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24_南の小島
しおりを挟む太平洋にぽつんと浮かぶ南の小島。
周囲が五㎞にも満たない小さな無人島だ。その三日月型の小島が抱える入り江には、白い砂浜と、美しいグラデーションを見せる青い海が、波打ち際を彩っている。
それに対して三日月型の背中には、波に削られた奇岩と切り立った絶壁が立ち並び、そこにしがみ付くように緑がこんもりと茂っていた。岩壁には、先の大戦で使われていた人工的ないくつかの洞窟が、暗い口を海に向かって開けている。
かつては洞窟を行き来するために切り立った岩壁に申し訳程度の小道がへばりついていたのだが、その舗装も今では完全に崩落し、すべてが意味を持たない穴へと成り果てていた。
大戦終結後はうち捨てられ、わずかにあった人工物もすでに風化し、どこもかしこも緑に飲み込まれているのだ。
そのなかの一つ。入り口が木と蔦に蔽われ、海からでは見えない位置に、その洞窟はあった。
引き潮の時にだけ現れる白い砂の道を通って、洞窟に潜る。
岩の壁面に残る波跡を見る限り、満ち潮になるとこの洞窟入り口の半分は海に沈むようだ。洞窟内部は中に向かって緩やかな登り坂になっている。
慎ましい入り口に反して中は広く、防空壕として使われていたのか、丸く削り取られた天井は高かった。
島の奥まで続く暗い道はあちこちで天井が崩落し、結果として歩くには困らない程度の光が洞窟内に降り注いでいた。その光の届く範囲には、穴から浸食した蔦植物が壁面を覆うように伸びている。
この薄暗さはあの化け物の星にどこか似ていると、月島は思った。
月島の手下となって働く地球人たちは、触手宇宙人を数人がかりで慎重に運びながら、洞窟内を進む。
月島の指示に従い、ほどよい薄暗さの適度に苔むした地面に触手宇宙人を安置し、ようやく解放された。
『お前たちは、もう帰れ。砂浜に向かえば国際機関の誰かが迎えに来ているだろう。ただし、このことを誰かにもらしたら、命はないものと思え。せっかく生き延びた命だ。無駄にするなよ』
ただ偶然にも同じ地球人コロニーで、圧倒的な月島の力に追随するしかなかっただけのメンバーだ。人種も年齢もバラバラで、友人でも何でもない。それでも、じゃあこれでとすぐにその場を離れるには、あまりにも月島のことが心配になったらしい。
顔を見合わせる地球人のなかから、アフリカ系アメリカ人の男が恐る恐る尋ねた。
『しかし、月島さんは、これからどうなさるんですか。この宇宙人一匹を人質にとったところで、敵うはずがない。きっとすぐに捕まって、殺されてしまいますよ』
『はん。俺が何のために今まで媚びを売って、化け物どもの前に出ていたと思う。奴らからしてみれば、今の俺は地球との和平を象徴する良いマスコットなんだ。その上、締結したばかりの二星間の条約もある。俺をすぐに殺せるわけがない。どれだけ大層な武器を持っていても、奴らは指をくわえて見ているしかできないんだぜ。滑稽だな。
まぁ念のため、地球の偉いさんには数日間は化け物どもを刺激せず、大人しくしておけとでも忠告してやれ。ただし、俺のことは口外無用だ。いいな』
地球人たちは、月島に向かって口々にお礼や幸運を祈る挨拶を投げかけながら、元来た道を戻っていく。
誰とも慣れ合うつもりのなかった月島にとって、お礼を言われるようなことをしたつもりはない。戸惑いながら見送った。
ティフォと二人きりになった洞窟内には、静かな薄闇が広がる。かすかに聞こえるのは、遠くの波音が洞窟内で反射し響きあっている音だけだ。波の音は、この化け物の声に似ていた。
しかし月島が聞きたいのは波の音ではない。いつまでも眠りこけているこの化け物の声が、聞きたかった。
ティフォが目覚めると、馬乗りになって覗き込むムームと目が合った。
「ムーム……?」
『思ったより早く目覚めたな』
ムームが何か言っている。ふと見ると、ムームも自分も、服を身につけていなかった。
困ったように優しく笑うムームが、ティフォの肌を撫でる。
そのまま首筋に顔を寄せ、噛みつくのではなく、強く吸い付く愛撫を繰り返している。
自分のような唇のない生物にはできない行為だ。チリリと不思議な感触にかすかな痛み。ムームは位置を変えながら、しきりにあちこちに吸い付いている。
灰色のティフォの肌に、青みを濃くしたうっ血痕が点在していく。その跡をたどるように、ムームの指がティフォのひんやりとした肌を、優しくなぞった。
執拗に繰り返される甘い痺れに、ティフォの口から吐息がもれる。
両頬をムームの熱い手で挟まれて、吐息まで喰らい尽くすような口づけが降ってきた。
ティフォが息を乱しながら見上げるムームの向こうには、見たことのない固い天井が広がっている。
自分はどうなったんだろう。宇宙船、地球、嬉しそうに走る地球人、意識を手放す前に見たムームの悪い顔。
考えなくてはいけないことが沢山あるはずだ。
それなのにムームの愛撫に応えるように、快楽に弱いティフォの触手は濡れていく。
思えば今までで一回でもムームの誘いを断れたことがあっただろうか。いや、ない。それでもこれは、さすがにダメだ。
「ま、待て、ムーム。ここは、どこなんだ」
『耳元でうるさいな。騒ぐ余裕をなくしてやろうか』
ムームの手が、触手の奥の奥にひっそりと存在する総排出腔を撫でる。
「ムーム、待て。なんでそこを知っている? まさか私が寝ている間に? あ、ちょっと、待って待って! 本当にそこは……っ!」
悪い顔のムームが、暴れる触手を押さえつけるように跨がっている。
それでも涙目になるティフォを見て、ムームは総排出腔から手を退けてくれた。その代わりとばかりに、空いた両手で触手をしごき、見せつけるように舌で舐めあげる。
『まったく。そんなに嫌なら、もっとお前から来い。二度と離れられなくなるくらい、お前の体にしっかりと教育をしてやるよ。覚悟しろ?』
何を言っているのかは分からないが、どうせよからぬことだろう。
ムームはティフォの触手の上に陣取ったまま、立ち上がる交接器官の奥にある排泄腔を自らの両手で開き、見せつけている。
思えばそれなりの期間、ムームの体に触れていなかった。
なんで適度に発散しておかなかったのかと、学習能力のない自分を呪ってもあとの祭りだ。こらえ性のないティフォの触手は、ぬたぬたと濡れながらムームの体に伸びていった。
触手を飲み込み、ぐにぐにと腰をうごめかせるムーム。
ティフォの体の上で繰り広げられるムームの淫らな痴態は、大変に素晴らしかった。
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