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2_地球人
しおりを挟むティフォ一人だけでも、今日一日でかなりの数の人型愛玩動物の命を慈悲を持って終わらせた。これで何匹目になるのか。もうとっくに数えることは放棄している。
それでも減らない地球産の外来生物に、ティフォはゴリゴリと精神が削られていた。
かぎられた時間内でか弱い地球人を心体ともに治療するなど、はなから不可能なのだ。治療という名目だけを対外的にかかげ、内状は殺処分のルーティン。
これは地球人が知的生命体として未発達なため、惑星協定宇宙法による国家認証の基準に達していないからこそ起きた不幸な事態だった。
つまり地球人はまだ知的生命体の治める国として周りの星から認められていない状態であり、そのため他の惑星政府も地球に干渉することが難しく、ケプラー惑星群の問題行動に対しても生命尊厳の基本原則を定める惑星協定宇宙法を遵守するようにと通達することしかできない状態なのだった。
ティフォは唇のない裂け目のような口から、大きなため息をこぼした。
爬虫類の瞬膜のような薄い膜が、瞬きのように目頭から目尻に向かって縦に動いていた。白い目にはおよそ光彩と呼ばれる部分は見受けられない。白い眼球に、形を変える瞳孔があるだけだった。なぜなら、ケプラー惑星は常に薄曇りの星だったからだ。紫外線から身を守るメラニン色素が、この星で生きる生物には必要とされなかった結果である。
自然環境の似た惑星には、長い年月の中でどこかしら姿形の似た知的生命体が生まれるものであった。地球という辺境の星もまた、ティフォの住むケプラー惑星群と似ていた。つまり、地球人はケプラー惑星群の触手生命体と似た知的生命体なのだ。
それにも関わらず、その似通った知的生命体を国からの指示で殺処分するのが、今のティフォの仕事なのだった。
この仕事に忙殺されているのは、何もティフォだけではない。
通常は未確認生物の生態研究や、希少生物の保護をするはずの施設職員全員が、疲弊していた。さらにはケプラー惑星群のどこの保護施設も、政府の尻拭いのために機能停止寸前まで追い詰められていた。
それでもティフォは働く。深夜まで自宅に帰れず、時には職場で寝泊まりし、ストレスで胃腸を荒らし、睡眠不足で目の下にクマをつくりながらも、上からの指示に従う。
そこに主義主張はない。ティフォは思考力を放棄した社畜だったのだ。
ティフォは苛立ちまぎれに地球人の入ったケースを触手で小突いた。
この生き物の所為ではない。ティフォもそれはよく理解していた。
それでもたった今この生き物が運び込まれたせいで、今夜も自宅に帰れないことが決定してしまったのだ。
明らかなオーバーワークが続いていた。
睡眠不足に加えて、忙しすぎてろくに栄養補給もできていなかった。先月には恋人にも振られた。他の人と付き合うからと、あっさり振られたのだ。だからといって仕事を放棄するという思考にはならない。それが仕事だからだ。社畜にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。しかし睡眠不足が続けば判断力は低下し、苛立ちだけがつのっていく。
蓄積された黒い感情が、ティフォの腹の中でぐるぐるとトグロを巻いている。
生き物を助ける仕事がしたいと学び目指した先には、助けきれない生き物を効率よく殺処分する為に働かされる残酷な未来が待っていた。
(もう嫌だ。うんざりだ)
ティフォはきっと疲れすぎていたのだろう。間違いなく平常心ではなかった。あとは長く自宅に帰っていなかったので、残念なことにとてもたまっていたのだ。
ティフォは感情の抜け落ちた能面のような顔で、透明なケースから地球人を自らの手足である触手で持ち上げた。
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