よりも喜んでこの結婚式を準備してくれたのだ。
ジェイクの献身的な支えには、何度お礼をいっても足りないくらいだった。
地球風の結婚式は、ティフォの憧れだった。
小島の浜辺に急遽きゅうきょ用意された結婚式場は、シンプルながらも海を背景にしたとても美しい物だった。
こうして迎えた結婚式当日。
たくさんの子どもたちやその家族、親しい友人が参列してくれた。
昔ながらの白いタキシードに身を包んだアキラが、両親に連れられて赤い絨毯のバージンロードを歩いてくるのを、ティフォは夢のようだと瞬きもせずに見つめるのだった。
だって、正装のアキラの姿は、ちょっとどうしていいか分からないほど美しかったのだ。
挙動不審になるティフォの触手を手に取って、恭しく口付けするアキラの姿に、ティフォの視界は涙でにじんだ。
『まだ泣くのは早いだろ』
アキラは笑って、タキシードのポケットから小さな箱を取り出した。
ティフォは、その箱が何を意味するものなのかを知っていた。
遠い昔、地球のことを勉強するために、ムームと見たたくさんの映画のなかで、何度も登場した特別なプレゼント。
かつてはティフォも欲しがったものだった。
息をのんで見つめるティフォの目の前で、そっと開けられた小さな黒いジュエリーボックス。
その中には、太陽の光を受けてきらきらと光るリングが二つならんでいた。
一つにはプラチナのネックレスチェーンがついていて、指輪がペンダントトップになってい
る。
アキラはそれを手に取り、ティフォの首にかけた。
しなやかに肌に沿うネックレスチェーンの先には、プラチナリングが揺れている。
「……うれしい。どうしよう。すごくうれしい。でも、いいの? だって、昔は指輪なんて嫌だって」
『ああ。昔は幸せってやつにどうしても抵抗があったから。でも今の俺は、愛情いっぱいに育ったアキラだからな。ティフォが喜ぶと分かっているなら、ためらう理由なんてない。……で、俺には付けてくれないの?』
ティフォは求められるままに、震える触手で、アキラの細い指に指輪を通した。
『俺の全部で、ティフォを幸せにすると誓うよ。愛してる』
「ありがとう。嬉しい。でも、忘れないでね。私の幸せは、アキラの幸せなんだってこと」
見つめあっていた目を閉じ、触れるだけの誓いのキスをする。
わっと歓声があがり、いっせいに色とりどりのフラワーシャワーが宙を舞った。
興奮した犬が浜辺を走り回っている。
それは祝福と優しさに満ちた、平和で心温まる結婚式だった。
みんなからの祝福の言葉に笑顔を返し、久々の再会を喜び、楽しい時間が過ぎていく。
それぞれ飲み物を手に、あちこちで昔話に花が咲き、笑い声が浜辺に響いた。
時間が経って少し落ちついてきたティフォは、首で揺れるリングを触手で触って眺めていた。
こうして形になるものを手にすると、夢じゃないんだなと実感が湧いてくる。
ただの輪っかなのに、こんなにも良いものだったんだなと、ティフォはあらためて喜びを噛みしめた。
そうしてふと見たリングの内側に、ティフォと、アキラと、ムームの名前が刻印されていることに気付いた。
はっとして隣に立つアキラに目をやると、ただ穏やかに笑っているのだった。
『指輪なんて拒否したところで、ムームはどうしようもなく、幸せだったんだよ。バカだよな、本当に』
「アキラ……」
『だからさ、俺たちで、あいつにできなかったことを全部、片っ端からやってやろうぜ!』
返事は嗚咽にまぎれ言葉にならなかったが、ティフォは指輪を握りしめながら、何度も何度も頷いてかえした。
結婚パーティーは、夜が更けるまで賑わった。
引退したエリクレアス元代表も駆けつけ、息子のジジュとかつての部下だったカヤは、二人の子どもを連れて顔を出してくれていた。
懐かしい話に盛り上がり、はしゃぎすぎたのだろうか。
そろそろお開きというタイミングで、ティフォはお腹を抱えてうずくまった。
身に覚えのある痛みに、産気づいたのだとすぐに分かった。
アキラとジェイクの迅速で的確な指示の元、結婚式場はすぐさま安全な産卵場所へと整えられた。
そうしてティフォは、たくさんの子どもたちと、アキラの両親に見守られるなか、十二個もの卵を産み落としたのだった。
慣れた手つきで卵を取りあげたのは、アキラだ。
配慮として大きな布が掛けられ、まわりのみんなに直接産卵を見られたわけではない。
それでも、産まれた卵が次々とバケツリレーのようにみんなの手に渡って祝福されていくのは、なんともいたたまれない気持ちになった。
年老いた体にはあまりにも多すぎる数なのだ。
それは昔、ムームが初めて出産した卵の数よりも多かったのだから。
長く生きてきたけど、これほど大勢に見守られながら、産卵をしたことなど今まで一度もなかった。できなかったことを片っ端から全部やるにしても、これはないだろうと羞恥に泣いた。
エリクレアス元代表は、肩を震わせて笑いながら、元気そうでなによりと言いのこして帰って行った。
ティフォはあまりの恥ずかしさに、今すぐ穴を掘って埋まろうかと思った。
でも自分の大きな体を埋められるほどの穴を掘れるとは思えない。微妙なくぼみで丸まる自分を想像して、穴に入るのは止めておいた。
これ以上、恥の上塗りはするまい。
『ティフォ、お疲れさま。久々の産卵、大変だったね。俺の大事な大事なティフォが、こうして無事に産卵を終えられて、みんなに祝ってもらえて、俺、嬉しいな。あとは任せて、ゆっくり休んでね。お休み、ティフォ』
にこにこ笑顔のアキラに甲斐甲斐しくお世話をされているうちに、ふと、初めての産卵に戸惑い、次はお前が産めと青筋を立てて怒り狂っていたムームを思い出した。
まさかこんな因果応報はないよねと思いながらも、心の中で過去のムームに謝るのだった。
ティフォはぐったりと脱力して目を閉じた。精神的なダメージで、とても疲れた。少し眠ろう。
卵はどうせすぐに孵化するし、孵化したら驚くくらいの慌ただしさに、この恥ずかしい記憶も薄れてくれるに違いない。薄れて欲しい。
ティフォはなんなら今すぐ薄れろと祈りながら、みんなに見守られる中、眠りについた。
こうして始まったティフォのとんでもない毎日は、とんでもなく幸せに満ち、飛ぶように過ぎていくのだった。
二人仲良く安らかな最期を迎えるその日まで。
そうして、生まれ変わっても、永遠に。
(おしまい)
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素敵な作品をありがとうございます!!
良かったです🎵
二人がいつまでも一緒に幸せにいられますように。
素敵な話をありがとうございます❤️
優しい感想をありがとうございます!
幸せな二人を書ききることができて、とても楽しかったです。
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました!
待ってました‼︎
大好きなお話の番外編ありがとうございます♪
感謝♡感謝♡
感想をありがとうございます!
頑張って更新してよかったです。少しでもお楽しみいただけますように。
ありがとうございました!!