【完結】愛玩動物

匠野ワカ

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おまけSS ある日の出来事

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小島で暮らし始めてそれほど経っていないある日の出来事。(二人の会話は皮膚下に埋め込んだ集積回路によって同時翻訳されています)




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 映画というものは、地球の娯楽の一つであるらしい。



 ティフォは太平洋に浮かぶ小島で暮らしながら、地球の文化をもっと知りたいと、インターネットでの模索を続けていた。そのなかで映画という存在を知ったのだった。



 映画というものは、3Dホログラムを見慣れたティフォにはどうも違和感が残る奥行きの感じられない平面的な映像だった。ストーリーも作り物であることが一般的らしい。

 会ったこともないような役者と呼ばれる人間の架空の言動を見て、地球人は泣いたり笑ったりするのだそうだ。



 それがティフォには不思議な行動に思えた。



 それでもインターネット上の数多の映画情報を見るにしたがって、地球人はこの稚拙な作り物がとても好きなのだと理解した。ティフォは間接的にでもムームの育ってきた文化を知りたいと、空いた時間でせっせと映画鑑賞にいそしむようになった。



 幸いなことにどの国の映画でも、英語の字幕さえあればティフォにも理解ができる。分からない文化については、さりげなくムームが教えてくれたりもした。

 分かりにくいかもしれないが、ムームは優しい。

 ムームは興味のない映画でも、ティフォの触手に腰かけて映画鑑賞につき合ってくれるのだ。



 ティフォは、ムームと二人で一つのことを共有するこの映画鑑賞の時間を、とても大切に思った。すぐに映画が好きになった。

 そんなある日のこと。









「え……」



 驚き硬直するティフォに気付いて、ムームが声をかけた。



『どうした?』

「どうって……、だって、これ」



 ティフォは、名作SF映画ランキングから適当に選び再生していた映像を、震える触手の間からチラチラと見ながら訴えた。



 映像は、今まさにぬるぬると動く触手を有した地球外生命体が、地球人を襲っている最中だった。壁に真っ赤な血しぶきが飛び、人々は恐怖におののいている。そんな中、一人また一人と地球外生命体の餌食になっていく。

 卵を産み付けられた女性にいたっては、地球外生命体の赤ちゃんに腹を食い破られていた。





 ティフォは慌てて、名作SF映画ランキング一覧からストーリー概要を見直した。ランキングにのっているSF映画の多くが、地球を征服しようとする悪者、もしくは捕食者として地球外生命体を登場させているらしい。





「こここ、こんなことしないよ……っ! 私たちケプラー惑星群の触手生命体は、草食よりの雑食だし、卵だって母体を食い破らないし、比較的温厚な種族なんだよ!? 知的生命体への加虐は惑星協定宇宙法でも厳しく禁止されていてっ」

『落ち着け。知ってる。ほら、よく見てみろ。これは四十年以上昔に作られた映画だ。別にお前たちのことじゃない。創作だ』

「でも、だって」



 普通に登場しただけで、襲われていない段階で、地球人はあんなにも恐れおののき逃げまどっていたじゃないか。そこでようやくティフォは気付いたのだ。





「も、もしかして、地球人にとって、私たちの見た目って、気持ち悪い、の?」

『……あー』





 言いよどむムームの態度で確信してしまったティフォは、衝撃を受けとめきれずに項垂れた。



 保護施設で出会ったたくさんの地球人の怯えた態度を思い出す。

 見知らぬ星で怖い思いをしたからという理由だけでなく、まさかこの容姿が純粋に嫌悪や恐怖の対象だったなんて。

 ケプラー惑星群の触手生命体は、個々の見た目に大きな違いがない。みんな似かよった容姿をしている。もちろん同族同士であれば美醜の差はたしかに分かるのだが、難易度は高めだといわざるを得ない。

 きっと個性豊かな姿形をもつ地球人からすれば、ケプラー惑星群の触手生命体などどれも同じに見えるに違いない。



 つまり、ティフォ自身の容姿も、ムームからすると気持ちが悪いものなのだろう。







「し、知らなかった……」



 ずどんと落ち込むティフォの触手に、ムームは指をからめる。

 映画で得た知識からすると、恋人繋ぎというやつだ。





『お前は、地球人から好かれたいのか?』



 見た目で嫌悪感をもたれていた事実は悲しく思うが、好かれたいかと聞かれればそうでも無いような気がする。ティフォは首を横に振った。



「ううん。嫌われるのは悲しいけど、好かれたいとまでは特に……。そうだね。嫌な気持ちにさせてたのに、気付かなくてごめんって思うよ」

『ならいい』





 どことなく不機嫌そうなムームは、無言で血みどろの映画を停止した。リモコンとやらを操作して、他の映画を再生している。

 何やら数十年前に上映されていた、小さな宇宙人と地球の少年の友情を描いたSF映画らしい。





『スプラッタが苦手なら、大人しくこっちにしとけ』

「あ、ありがと」

『じきにお前が好きそうな宇宙人と人間の恋愛映画も作られるようになるさ』

「ふふふ。ムームは恋愛映画なんて好きじゃないのに、いつもつき合ってくれてありがとね」

『好きもなにも、今まで映画なんてろくに見たこともなかったからな』



 面白くなさそうに、それでもティフォの触手の上で流れる映像に目をやるムーム。

 機嫌が悪いわけではなさそうだと安心したティフォは、ムームを触手の中に囲い込む。

 ティフォは、口数の少ないムームの機微にだけは聡くあろうと務めていた。文化も育ってきた生活環境も一般常識も違う異星人同士が共に暮らせば、思いもよらぬすれ違いが生じることもある。知らず知らずのうちに傷付けることだってあるかもしれないのだから。



