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苦くて甘い塩味グリモワール
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世界には幾つかの大陸がある。その大陸の中で一際文明が発達している大陸は、ライリア大陸だ。そして、ライリア大陸に於いて最も栄えている国はシェリエス皇国なのである。
つまり、シェリエス皇国は世界で一番豊かな国ということになる。
そんな輝ける国、シェリエス皇国にも暗部はある。貧民街と呼ばれるそこは、未開の地とも、暗黒大陸とも呼ばれる、ルミナム大陸から流れて来た人々が住む場所で、住民の多くは獣人と呼ばれる、獣の特性を持つ人々である。
「惨いな……」
皇都の警備を担当する、皇都警備隊第三隊に属するアルスは、貧民街の粗末なアパートの一室を見て鼻を覆った。鼻が利く獣人にとって、血の匂いが充満する殺人現場は、人間がその場所にいるよりも堪えがたい。アルスの頭頂部に生える、うちわのように大きな二つの耳がぱたぱたとせわしなく動く。
「何か気づいたことはあるか?」
そう聞いてきたのは同僚で。彼は獣人ではなく、人間だ。皇都警備団第三警備隊は平民の人間中心の隊で、アルスのような獣人隊士に対しても分け隔てはない。これがもし貴族中心で編成された第一警備隊であったり、近衛隊であったりするとこうはいかない。獣人の身体能力を使いたい時だけ話しかけられるのみで、後は良くて無視。悪ければいじめの対象となることだろう。
「いや」
気付いたことはあるかと問われ、否定をしたアルスだったが、その耳が微かな気配を拾う。
気配の元を辿れば、幾何学模様に彩られた布があった。
アルスは皇国生まれで、自分のルーツであるルミナム大陸には一度も行ったことはない。しかし、その布を見た時、鼻の奥がツンと鳴った。郷愁とはこういったことかと、納得をした。
「この布……」
「何だ?」
布の場所に同僚たちも集まって来る。めくってみれば、そこには粗末な木の扉があった。治安の悪いこの場所だ。予期せぬ襲撃に備えて、大切なものを保管するために布を使って扉を隠していたのだろう。
「工作班はいるか」
すぐさま隊員の中でも工作班と呼ばれる、体術よりも軽作業を主に担う隊員が呼ばれた。扉の鍵が開けられると、アルスたちは警戒態勢をとり、部屋に入る。充分警戒をしないと、部屋の中に襲撃に備えた住人が武装して潜んでいる可能性もあるからだ。しかし、中から住人は飛び出しては来なかった。
部屋に窓はない。まだ暗闇に慣れていない目では、扉から入る光だけでは中を窺い知ることはできない。視覚に頼れないならば、嗅覚に頼ろうと、部屋から漂う匂いを嗅いだ。
食べ物が腐ったような匂い。酢のような匂いもする。鉄臭くもある。むわっとした大量の発汗による体臭。そして、今にも消え入りそうな、人間ではわからないであろう、微かな息。
「毒、か?」
部屋の隅に毛布を被ったネコ科獣人の子どもが虫の息で横たわっていた。医療班の隊員では手に負えないほどの、一刻の予断も許さない状況だ。アルスは子どもの周りに散らばる吐しゃ物を袋に詰め、背嚢に収めると、子どもを担ぎ上げた。リカオン獣人が本気の走りをする前段階、その大きな耳はパタリと後ろに畳まれる。一歩、二歩を進む度に加速度的に足の動きが速くなる。かつてはルミナム大陸一の名ハンターと言われた種族だ。その走りは、速度を落とす事無く何キロも持続出来る。アルスは現場であるアパートを飛び出すと、一散に駆けた。
†††
皇都にほど近い場所に、紫闇の森と呼ばれる場所がある。そこは魔に侵された獣が住まう場所で、常人ならば決して近寄らない場所である。その周囲は紫闇の名のとおり暗い紫の霧で覆われ、内側からは獣が出られないようになっており、また、外側からは人間や獣人が入れないようになっている。
アルスは紫闇の森の奥深くにある屋敷で、勝手知ったるとばかりに朝食の準備をしていた。玉子は白身と黄身を分けて、白身だけ角がたつほどに泡立てた。それを前もって混ぜておいた黄身と植物性の油、蜂蜜にヤギの乳、小麦粉の中にさっくりと泡が潰れないように混ぜ込む。ぽってりとした生地をフライパンに落として焼くと、ふんわり、しっとりとしたパンケーキが出来上がった。
