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怪盗レックスの事情
パパは息子のためならば
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「は?またアイツ、勝手にひとさまのお宅に行きやがった」
俺の息子カルネリアンは、俺にそっくりな猫獣人だ。明るいオレンジの地の毛に、それより濃く茶色い縞模様が入った三角の耳。茶トラの猫の耳。但し、俺とは違って、尻尾はかぎしっぽ。僅かに折れ曲がっている。ニンゲンにはわからないほど僅かだが、折れ曲がっている。
最近、俺と妻の大事な息子が懐きまくっている男がいる。
そんな男がいるならば気になってしまうのは親の常。しかし、俺の少々後ろめたい稼業を考えると、おいそれとはその男の前に出ることはできない。仕方がないので息子の後をつけて家を特定。身辺調査をした。
なんと、その男は俺の天敵刑事ではないか!しかも、俺の事件を担当する刑事かよ……。息子よ……そんな男の前に俺が顔を出せるわけがないだろう?お礼の一つも言えないではないか。
俺が盗み続けているシュバリエコレクションは中世における宗教戦争に赴く騎士団を描いた絵画シリーズだ。全て集めると埋蔵金のありかがわかるとかいう伝説がまことしやかに語られているのだが、それは誤りだ。全て集めると、とある地下神殿への行き方がわかるのだ。
その地下神殿は、俺たち猫獣人にとって重要なものだ。
猫獣人は成年に達し、性交をすると、一定の割合で獣化する者がいる。姿かたちが獣化するのではない、完全に理性を失い、獣に成り下がるのだ。獣化してしまった際の治療薬は開発されてはいるが、非常に副作用が強い薬で、身体の一部に麻痺が残ってしまう。
ここに一つの言い伝えがある。獣化した猫獣人を神殿に連れて行き、三日三晩祈りの間に閉じ込めると獣化が解かれるというものだ。
しかし、その地下神殿への行き方の記録を、猫獣人の能力を恐れたかつて栄えたニンゲンの王が全て破棄処分をしたのだ。わずかに残っていた猫獣人の記憶も書き残すことを許さず、弾圧をした。一計を案じた往時の猫獣人たちは絵画シリーズ「シュバリエコレクション」の形をとって地下神殿へのルートを残した。猫獣人の中でも名家と言われるような家に、そっと匿われていたシュバリエコレクションだが、時代とともにいつしか散逸してしまった。
獣化してしまう猫獣人の特徴として、「猫」であったときの名残が強いものという定義がある。例えば、猫のように人間としては異常に尖った犬歯であったり、手入れをしていないと、長くのびてしまうヒゲであったり。肛門嚢の残存もそうだ。
「散逸したシュバリエコレクションを集めましょう」
妻のベルナデッタが言い出したのは、俺と初めての夜を過ごした時のことだった。獣化をしてしまう猫獣人を助けたい。貴方も協力をして、と。
ベルナデッタは我が国の公爵家の跡継ぎである。小国の公爵家ではあるが、それなりの政治力がある。絵画を交渉して譲ってもらえる相手ならばベルナデッタがその場所へ赴き、折衝をする。譲ってもらえない相手ならば、各地に散った猫獣人の「怪盗」が……盗む。「怪盗」はまた、表立っていない絵画のありかの調査もする。
俺は、アジアを担当することになった。ベルナデッタのことは愛している。離れがたかったが仕方がない。俺は猫獣人の中でもトップクラスの身体能力を有していて、怪盗としてこれほど適所適材な人材はいないのだ。
離れている時間を埋めるように、俺と、ベルナデッタは逢えば濃密な愛を交わした。子どもができたときは二人で抱き合って喜んだ。そして産まれたカルネリアンを見てさらなる覚悟を決めた。
俺の息子、カルネリアンには肛門嚢がある。
獣化してしまう可能性が高い猫獣人だ。