「ムームが好きだよ。だから、もっとムームに好かれる見た目に生まれてきたかったなぁ。ね、ムームはどんな人が好きなの?」



 間違いなくモテてきたであろうムームの過去の恋愛を聞くのは、とても勇気がいることだった。それでもティフォは覚悟を決めて聞いてみた。

 好かれるためにもっと努力できることがあるかもしれない。それが無理でも、せめて言葉を尽くして愛をささやきたい。





『あぁ?』



 それなのに、地を這う声とともに振り返ったムームの鋭い眼光といったら、小動物なら仮死状態になるのではないかと思わせるような鋭さだった。怒っている。

 今の会話のどこがダメだったのか、ティフォは頭をフル回転させるのだが、焦って空回りする一方だ。





「だって、ほら、私たちケプラー惑星群の触手生命体ってみんな似てるでしょ? そんなのだから今まで容姿について考えがいたらなくて。そういえば初めて一緒に食事したときムームってばあんまり食べてなかったよね。食欲も失せる見た目だったのかなって。ムームにも化け物って言われてたのに、親しさの表れかなって変なとこでポジティブに思ってたんだよね。ははは、ごめんね、私ってほら鈍いからなかなか気付けなくって」



『もういい』







 ムームは大きく一つため息をつくと、自虐的に喋り続けるティフォの頭を引き寄せた。





『お前は本当に呆れるくらい何も分かっちゃいないな』

「ご、ごめ」

『謝るな』



 謝罪以外の言葉を持ち合わせていないムームは、黙るしかなかった。至近距離でムームと見つめ合う。そこに怒りの色はもう見当たらない。





『俺は、見た目がいい』

「うん。知ってる」



 ムームが他の人間と比べていい男であることは、異星人のティフォにも分かる。



『でもな、見た目が良かったことでいい思いをしたことなんて何もなかった。むしろ、この見た目を恨んだこともある』

「そ、そうなの?」

『それでもな、他でもないお前が俺の見た目を気に入ってるのなら、悪くないと思う。その程度の問題だ。違うか?』

「……違わない。そうだね。私も、みんなから好かれたい訳じゃなかったんだ。もっとムームに好かれる見た目がいいなって、思っただけなんだよ」

『はあぁぁ。言わなきゃわからねぇんだったな。お前の自己肯定感の低さは、筋金入りだもんなぁ』



 ムームのため息の大きさに、ティフォは首をすくめる。そんなティフォに、ムームは触れるだけの口付けをおくった。





『かわいく思ってるよ。お前の見た目もな。お前は触手生命体がみんな似てるっていうけど、気付いてたか? お前の目、他のヤツより少し垂れ目なんだぜ。それもかわいい。丸い目も瞬膜も、透き通っていて綺麗だ。寝てるときにぴすぴすうるさい鼻も小さくてかわいい。凹凸のない顔のフォルムも、空気抵抗少なそうでいいじゃねぇか』



 急に始まった褒め言葉に、言われ慣れていないティフォは盛大に照れた。



「そんな全然、あっ、ちょ、ひゃ」

『お前の感情豊かな触手も、かわいい』



 ついでとばかりにあちこちをやらしく撫でられて、ティフォの触手がびたびたと暴れだす。ムームは楽しそうに笑って言った。



『あと、セックスが上手だ』



 あれよあれよという間にベッドに連れ込まれたティフォは、ムームの低く響く声で甘いセリフを山ほどささやかれ、頭の芯まででろでろに溶かされていく。ムームは言葉で、体で、愛を訴える。











『あっ。んっ。はぁ。お前の可愛さは、俺だけが、知っ、ていれば、いい……。俺が、ぁンっ、そのままでいいと言ってるんだから、んっ、ごちゃごちゃ、余計なことを考えるなっ。お前はっ、俺の、ことだけ、考えてろよっ!』

「ムームの趣味は、独特だなぁ」

『う、うるさいっ!』

「ふふふ。嬉しい。ムームは優しくて、んっ、かわいい。大好きだよぉ」

『ぐっ、あ、あ、ああああッ!』







 幸せな毎日は優しく過ぎていく。



 事あるごとに褒められ、口説かれ、愛をささやかれ、体に教え込まれ、社畜で卑屈だったティフォは生まれかわるのだった。ムームの大きなその愛で。



(おしまい)
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