その屋敷が建つ空間は、紫闇の森の中とは思えないほど明るさに満ちている。但し、響き渡る音は、ピチピチと可愛らしく鳴く小鳥の声でなく、ブーンという群蜂の羽音であったりするところが不穏である。
「朝食が出来たよ」
声をかければ、家主である男と、仮の住人である少年が集まって来た。
「アルスぅ。オレ、ちゃんと呼ばれる前にお顔洗ったよ!」
「うんうん。偉いな」
頭を撫でてやれば、ネコ科獣人の少年は得意気に尻尾を揺らした。ここに連れて来た時は、今にも息を引き取りそうであったのに、あれから一ヶ月、脅威の回復力を見せた少年は、リーンと名乗った。ルミナム大陸で奴隷狩りにあってシェリエス皇国に連れて来られたジャコウネコ獣人を母に持ち、父は人間というハーフで、母の形質を多く遺伝しているらしく、耳も尻尾もネコ科獣人のものだ。
「あんたはちゃんと顔を洗ったんですか?」
無言で朝食の席に着き、早速パンケーキにかぶりつこうとした家主の男は手を止めた。
「洗わなくったって死なない」
やっぱりだ。いつもの事だけれどと、アルスは呆れた。
「昨日も遅くまで研究室に籠もってましたよね。ちゃんと寝ないとその目の下の隈、取れないですよ?」
「……誰にも迷惑かけてない」
「そんなんだから、女の子にモテないんですよ」
「うるさい。街に行くときはちゃんとしてるから大丈夫だ」
「そうですか? 聖女のナターシャ様から話しは聞いてますよ?」
「なんだと? ナターシャちゃんは何て?」
聖女の話題に前のめりになったこの男、ノウァは、女性と相対するとき、普段の態度とは一変してチャラくなる。
「……ナターシャ様は、横を通り過ぎただけで目がチカチカしたと」
街でにこやかに女性に話しかける、整った顔の男、ノウァ。しかし、残念ながら服のセンスは壊滅的だ。夏の暑い時期なのに毛皮を羽織ってみたり、ショッキングピンクのローブを着たりして街へ繰り出すのだ。その目的はナンパ。女の子と懇ろになりたいと声をかけるのだが、悉く相手にされない。
「そうか、そうか。僕の格好良さに目が眩んだんだな」
何を勘違いしたのか、ぐふぐふとノウァがやに下がるので、アルスはお手上げだ。
「もういいです。今日の午前中はリーンを教会に連れて行くので、午後はその長くなりすぎた枝毛だらけの髪の毛を切りますからね?」
「はいはい」
「あと、念のためにリーンの治療履歴もまとめておいて下さいよ」
「へいへい」
あの日、瀕死の状態で運び込まれたネコ科獣人の少年を、口の匂いと吐しゃ物から瞬時に飲まされた毒物を断定し、少年の蘇生にかかったノウァ。少年は賊の襲撃に備えて前もって母から渡されていたネコ科獣人にとって毒となる草を口にしていた。それはネコ科獣人が仮死状態になる毒で、発見が早く、適切に治療をすれば後遺症もなく快癒する。かろうじて少年が仮死状態になる程度の、絶妙な量のそれは効果絶大で。隠し部屋で服毒した少年は、賊の凶刃に斃れはしなかったが、命の危険にはさらされた。もう少し発見が遅ければ、少年は天に召された母と同じ、光の階を上っていたことだろう。しかし、子どもは生きている。子どもに毒物を飲ませ、目くらましをするという一か八かの賭けは、母の勝利だった。
ノウァは瀕死の子どもを救えるほどの腕をもっている。しかし、かといって、医療を生業としているのではない。紫闇の森などという誰も寄り付けない場所に居を構える変わり者だが、一応、魔塔という、研究機関の一員だ。シェリエス皇国は、魔石技術により繁栄を遂げた国で、魔石を核に使う魔道具は、貴族も一般庶民も関係なく広く社会で活用されている。魔塔は今では貴重な人材となっている、魔法氏族が集められた研究機関で、魔法により基礎理論を確立した技術を、魔石を使って再現できるように研究をしている。ノウァは、その研究員の中でも卓越した存在だった。
†††
「じゃあな、リーン。俺も時々様子を見に来るけれど、元気で過ごせよ」
朝食を済ませた後、リーンを教会付属の孤児院に預けたアルスは、その丸みを帯びた頭をガシガシと撫でた。
「アルスぅ。ノウァの家に戻るのか?」
「まあな」
