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10_寂しさの代償
しおりを挟むはっとティフォが目を開ければ、上から覗き込むムームと目が合った。
ムームだ。ムームがいる。
見慣れた繭型のベッドの中でたしかなムームの温もりを感じて、ティフォは夢から覚めたのだと理解した。
時間を確認すれば、朝はまだ遠い。眠りについてからほとんど時間は経っていないようだった。
思わずすがりつくように絡めていた触手を離せば、ムームは面倒くさそうにしながらも、ティフォに飲み物を手渡してくれた。
透明の液体からは、アルコールの香り。
誘われるように一口飲めば、お酒が喉を温めた。ティフォはほっと息を吐く。
「ごめんね。起こしちゃったね」
ムームからの返事はない。こちらを振り返りもしない。
ムームが見つめる視線の先は〝地球の自然風景〟の3D映像からランダムに設定された星空だった。
地球の夜空に広がる小さな点のどれか一つが、このケプラー惑星群なのかもしれない。気軽に行き交うことのできる距離ではない、遠い遠い星。
ティフォは衝動的にムームを触手で抱きしめた。
こうして明確にムームを抱きしめるのは、初めて出会ったあの日以来のことだった。
ティフォはともに暮らすにあたって、ムームに性的な感情を持たないように気を付けていた。
なのに今になって、ティフォ自身の性欲処理をおろそかにしていたことに気付く。忙しさにかまけ、ムームと過ごす穏やかな時間に夢中になって、処理のことをあと回しにしていた。
すでに一度、欲に負けてムームに無体を働いているのだ。そのムームが自宅にいるのなら、面倒でも何かで処理をすべきだった。
しかし後悔しても、もう遅い。
すでに欲に濡れた触手が頭をもたげて主張をし始めていた。
それでも。
信頼を寄せはじめているムームに、勝手な欲望をぶつける真似はしたくない。ムームとの生活を失いたくない。抱き合えなくてもいい。ムームを大切にしたい。
ティフォは、ムームの体に巻きつきながらぬめりはじめた触手をなんとか剥がして、ベッドから出ようとした。
背を向けるティフォに、ムームが小さく何かを呟いた。
それから、躊躇いのないムームの手が、ぬめぬめとうごめくティフォの触手を掴んだ。
たったそれだけで、ティフォの意思に反して、ムームの手に巻きついてしまう触手を止められない。ティフォは情けなくて泣きそうになった。
「ご、ごめん。ムーム。お願い、手を離して。今日は、床で寝るから」
震える声でそう言いながらも、ムームから逃げようとする触手と、欲に負けてしがみ付く触手が、うねうねとのたうち回っている。
ベッドの中はもう滅茶苦茶だ。
それでも当のムームは涼しい顔で、触手をあやすように捕まえて離さない。
それどころか、ムームはティフォの触手を舐め、口に含みながらにやりと笑ってみせた。
ムームのふっくらした唇から、触手のぬめりが滴り落ちる。
媚薬の成分は出していないはずだ。それなのに何が起こっているのだろうか。分からないままに、熱い喉の奥で触手をくわえ甘噛みされたところで、ティフォのなけなしの理性は消えてなくなった。
ムームは自ら誘うように服を脱ぐ。
ティフォはぬめりを帯びた触手で、ムームの裸体をまさぐった。
たくさんの触手がぬるぬるとムームの小さな乳首を摘み、しごき、弾く。ムームが体を揺らしながら低く喉を鳴らせば、もっと鳴かせたいと、二本の足を開脚させて触手で固定した。
足の指の間、踵の骨のでっぱり、腱のくぼみから、内腿の筋肉の盛りあがりまで。
ムームのすべてを確かめるようにゆっくりと撫でながら、ムームの中心の高ぶりまで触手で辿る。