カルネリアンは俺が連れて行くことにした。世界中を飛び回り、また、公爵としての仕事もあるベルナデッタよりも、俺の方がカルネリアンと一緒にいられる。そう思ったんだがな……。何が不満だ。息子よ。なぜ、そのしょぼくれた刑事なんかに懐いて執着しているんだ。
†††††
「ん……くっ」
カルネリアンが、オレンジ色の派手な布地の……あれは、パンツか?パンツの匂いをスンスン嗅いで、オナニーに耽っている。おいおい、まさか、あの刑事のパンツではないだろうな?お前、刑事のパンツを盗んで来たのか? 俺も盗みを稼業とはしてはいるが、一応崇高な大義を持って盗んでいる。その「怪盗」の息子であるお前が、パンツを盗んで来たのか? おっと「パンツを盗んで来たのか?」と、2回も続けてしまった。しかし情けないにも程がある。
「セキエイ……セキエイっ……イっく」
カルネリアンがフィニッシュを迎えたようだ。あの様子だと、刑事と性交を交わすのも時間の問題かも知れない。
急がなければ。
†††††
結果として、なんとかシュバリエコレクションは集まり、いまのところカルネリアンに獣化の予兆はない。
今日は俺の国でカルネリアンと、セキエイとかいうしょぼくれた刑事の結婚式だ。違う。「元」刑事だ。灯台下暗しというか、なんというか。神殿は我が国の洞窟に存在した。そして、元刑事はカルネリアンが獣化したときのために、俺の国に刑事を辞めて移住してきたのだ。言葉の問題も仕事の問題もあるのに、よくぞ決めてくれたものである。
公爵家の跡取りとして、また、今日の主役の一人としてお披露目のパーティーで挨拶をしているカルネリアンは、もう立派な大人だ。
「ふふ。カルネリアンの尻尾、かわいいですよね。ちょっと曲がっていて、かぎしっぽ。幸運の証」
俺の隣で、それほどまだ我が国の言葉に慣れていない男が日本語で話す。
「わかるのか?」
「わかりますよ。まあ、ちょっと見たくらいじゃわからないでしょうけど」
「セキエイ、ちょっと来てよ!」
「ん、了解」
軽く会釈をして去っていくセキエイの後ろ姿を見守った。おめでとう、そしてありがとう。セキエイには聞こえないように小さく呟いた。
俺の息子カルネリアンは、俺にそっくりな猫獣人だ。明るいオレンジの地の毛に、それより濃く茶色い縞模様が入った三角の耳。茶トラの猫の耳。但し、俺とは違って、尻尾はかぎしっぽ。僅かに折れ曲がっている。ニンゲンにはわからないほど僅かだが、折れ曲がっている。
最近、俺と妻の大事な息子が懐きまくっている男がいる。
そんな男がいるならば気になってしまうのは親の常。しかし、俺の少々後ろめたい稼業を考えると、おいそれとはその男の前に出ることはできない。仕方がないので息子の後をつけて家を特定。身辺調査をした。
なんと、その男は俺の天敵刑事ではないか!しかも、俺の事件を担当する刑事かよ……。息子よ……そんな男の前に俺が顔を出せるわけがないだろう?お礼の一つも言えないではないか。
俺が盗み続けているシュバリエコレクションは中世における宗教戦争に赴く騎士団を描いた絵画シリーズだ。全て集めると埋蔵金のありかがわかるとかいう伝説がまことしやかに語られているのだが、それは誤りだ。全て集めると、とある地下神殿への行き方がわかるのだ。
その地下神殿は、俺たち猫獣人にとって重要なものだ。
猫獣人は成年に達し、性交をすると、一定の割合で獣化する者がいる。姿かたちが獣化するのではない、完全に理性を失い、獣に成り下がるのだ。獣化してしまった際の治療薬は開発されてはいるが、非常に副作用が強い薬で、身体の一部に麻痺が残ってしまう。
ここに一つの言い伝えがある。獣化した猫獣人を神殿に連れて行き、三日三晩祈りの間に閉じ込めると獣化が解かれるというものだ。
しかし、その地下神殿への行き方の記録を、猫獣人の能力を恐れたかつて栄えたニンゲンの王が全て破棄処分をしたのだ。わずかに残っていた猫獣人の記憶も書き残すことを許さず、弾圧をした。一計を案じた往時の猫獣人たちは絵画シリーズ「シュバリエコレクション」の形をとって地下神殿へのルートを残した。猫獣人の中でも名家と言われるような家に、そっと匿われていたシュバリエコレクションだが、時代とともにいつしか散逸してしまった。
