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28_現地妻なのか!?
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『うるさいな。騒ぐヤツは海に放り出すぞ』
監視カメラで騒ぎを聞きつけたムームが、険しい顔でドアから顔を出した。手には固い金属棒を持っている。
ムームはティフォを守るように立ちはだかると、興奮している地球人の男に無言で棒を振り下ろした。嫌な音がして、何かを言いかけていた地球人はギャッと悲鳴を上げる。
一気に船内がざわついた。
「待て! ムーム! そんなことしたら地球人が怪我をするじゃないか。地球人はか弱いんだぞ」
『お前は黙って島に戻っていろ』
「できるわけがない!」
うずくまる地球人を庇うようにティフォが触手で覆えば、ムームは額に青筋を立てて黙り込んでしまった。
これはかなり怒っている。正直あとが怖い。それでもこの場から引くわけにはいかない。
『月島さん! やっぱり月島さんだ! 会いたかった!』
ムームに気を取られていたティフォの触手をかいくぐって、地球人がムームの足にすがりつき叫んだ。目に涙を浮かべながら、何度もムームの地球名を呼んでいる。
さながら離ればなれになっていた恋人との再会を思わせる熱烈さに、ティフォは動揺が隠せない。
ムームは無表情のまま地球人の顎を蹴り上げ昏倒させた隙に、ティフォを引きずってデッキまで出た。ドアには外から念入りに施錠をしている。
船内は、身を寄せ合い泣き出す地球人まで出て、軽いパニック状態だ。元凶の地球人は目を覚ますなり起き上がって、ドアを叩きながらさらに何かを叫んでいる。
赤い体液をこぼしながらも元気そうな地球人の様子に、ひとまずティフォは胸をなで下ろした。
『もう出航の時間だ』
「この状況で!?」
ティフォは驚いて触手で船内を指し示したが、ムームの表情に変化はない。
『仕事は仕事だ。船の操縦に特に問題はない』
「あるよ! 大ありだ! あれほどあからさまに好意を示す地球人とムームを、船で二人きりになんてさせたくない!」
『はぁ』
「はっ! まさか現地妻か? 現地妻なのか?」
『なんでそうなる』
ムームはティフォをじっと見ながら、静かに話す。
まるで聞き分けのない悪い子だと言われているようで、じわじわと居たたまれなくなってきた。なんでだ。私がおかしいのか?
「だって、だって……っ! じゃあなんでムームは私に日本語を教えてくれなかったんだ! 知られたら不都合なことがあるからなんじゃないのか? 今だってそうだ。彼は何なんだ? ムームは私に隠し事がないと言えるのか? 私は、すべてを捨てて、ムームしかいないのに……」
『お前、後悔してるのか? それなら』
「違う!! そうじゃない!」
ムームの言葉を遮って、ティフォは首を激しく横に振った。そうじゃない。後悔なんてするわけがない。こんなことが言いたかったんじゃない。
『お前は俺に、どうして欲しいんだ』
ムームは額を押さえて、長い長いため息をついた。
いつものじゃれあいのような言い争いとは違う重い空気に、ティフォはひどく混乱をしていた。呆れられただろうか。嫌われたくない。そんな稚拙な感情が渦巻いて、建設的な思考ができない。
「お、置いていかない、で……」
だからティフォ自身も、なぜこんな言葉が口から出てきたのかよく分からなかった。不意にこぼれた言葉に、ティフォは驚いた。しかしそれは、ティフォの心の奥底でじくじくと横たわる本心でもあったのだ。
『分かった』
ムームはそれだけ言うと、桟橋にティフォを置いて、船に戻ってしまった。
ティフォは離れていくムームの背中を、呆然と見送る。
心配顔の犬が触手に顔を突っ込んでいるが、反応できない。
ムームは淡々と離岸の準備を進めていく。船首から係留ロープを外し、手で桟橋を押して船尾を離す。船はエンジンの音を立てるとゆっくりと波をかき分けて、桟橋から離れていった。
縫い付けられたように、触手が動かない。ティフォは突っ立ったまま船を見送りながら、たまらず泣き出した。
触手で遊んでいた犬がワンと鳴く。
鳴き声にティフォが顔を上げれば、操舵室のドアが開き、ムームがデッキから海に飛び込むところが見えた。桟橋に向かって泳いでくるムームの姿を、ティフォはぽかんと見つめる。
「えっ、ムーム、行ってしまったんじゃないのか……?」
『お前が望んだんだろう』
「船は」
『国際機関に通達はした。どっかの国が適当に回収するだろうよ』
「えっ」
『そんなことはどうでもいい。さあ、何で泣いているのか説明をしろ』
海に浮かびながら手を伸ばすムームを、ティフォは慌てて桟橋に引き上げる。ムームが濡れた服を絞ると、だばだばと海水が水たまりを作った。
『家に帰るぞ』
濡れた髪を乱暴になでつけたムームがそう言えば、犬がワンと大きく鳴いて返事をした。
ムームの海水で濡れた手が、ティフォの涙で濡れた頬を優しく撫でる。
『お前が泣いているのは耐えられん。もう泣くな』
ムームの手はどこまでも優しくて、ティフォは小さな声でごめんなさいと謝った。