立ち上がり揺れるムームの交接器官に、ティフォの触手が巻きつき、刺激を与えた。
我慢ができずに触手で排泄腔を撫でれば、ムームは薄く笑い頷いてくれる。
ティフォは誘われるままに繋がっていた。
よすぎる快楽に逃げを打つムームの体を、ティフォは触手で拘束し、すみずみまで愛撫をする。
なかば触手に埋もれるように包まれたムームの体は、すでにどこを触られても敏感に跳ねた。ティフォはムームの体を観察しながら、一本、また一本と、触手を増やしていく。
無理をさせて、傷を付けたくはない。それでも触手を増やせば増やすだけ受け入れ飲み込むムームの体に、ティフォは夢中になっていく。
髪の中、耳、熱い息を吐く唇、背中でとぐろを巻く生き物の絵、汗でしっとりとした美しい腹筋。
性的な目で見てはいけないと思いながらも、ずっと触れたいと思っていたムームの体。
ティフォは一つずつ丁寧に、ぬめりを帯びた触手で触れていく。腹筋の凹凸の一つ一つに触れ、ムームの体に濡れた跡を付けながら、白い体液をまき散らす交接器官を愛撫する。
後ろの穴には、すでに何本もの触手が入り込みうねっている。
ティフォは、ふうふうと荒い息を吐くムームの顔を眺めた。媚薬成分は出していないから、快楽に流されながらもムームの目はちゃんと正気を保っている。
ムームの目が好きだ。
いつも厳しい目つきをしているが、ムームというオスの心の強さが伝わる黒い目だ。それがときおり快楽に揺れるさまが、ティフォの薄い性欲に火を灯す。
くぷくぷと体液をこぼすムームの交接器官の先端に、小さな穴がある。
ムームの体をすみずみまで観察していたティフォは、その穴に細い触手を差し込んだ。
理由はない。
あえて言うなら、そこに穴があったからだ。
細い穴をこじ開けるように触手を進めると、ムームがひときわ大きな声で鳴いた。首を横に振っている。首を横に振るのは、ダメという意思表示だ。止めたほうがいいのかもしれない。こんなに善がっているのに。
そう、ムームの体は、これを気持ちがいいと言っているのだ。
それならばもう少し、ムームの声を聞いていたい。ティフォはあまり鳴かないムームの声も大好きなのだ。
ムームの制止を無視して、ぐっと、触手を進める。
またムームが鳴いた。
顔を赤くして歯を食いしばりながら、涙目でティフォをにらみつける様子が、たまらなく色っぽい。
トンと突き当たりまで触手が入ったことを確認してから、触手を優しく抜き差しする。無数にある触手の一つを、交接器官に巻き付けてこすりあげる。ぬめる触手で体中を撫でながらすべてを同時に動かせば、ムームはギシギシと体を反らせて大きく長く鳴いた。
ひときわ強く後ろの穴が収縮し、中にいるティフォの触手を食いちぎらんばかりに強く食む。
それなのにムームの貪欲な穴は、さらに奥に誘うように吸い付いてくるのだ。
たまらなくなったティフォは、ムームの中に、外に、どろどろと沢山の体液をこぼした。
ムームが痙攣している。
吐精して少し落ち着いたティフォは、名残惜しい気持ちをなだめながら、ムームの手足に絡みつき拘束していた触手を緩めた。
崩れ落ちるムームの体を抱きとめながら、後ろの穴に居座る触手を抜く。
閉まりきらない穴からぼたぼたとティフォの体液がこぼれおちた。
ムームの交接器官からも細い触手を抜けば、プシュッっと勢いよく白濁混じりの液体があふれた。
かすれた声で威嚇しながら、ティフォをにらみつけるムームの強い視線を感じる。
ティフォはとっさに、ムームの交接器官を口に含んだ。
ムームがティフォの触手を口に含むのは、つまりムーム自身もまた口に入れられるのが好きなのだろうと判断したからだ。少しでもムームのご機嫌を取りたい。ムームは一度機嫌を損ねると、なかなかに手強いのだ。
