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番外編 かわいい人.5
しおりを挟む『あの、どれもとても美味しいです。それで、えっと、今の地球で触手生命体はすでに主要な種族になっています。ですから、慣れているというか……。あの、遠慮なさらず、普通に食事をしてくださいね?』
「ああ、そうか、そうですよね。ここに引きこもっていると、どうしても情報にうとくなってしまって。今の地球で人気の食べ物とかも、さっぱり分からないんですよねぇ。でも取り寄せることはできますので、欲しいものがあったらどうぞ遠慮なくいつでもいってくださいね」
『ありがとうございます。ティフォは、俺みたいな得体のしれない地球人にも親切なんですね。……いい人過ぎて、ちょっと心配です』
「はは、まさか。辺鄙な島に引きこもるただの偏屈老人ですよ。ご覧のとおり私は気が利きませんので、子どもは子どもらしく遠慮せず、欲しいものは欲しいといってくださいね」
『俺、そんなに子どもじゃないので』
頰を青く染めて主張するアキラを見て、ティフォは心を和ませた。
「分かりました。では対等な大人として、アキラにこの島での仕事を一つお願いしていいですか?」
『もちろんです!』
ティフォがアキラにお願いしたのは、この島で暮らす犬の世話だった。
犬の健康管理はAIにもできるのだが、一緒に走り、撫でかわいがることはできない。
犬たちに気に入られているアキラにうってつけの仕事だ。
アキラも二つ返事で引き受けてくれた。
それから毎日、アキラは犬とともに島を走り回っている。
朝食をティフォと一緒に食べたあとは、昼食の時間まで自由に島を散策しているらしい。
葉っぱやクモの巣をあちこちにつけて現れるアキラをきれいにするのが、ティフォの日課となっていた。
AIのクリーン機能を使えば一瞬できれいになるのだが、アキラがあまりにも素直に頭を差しだすものだから、ティフォも触手でアキラの頭を撫でずにはいられないのだった。
色素の薄い柔らかなアキラの髪を梳きながら島の様子を聞くのが、いつしかティフォの楽しみとなっていた。
長いまつ毛に縁取られたアキラの黒い瞳が、きらきらと日の光を映し出す。
そこに憂いの影がないことに、なぜだかティフォは泣きたいくらいにほっとしてしまうのだった。
いつからかアキラは、午前中の散策で見つけた花を一つ、ティフォに手渡すようになっていた。
あまり部屋から出ない自分を気遣ってのことなのだろうと思いつつも、ティフォはこのかわいいプレゼントを喜んだ。
アキラは、午後になると島で採取してきた植物の調査記録をつける。
ティフォのそばをつかず離れず、ときおりティフォに意見を仰ぎながら詳細に記録をまとめていくのだった。
ティフォが一つ助言をするだけで、アキラはそれ以上のことを理解し結果に結びつけた。
アキラとの不思議な生活は、おおよそ想像し得る不快感とは無縁の快適さだった。
衣食住は高性能AIがすべて世話をしてくれるとはいえ、アキラは地球人年齢で十歳くらいの見た目をしている。
親に甘えたいさかりの子どもとは、もっと手がかかるものだ。
今まで沢山の子どもを育て上げてきたティフォは、いわば子育てのエキスパートだった。
しかし、そのティフォの子育ての経験が無意味に思えるくらい、アキラはおおよそ子どもらしからぬ子どもだったのだ。
アキラはうるさく騒ぐことがなかった。
何事も静かに観察して、自分の頭でじっくり考え、そして行動する前には律儀にティフォに許可を請うた。
今でこそしなびた老人だが、かつて熟練の親であったティフォはいぶかしんだ。
それでも触手のそばで穏やかにくつろぐ少年を前にすると、子どもらしくないと追求することがどうしてもできない。
それならばとジェイクに連絡をとってみたのだが、快適なら何の問題もないのではとはぐらかされておしまいだった。
アキラは見た目年齢からは想像できないくらい聡明で、何事も配慮の行き届いた子どもだった。
どんな環境でどんなふうに育てられたらこんな子どもになるのかと、ティフォは疑問に思わずにはいられなかった。
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