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10.結局のところの願いとは
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異世界に来てから何年経ったのだろう。いや、智也がもともと居た世界とこの世界では時間の間隔も違うので、「何年」というくくりもそもそも合わないのかも知れない。
とりあえず、元勇者ハルとの愛の結晶たる子どもも十人に達した。いやはや、我ながら子沢山だなと自嘲の笑みを浮かべて智也は眉間に手を伸ばす。そこにはかつて掛けていた銀縁メガネはなく、メガネをくいっと上げる動作は空振りに終わる。こちらの世界に来てから、視力がぐいぐいと良くなり、今ではトレードマークだったメガネは棚の片隅に仕舞われている。もう使うことはなさそうなので、捨ててもよいのだが、なんとなく捨てられずにいる。
向こうの世界にいる年老いた父母は元気だろうか。突然智也が失踪した後のクリニックのスタッフ達はどうしただろうか。そして、かつて愛した凛空は、彼の彼なりの人生は幸せだろうか。そんなことも子育ての忙しさの間に思い浮かべたりもするが、智也としては元の世界に戻る方法を知る由もないので、全ては思い出の中の話だ。
「痛っ」
授乳していた十人目の子どもが、最近生えたかわいらしい乳歯で智也の乳首を食んだ。そろそろ卒乳をさせる時期だとは思っているのだが、必死にむしゃぶりつく乳呑み児が愛おしくて、智也は未だにおっぱい製造マシンの立場にしがみついている。
勇者ハルは、異世界へ再び界渡りをした後、現在智也が住まう瘴気の森に囲まれた国の王を訪ね、知己を得た。
瘴気の森からは湧き出るように魔物が産まれてくる。
この魔物を、勇者ハルは定期的に討伐する騎士団に入り、今では団を率いる立場にいる。
智也は、最初こそ王以外の宰相や貴族達から胡散臭がられたが、勇者ハルの戦果が華々しく、いつしか伴侶である智也もこの世界に受け入れられていった。
げふっと子どもが満足気なげっぷを吐くと、小さなベッドにそっと子どもを寝かしつけ、寝室へ向かう。
「智くん、お疲れ様」
勇者ハルが笑顔で智也を迎えた。この世界の勇者様はいつでも自信に溢れていて、輝かしい。
あの日、初めて異世界に来た際に、高々と掲げられた智也の脚ごしに見た天蓋つきのベッドに膝をつき、ゴツゴツと剣ダコの浮かぶ逞しい指がするりと肩から智也のシンプルな夜着を落とす。露わになったのは、むちっとした男の肢体だ。十人も子どもを産めば、それなりに身体の線も崩れるし、年相応の肉もつく。歳を経れば性欲にも陰りがみられるのが大部分の人間だし、こんな中年のおっさんの身体などには食指など動くはずもないとおもうのに、英雄色を好むとはよく言ったもので、壮年期を迎えてますます勇者ハルは智也の身体を求めた。そう遠くない未来に、十一人目の子どもを産む事になるだろう。
──「智くん、俺の子どもを孕みたいんだよね?」
──「よかったね、智くん。願い事が叶っちゃったよ?」
あんな願いは閨での言葉の綾にすぎないというのに、勇者ハルはある意味自分の都合の良い解釈で智也を別の世界に伴ってきた。全くもって自分の「願い」ではなかった。しかし、本当の自分の願いは何だったろう。智也は考える。
この世界に連れて来られ、あっという間に男ながらに子どもを産んで──。子どもは意味もなく泣くし、おっぱいを飲んで、うんちもおしっこも垂れ流す存在だ。そんな存在に振り回されるうちにいつしか智也は普通の少々綺麗好きな夫へと変化していった。あの頃は智也も生きづらさを感じていたが、今はこのくらいの生活水準が心地よい。「願い」とまで明確に智也の心の内で形作られた感情ではなかったが、確かに智也は幸せだった。
「ハル、ありがとう。僕の願いは叶ったようだよ」
とりあえず、元勇者ハルとの愛の結晶たる子どもも十人に達した。いやはや、我ながら子沢山だなと自嘲の笑みを浮かべて智也は眉間に手を伸ばす。そこにはかつて掛けていた銀縁メガネはなく、メガネをくいっと上げる動作は空振りに終わる。こちらの世界に来てから、視力がぐいぐいと良くなり、今ではトレードマークだったメガネは棚の片隅に仕舞われている。もう使うことはなさそうなので、捨ててもよいのだが、なんとなく捨てられずにいる。
向こうの世界にいる年老いた父母は元気だろうか。突然智也が失踪した後のクリニックのスタッフ達はどうしただろうか。そして、かつて愛した凛空は、彼の彼なりの人生は幸せだろうか。そんなことも子育ての忙しさの間に思い浮かべたりもするが、智也としては元の世界に戻る方法を知る由もないので、全ては思い出の中の話だ。
「痛っ」
授乳していた十人目の子どもが、最近生えたかわいらしい乳歯で智也の乳首を食んだ。そろそろ卒乳をさせる時期だとは思っているのだが、必死にむしゃぶりつく乳呑み児が愛おしくて、智也は未だにおっぱい製造マシンの立場にしがみついている。
勇者ハルは、異世界へ再び界渡りをした後、現在智也が住まう瘴気の森に囲まれた国の王を訪ね、知己を得た。
瘴気の森からは湧き出るように魔物が産まれてくる。
この魔物を、勇者ハルは定期的に討伐する騎士団に入り、今では団を率いる立場にいる。
智也は、最初こそ王以外の宰相や貴族達から胡散臭がられたが、勇者ハルの戦果が華々しく、いつしか伴侶である智也もこの世界に受け入れられていった。
げふっと子どもが満足気なげっぷを吐くと、小さなベッドにそっと子どもを寝かしつけ、寝室へ向かう。
「智くん、お疲れ様」
勇者ハルが笑顔で智也を迎えた。この世界の勇者様はいつでも自信に溢れていて、輝かしい。
あの日、初めて異世界に来た際に、高々と掲げられた智也の脚ごしに見た天蓋つきのベッドに膝をつき、ゴツゴツと剣ダコの浮かぶ逞しい指がするりと肩から智也のシンプルな夜着を落とす。露わになったのは、むちっとした男の肢体だ。十人も子どもを産めば、それなりに身体の線も崩れるし、年相応の肉もつく。歳を経れば性欲にも陰りがみられるのが大部分の人間だし、こんな中年のおっさんの身体などには食指など動くはずもないとおもうのに、英雄色を好むとはよく言ったもので、壮年期を迎えてますます勇者ハルは智也の身体を求めた。そう遠くない未来に、十一人目の子どもを産む事になるだろう。
──「智くん、俺の子どもを孕みたいんだよね?」
──「よかったね、智くん。願い事が叶っちゃったよ?」
あんな願いは閨での言葉の綾にすぎないというのに、勇者ハルはある意味自分の都合の良い解釈で智也を別の世界に伴ってきた。全くもって自分の「願い」ではなかった。しかし、本当の自分の願いは何だったろう。智也は考える。
この世界に連れて来られ、あっという間に男ながらに子どもを産んで──。子どもは意味もなく泣くし、おっぱいを飲んで、うんちもおしっこも垂れ流す存在だ。そんな存在に振り回されるうちにいつしか智也は普通の少々綺麗好きな夫へと変化していった。あの頃は智也も生きづらさを感じていたが、今はこのくらいの生活水準が心地よい。「願い」とまで明確に智也の心の内で形作られた感情ではなかったが、確かに智也は幸せだった。
「ハル、ありがとう。僕の願いは叶ったようだよ」
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