アルスが生まれたのは奴隷剣闘場で、奴隷剣闘士に囲まれて育った。母は絶滅寸前と言われるリカオン獣人で、父も奇跡的に同じリカオン獣人だった。奴隷という身分ではあったが、戦う父も母も格好よかった。剣闘場とはいうが、不殺のルールが徹底されていたため、戦いにより人が死ぬということはない。そこで繰り広げられていたのは戦闘ショー。かつてルミナム大陸一の名ハンターと言われたリカオン獣人の戦闘は舞うように美しく。持久力で他の剣闘士を圧倒した。アルスも大きくなったら父母のように剣闘士になると、夢を抱いたものだったが、皇国に奴隷解放の機運が嵐のように吹き荒れた。
貴族や金持ちは奴隷を使役しているだけで罪になる。
突如解放された奴隷たち。使用人として引き続き仕えられた奴隷たちはまだよかった。しかし、会陰から催淫香を放つジャコウネコ獣人などといった、性的な目的で奴隷として扱われた者は、リーンの母のように貧民街でその日暮らしの生活を送るしかなかった。
奴隷剣闘士たちはその持ち前の身体能力で他の職業に就くのは容易だった。アルスの父母なぞ、今でも元気よく冒険者として活躍をしている。そしてアルス本人はというと、奴隷剣闘士になる夢は断たれたが、解放奴隷の子どもたちが集められた学校で、新たな夢を見つけた。教科書に載っていた皇都警備隊員。皇都で起こる様々な事件を解決していく仕事だ。いや、皇都警備隊にはその他にも多岐に亘る仕事もあるのだが、教科書に載っていたのは、事件を解決する話だった。逃げる犯人を索敵して追い詰める場面など、何度読み返したかわからない。ハンターとしての血が騒いだ。奴隷たちを教育により皇国で有用な人材にするという、皇国のプロパガンダにのせられた形だったが、アルスは皇都警備隊の職に就いた。
アルスとノウァの出会いもその頃のことだった。当時、皇都警備隊第三隊に配属されたばかりのアルスは、皇国でも指折りの商会である、フィンチノール商会で起きた強盗事件を調査していた。強盗といっても店員が脅されるでもなく、商会の金庫に納まっていた金や宝飾などが忽然と消えるという奇妙な事件だった。当然商会の金庫には魔封じが施されていたので、魔法を使っての犯罪ではないと当初は考えられていたが、余りにも鮮やかな手口だったため、やはり魔法での犯罪かもしれないと、魔塔へ捜査協力が依頼された。
アルスはその時まで、魔法氏族を見たことはなかった。どんな人間が来るのだろうと朝から落ち着かなかった。そして、アルスの上官である、皇都警備隊第三隊長の先導で現れた魔法氏族は、すっぽりと真っ黒なローブを頭から被り、音もなく現場に入って来たのだ。
(浮いているのか?)
アルスの優秀な耳にも、その足音は拾えなかった。異質な存在としてその場にいた魔法氏族が、フードを降ろすと、アルスは茫然とした。魔法氏族は、自分が得意とする魔法特性に応じた色彩を持つという。その男は、闇の属性に影響されているのだろうか。月のない新月の、とっぷりとした深い暗闇のような長い黒髪を高い位置で一束に縛っている。その髪留めは、男の瞳の色を模したようなアメジストで彩られていた。肌は、果たして人間なのだろうかと思うほど透き通り、暗い室内にあって、自ら発光でもするかのように白く浮き上がっていた。
「っ……はっ」
アルスはしばし止まっていた息を吐いた。男に見惚れていた自分の行動が恥ずかしい。何事もなかったかのように現場探索の作業に戻ったが、しかし、自分の意識はその男が微かにたてる衣擦れの音さえも逃せないほどに奪われていた。
「ノウァ様、お願いできますでしょうか」
「ん」
アルスの上司にノウァと呼ばれた男は、持参した機器を操作しながら、四方八方を向いている。どうもどうやら、その機器に備え付けられた棒で魔法の痕跡を探しているようだ。
「どうでしょうか」
「わからん」
「え? っと。探れませんか」
ノウァはやれやれとでも言うように溜め息をつくと、一気にまくし立てた。
「わからんもんは、わからん。魔法が使われたらしき痕跡はある。が、しかし、探知機に登録されている魔法パターンでは特定できない者が使ったのか、使用者の判別までは出来ていない。圧倒的に登録者の母数が足らないからだ。そもそもおかしいだろう。魔法証跡を提出しろと言われてほいほいと提出する魔法氏族がどこに居る? この探知機の開発をしている魔塔に属する魔法氏族でさえしぶしぶ提出しているくらいなんだぞ? 皇国も本気で魔法犯罪を取り締まりたいというならば、法律でもなんでも作って強制提出させるべきだろう! ったく。で? この中途半端な機械を使って何を探りたいというのだ? 皇都警備隊第三隊の隊長さんよ?」