犬は尻尾を振って、先頭を意気揚々と歩いている。
その後ろを、手と触手をつないだ二人は、ゆっくりと歩いた。
監視カメラで騒ぎを聞きつけたムームが、険しい顔でドアから顔を出した。手には固い金属棒を持っている。
ムームはティフォを守るように立ちはだかると、興奮している地球人の男に無言で棒を振り下ろした。嫌な音がして、何かを言いかけていた地球人はギャッと悲鳴を上げる。
一気に船内がざわついた。
「待て! ムーム! そんなことしたら地球人が怪我をするじゃないか。地球人はか弱いんだぞ」
『お前は黙って島に戻っていろ』
「できるわけがない!」
うずくまる地球人を庇うようにティフォが触手で覆えば、ムームは額に青筋を立てて黙り込んでしまった。
これはかなり怒っている。正直あとが怖い。それでもこの場から引くわけにはいかない。
『月島さん! やっぱり月島さんだ! 会いたかった!』
ムームに気を取られていたティフォの触手をかいくぐって、地球人がムームの足にすがりつき叫んだ。目に涙を浮かべながら、何度もムームの地球名を呼んでいる。
さながら離ればなれになっていた恋人との再会を思わせる熱烈さに、ティフォは動揺が隠せない。
ムームは無表情のまま地球人の顎を蹴り上げ昏倒させた隙に、ティフォを引きずってデッキまで出た。ドアには外から念入りに施錠をしている。
船内は、身を寄せ合い泣き出す地球人まで出て、軽いパニック状態だ。元凶の地球人は目を覚ますなり起き上がって、ドアを叩きながらさらに何かを叫んでいる。
赤い体液をこぼしながらも元気そうな地球人の様子に、ひとまずティフォは胸をなで下ろした。
『もう出航の時間だ』
「この状況で!?」
ティフォは驚いて触手で船内を指し示したが、ムームの表情に変化はない。
『仕事は仕事だ。船の操縦に特に問題はない』
「あるよ! 大ありだ! あれほどあからさまに好意を示す地球人とムームを、船で二人きりになんてさせたくない!」
『はぁ』
「はっ! まさか現地妻か? 現地妻なのか?」
『なんでそうなる』
ムームはティフォをじっと見ながら、静かに話す。
まるで聞き分けのない悪い子だと言われているようで、じわじわと居たたまれなくなってきた。なんでだ。私がおかしいのか?
「だって、だって……っ! じゃあなんでムームは私に日本語を教えてくれなかったんだ! 知られたら不都合なことがあるからなんじゃないのか? 今だってそうだ。彼は何なんだ? ムームは私に隠し事がないと言えるのか? 私は、すべてを捨てて、ムームしかいないのに……」
『お前、後悔してるのか? それなら』
「違う!! そうじゃない!」
ムームの言葉を遮って、ティフォは首を激しく横に振った。そうじゃない。後悔なんてするわけがない。こんなことが言いたかったんじゃない。
『お前は俺に、どうして欲しいんだ』
ムームは額を押さえて、長い長いため息をついた。
いつものじゃれあいのような言い争いとは違う重い空気に、ティフォはひどく混乱をしていた。呆れられただろうか。嫌われたくない。そんな稚拙な感情が渦巻いて、建設的な思考ができない。
「お、置いていかない、で……」
だからティフォ自身も、なぜこんな言葉が口から出てきたのかよく分からなかった。不意にこぼれた言葉に、ティフォは驚いた。しかしそれは、ティフォの心の奥底でじくじくと横たわる本心でもあったのだ。
『分かった』
ムームはそれだけ言うと、桟橋にティフォを置いて、船に戻ってしまった。
ティフォは離れていくムームの背中を、呆然と見送る。
心配顔の犬が触手に顔を突っ込んでいるが、反応できない。
ムームは淡々と離岸の準備を進めていく。船首から係留ロープを外し、手で桟橋を押して船尾を離す。船はエンジンの音を立てるとゆっくりと波をかき分けて、桟橋から離れていった。
縫い付けられたように、触手が動かない。ティフォは突っ立ったまま船を見送りながら、たまらず泣き出した。
触手で遊んでいた犬がワンと鳴く。
鳴き声にティフォが顔を上げれば、操舵室のドアが開き、ムームがデッキから海に飛び込むところが見えた。桟橋に向かって泳いでくるムームの姿を、ティフォはぽかんと見つめる。
「えっ、ムーム、行ってしまったんじゃないのか……?」
『お前が望んだんだろう』
「船は」
『国際機関に通達はした。どっかの国が適当に回収するだろうよ』
「えっ」
『そんなことはどうでもいい。さあ、何で泣いているのか説明をしろ』
海に浮かびながら手を伸ばすムームを、ティフォは慌てて桟橋に引き上げる。ムームが濡れた服を絞ると、だばだばと海水が水たまりを作った。
『家に帰るぞ』
濡れた髪を乱暴になでつけたムームがそう言えば、犬がワンと大きく鳴いて返事をした。
ムームの海水で濡れた手が、ティフォの涙で濡れた頬を優しく撫でる。
『お前が泣いているのは耐えられん。もう泣くな』
ムームの手はどこまでも優しくて、ティフォは小さな声でごめんなさいと謝った。
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