獣化してしまう猫獣人の特徴として、「猫」であったときの名残が強いものという定義がある。例えば、猫のように人間としては異常に尖った犬歯であったり、手入れをしていないと、長くのびてしまうヒゲであったり。肛門嚢の残存もそうだ。
「散逸したシュバリエコレクションを集めましょう」
妻のベルナデッタが言い出したのは、俺と初めての夜を過ごした時のことだった。獣化をしてしまう猫獣人を助けたい。貴方も協力をして、と。
ベルナデッタは我が国の公爵家の跡継ぎである。小国の公爵家ではあるが、それなりの政治力がある。絵画を交渉して譲ってもらえる相手ならばベルナデッタがその場所へ赴き、折衝をする。譲ってもらえない相手ならば、各地に散った猫獣人の「怪盗」が……盗む。「怪盗」はまた、表立っていない絵画のありかの調査もする。
俺は、アジアを担当することになった。ベルナデッタのことは愛している。離れがたかったが仕方がない。俺は猫獣人の中でもトップクラスの身体能力を有していて、怪盗としてこれほど適所適材な人材はいないのだ。
離れている時間を埋めるように、俺と、ベルナデッタは逢えば濃密な愛を交わした。子どもができたときは二人で抱き合って喜んだ。そして産まれたカルネリアンを見てさらなる覚悟を決めた。
俺の息子、カルネリアンには肛門嚢がある。
獣化してしまう可能性が高い猫獣人だ。
カルネリアンは俺が連れて行くことにした。世界中を飛び回り、また、公爵としての仕事もあるベルナデッタよりも、俺の方がカルネリアンと一緒にいられる。そう思ったんだがな……。何が不満だ。息子よ。なぜ、そのしょぼくれた刑事なんかに懐いて執着しているんだ。
†††††
「ん……くっ」
カルネリアンが、オレンジ色の派手な布地の……あれは、パンツか?パンツの匂いをスンスン嗅いで、オナニーに耽っている。おいおい、まさか、あの刑事のパンツではないだろうな?お前、刑事のパンツを盗んで来たのか? 俺も盗みを稼業とはしてはいるが、一応崇高な大義を持って盗んでいる。その「怪盗」の息子であるお前が、パンツを盗んで来たのか? おっと「パンツを盗んで来たのか?」と、2回も続けてしまった。しかし情けないにも程がある。
「セキエイ……セキエイっ……イっく」
カルネリアンがフィニッシュを迎えたようだ。あの様子だと、刑事と性交を交わすのも時間の問題かも知れない。
急がなければ。
†††††
結果として、なんとかシュバリエコレクションは集まり、いまのところカルネリアンに獣化の予兆はない。
今日は俺の国でカルネリアンと、セキエイとかいうしょぼくれた刑事の結婚式だ。違う。「元」刑事だ。灯台下暗しというか、なんというか。神殿は我が国の洞窟に存在した。そして、元刑事はカルネリアンが獣化したときのために、俺の国に刑事を辞めて移住してきたのだ。言葉の問題も仕事の問題もあるのに、よくぞ決めてくれたものである。
公爵家の跡取りとして、また、今日の主役の一人としてお披露目のパーティーで挨拶をしているカルネリアンは、もう立派な大人だ。
「ふふ。カルネリアンの尻尾、かわいいですよね。ちょっと曲がっていて、かぎしっぽ。幸運の証」
俺の隣で、それほどまだ我が国の言葉に慣れていない男が日本語で話す。
「わかるのか?」
「わかりますよ。まあ、ちょっと見たくらいじゃわからないでしょうけど」
「セキエイ、ちょっと来てよ!」
「ん、了解」
軽く会釈をして去っていくセキエイの後ろ姿を見守った。おめでとう、そしてありがとう。セキエイには聞こえないように小さく呟いた。
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