人の顔色をうかがう社畜根性の染み付いたティフォは、ムームの機嫌の良し悪しに敏感だった。
ティフォにはムームのような気持ちのいい舌はない。
ムームの口の中は熱くて柔らかくて気持ちがいいのに、ティフォの口の中は、喉の奥までゴツゴツとした大臼歯の並ぶただの空洞だ。
ティフォはムームに気持ちよくなって欲しい一心で、触手から出るぬめりを口に溜めて、唇のない裂け目のような口をすぼめる。慣れない行為に涙目になりながらも、一生懸命に吸い付いた。
顔を上下させれば、ジュボジュボと音を立てながらぬめりが泡立った。
咥えながらも不安になってムームを盗み見れば、薄い目でティフォを見下ろしている。
「んっ。気持ちいい? ムーム、これ、好き?」
いったん口を離し、交接器官の熱を頬で感じながら問えば、くったりしていたムームの交接器官が、また大きく膨らんだ。
ムームは眉を寄せて、ティフォの頭を掴んだ。
「あ、んっ、ぐっ」
ムームはティフォの頭を固定したうえで、口に固くなった交接器官をねじ込んで、勝手に腰を打ち付けはじめた。
ティフォの鼻先にムームの体毛がかすめるくらい、深く強く。不思議なことにこの体毛は、ムームの髪とはまた違う感触だった。本当に地球人は興味深い。
ムームをこっそり観察すれば、険しい顔をしながらも、口内にある大臼歯の凹凸に擦り付けるようにして抜き差ししている。どうやら気に入ってもらえたようだと、ティフォはホッとした。
地球人の身体全体で交接器官を抜き差しするさまは、なんと言うか、一生懸命でいじらしかった。
快楽が高まってきたのか、ムームは薄く開けた唇から熱い息を吐く。
それがティフォ自身の口がもたらした快楽だと思えば、ティフォもまた触手が疼いた。
ムームの動きを邪魔しないように気を付けながらも、我慢できずにムームの手足に触手を絡めて擦り付けるように動いてしまう。
ドクリと白濁液を喉の奥に叩きつけられる頃には、ムームに絡みついたティフォの触手はだらしなく体液を零していた。
『ほら、ちゃんと飲めよ』
ムームは交接器官を引き抜くと、その熱い手でティフォの口を塞いだ。
行き場のなくした白濁液をティフォが涙目で飲み込めば、手はティフォを撫でてくれた。
褒めるように優しく動くムームの手に、ティフォはうっとりと目を閉じる。
『おい、寝るなよ。風呂にくらい入れ』
ムームが何か言っている。
ベッドは二人の体液でベトベトだ。ベッドから降りればAIのクリーンなんて一瞬で終わるのだ。でも眠たくて眠たくて、目が開けられない。
ティフォはすがりつくようにムームの温もりを抱きよせた。
『仕方ねぇなぁ。……おやすみ、化け物』
耳をくすぐるのは、あまり鳴かないムームの低い声。
頭を撫でてくれる優しい手の温もりを感じながら、ティフォは夢も見ずに朝まで深い眠りについた。
部屋は自動クリーン機能で掃除いらず。基本的な家事もAIの仕事。料理だって全自動。一人で暮らすとしても何不自由なく快適な環境だ。
それでも、衣食住が満たされるだけでは寂しさが残る。心までは満たされない。知的生命体として知能がいくら高かったとしても、いくら生活が保障されていても、生き物としての原始的な本能が一人では生きていけないと訴える。
だからこそ愛玩動物に手を出す人があとを絶たないのだろうと、ティフォは自嘲した。
一人ではきっとこの寂しさの本質を癒やすには至らないのだ。たとえ違法だとしてもこの温もりを知った今、ティフォもまた一人に戻ることなど考えられなかった。
私たちの傲慢な寂しさの代償に、今日も地球人が狩られているのかもしれない。
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