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14_釈放
しおりを挟むそれから五日後。
意外なことに、当局に拘束されていたティフォの身柄を引き受けたのは、助手のカヤとエリクレアス施設長だった。
ティフォは二人に支えられるようにして、エリクレアス施設長の所有する繭型の乗り物に乗り込んだ。
「主任! 大丈夫でしたか!?」
「ティフォ君、あなたね、表向きは誤認逮捕ということで落ち着きましたよ。お疲れ様でした」
「はぁ。誤認逮捕ですか?」
ならばムームはきっと逃げ切ったのだろう。
ティフォは黙秘を貫いたため、今回のことのあらましを何も知らないままだった。
「ひとまず、自宅にお送りしましょうか」
エリクレアス施設長がティフォの自宅を入力しようとするのを遮って、ティフォは保護施設に連れて行って欲しいと頼み込んだ。
「私の研究室には、たくさんの地球人がいるんです。もう五日も世話をしていない。早く行ってあげなくては」
「大丈夫。安心してください。あなたの勾留中は、このカヤ君がずっと地球人を守っていましたよ」
「主任みたいに上手く治療ができた自信はありませんが。でも主任が毎日詳細に記録してくれていたデータがありましたので、何とか私でも対応することができました」
「カヤ君が、一人で……。申し訳なかった。大変だったろう。本当にありがとう」
関係のないカヤまで巻き込んでしまったと、申し訳なさにティフォは頭を下げた。
あの施設のことだ。私がいない間にカヤに難癖をつけて、無償で働かせるくらいのことをやりかねない。もしそうならば、自分がかわりに報酬を支払わなくては。それくらいしか、お礼のしようもない。
頭を下げるティフォに、エリクレアス施設長が優しく話しかける。
「ティフォ君。私はあなたに少し怒っているんですよ。あの人数の地球人を一人で治療していたなんて、ありえませんよ。今までどれだけ無理をしてきたのか。話を聞いたときは、にわかには信じられませんでした」
「なるべく地球人には負担のないように、気をつけてはいたのですが。なにぶん、私のようなただの職員にできることなど、些細なことですので。満足な治療もできず、恥ずかしく思っております」
「いいえ、違いますよ。ティフォ君、あなたの仕事は完璧でした。しかし普通に考えて、物理的に不可能な仕事量なんです。いったいいつ休んでいたんですか。何もかも一人で抱え込んで。私はあなたが心配です。ティフォ君はもっと、自分を大切にしなくてはいけない。どちらにせよ、しばらくは働かなくても大丈夫です。有休消化だと思って自宅でゆっくり休んでください」
「ではやはり、クビ、ですか?」
それでなくても邪魔者扱いされていたのだ。クビにされていてもしかたがない。
「まさか。あなたには何の咎もない。職を追われる謂われはありませんよ」
あきれたようなエリクレアス施設長に、ティフォは首を傾げた。
「ではやはり、今からでも戻って地球人の治療を」
「あの。実は主任、今、保護施設は一時閉鎖されていて、どの職員も自宅待機を命じられているんです」
「では、あの子たちは」
「あなたの保護していた地球人は、各保護施設に協力してもらい、きちんと保護されていますので安心してくださいね。あなたの管理していた個別データが役に立って、大きな混乱もなく、引き継ぎも無事に完了しています」
あの日、無断欠席などするはずもない真面目なティフォが出社しないことで、カヤはすぐに異変に気付いたのだそうだ。
カヤの耳に、ティフォが地球人の横流しをしていたと根も葉もない噂が届くと同時に、エリクレアス施設長に地球人の緊急保護を依頼する連絡を入れたらしい。
この迅速な行動が功を奏して、エリクレアス施設長が先手を打って対応できたのだ。あと一歩遅かったら地球人が処分されるところだったと、エリクレアス施設長がティフォに教えてくれた。
「だって、天と地がひっくり返っても、主任が地球人を害することなんてするはずありませんから! 絶対に何かおかしいと思ったんです。でも私には何もできなくて。そんなときに、何かあったら協力すると言ってくださったエリクレアス施設長を思い出したんです」
臆することなく飛び込んでいったカヤの行動力と熱意が、エリクレアス施設長を動かしたのだ。それからエリクレアス施設長は、幅広い人脈を駆使して、ティフォに何が起こっているのかを調べあげた。
「あなたの施設は以前から、受け入れ数と処分数の誤差が大きく、当局が目を光らせていたのです。地球人密売組織に横流しをしている職員の摘発が、今回の一斉捜査の目的だったのですがね。どうやら、あなたを逮捕するように故意にミスリードした人物がいると、すぐに分かりました。
あなたもね、あれほど頑なに抵抗をしなければ、もっと早く釈放されていたのですよ。しかし何はともあれ、無事に犯人が捕まりましたので、あなたは無罪放免になったのです」
「まさかエリクレアス施設長じきじきに、各方面に掛け合ってくださったんですか。なんとお礼を言っていいか」
「カヤ君がね、あなたを助けてくださいと、それはもう必死に連絡をしてきてくれたんですよ。私も、あの地球人治療データの発表をするような人物が、地球人の密売になど関わるわけがないと判断しました。なによりも、これほどまでに部下に慕われる人が、悪い人なはずがない」
「カヤ君。私はいつも君に助けられてばかりだ。ありがとう。そして、エリクレアス施設長。ただ一度会っただけの私たちにここまで協力してくださって、地球人を助けてくださって、本当に、ありがとうございました」
「ティフォ君とはゆっくり話をしたいと言っていただろう。今度、三人で釈放祝いの食事でもしようか。さあ、疲れ切っているだろう。家に帰って、今はゆっくり休みなさい」
エリクレアス施設長の触手が、頭を下げるティフォの肩を、優しく撫でる。
カヤはティフォを励ますように、触手を握った。
優しい人たちの暖かさが、緊張し続けていたティフォのささくれだった心を慰めた。
五日ぶりの自宅が道の向こうに見えてきた。窓の外を眺めながら、ふと、ティフォは疑問をこぼす。
「そういえば、捕まったという真犯人は、保護施設の職員だったんですか?」
「実行犯は、ギーでした。地球人を処分したように見せかけて、お金欲しさに犯罪組織に横流しをしていたんです。施設長の指示で。グルだったんですよ、あの二人。
主任に罪をなすりつけるように、ギーが研究室に細工をしていたところを、ホログラムの記録媒体が写していました。その画像を、職権を振りかざして破棄しようとしたのが、施設長だったんです。今なお施設が閉鎖になっているのも、事件の規模が大きすぎて、次の施設長が決まらないという理由もあるみたいです」
カヤが腹立たしげに告げる。
勤めていた職場が犯罪に手を染めていたなんて、思いもしなかった。
何も知らずに働いていた職員がほとんどだろうが、今後は他に協力者がいないか、念のため一人ずつ調査をしていくのだそうだ。
捕まった二人はいったい何のために保護施設で働いていたんだろうかと、ティフォは薄ら寒いものを感じた。
この仕事をしたいと目指したときが、二人にも確かにあったはずなのだ。
そんなに簡単に人の心は変わってしまうのだろうか。
二人を飲み込んでしまった心の闇が、ティフォにはとても不気味で悲しく感じられた。
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