アルスは、う、わー。っと思った。語彙力がなくなるほどに呆れた。感想が、う、わー。しか出てこない。あんな言い方ってあるか? あんなに美しいのに。残念美人だ。あの人のお守をしなければならない隊長に心底同情した。別にアルスたち皇都警備隊の面々も犯人特定まで出来るとは思っていない。魔法が使われたかどうかがわかるだけでも捜査の範囲が狭まる。それで充分であったのに。言葉の礫(つぶて)を浴びせられた隊長もしどろもどろになっている。とにかくその場では、魔法が使われたらしき痕跡があるということがわかったので、ノウァには退散頂くことになった。
「まあ、データは取れたから、解析は続けるけどな」
なんでも、魔法が使用された痕跡は、使用者の一族や、もともとの出身地ごとに似た特性があるのだそうだ。あんな口を利いておいて、本人が少ないと宣(のたま)った証拠からさらに解析をしてくれるのか。ちゃんと仕事はするのだな。俺は関わり合いになりたくないけれどと、アルスは思ったのだが──。
「嫌ですよ。あの方は調査結果を送ってくれると言ったんですよね?」
隊長に調査結果を取りに行けと命令されてしまった。
「しかも、取りに行く場所は紫闇の森ですか? 死ねと仰っています?」
ノウァはどういう方法かは不明だが、魔法氏族らしい方法で調査結果を送り付けると言って帰ったのに、頭の固い隊長は、調査結果を対面で受け取るべきだと、アルスに受け取りの任務を言い渡した。ノウァと関わり合いになりたくないアルスは、行き先が紫闇の森と聞いて更に受任を嫌がった。
「死なないだろう? 身体能力で言ったら我が隊一だぞ? お前」
いや、まあ、人間に比べたらそうだろうとアルスは思った。しかし、当のノウァが調査結果を送ってくれると言っているのに、そんな無駄任務はこなしたくない。
「まだまだ経験が足らないお前に、魔法氏族とお近づきになる機会を与えてやるんだ。ありがたく受任しろ」
散々ごねてはみたが、そこまで言われてしまったらもう断れない。アルスはしぶしぶ紫闇の森へと向かった。
†††
「うへぇ」
アルスは紫闇の森の外周を覆う霧を見上げて、ここ、入って行けるのか? と、疑問に思った。
「人間も獣人も寄せ付けないというか、入りたくない禍々しさだよねえ?」
しかし、ここを通って行かないとノウァが住むという、紫闇の森の中心部には行き着けない。
「なんで、こんなところに住んでるんだ?」
ぶつぶつ文句を言っていても始まらないので、アルスは覚悟を決めることにした。紫闇の森と、それ以外とは、明確に流れている空気が違う。その空気の境界を渡り、一歩森に入ってみた。
(あ、息できる)
紫闇の霧は毒々しくて、息も出来ないのではないかと思ったのだが、息は容易にできた。どことなくスイカズラに似た甘い香りもする。
(なんだ、意外といける)
アルスの今日の予定はこの任務だけで、隊長からは、遅くなるようならば直帰してもよいと言われている。ゆっくり目的地に着けばいいかと、歩を進めた。
そんなアルスの前に、一匹のうさぎが飛び出して来た。
(お? 可愛いな。うさぎか)
周囲の色に溶け込むように、黒い毛をしたうさぎが、その紫色の瞳をアルスに向けた。
(ノウァという、あの魔法氏族に似ていないこともない?)
【バカ! ぼーっとしてんな! 走れ!】
ノウァの頭にあの時に聞いた魔法氏族の声が響いた。
【こっちだ!】
うさぎがノウァを先導するように走る。アルスは慌ててその後に続いた。
バキバキバキバキ。
後ろで 凄まじい音がする。振り返れば、たった今アルスがいた場所めがけて人一人丸飲みできそうな大蛇が、その大きな口を開けて襲い掛かり、空振りをしていた。
「ぎゃ──……!」
何を隠そう、アルスは蛇が大の苦手だ。全身を覆うウロコも、するすると音もなく這う姿も不気味だ。そんな生物が捕食目当てでアルスを追っているのだ。怖い。
かつてないほどの速さでその場から逃げる。不思議なうさぎは俊足のアルスが最高速度で走っているのに、余裕でその前を先導していた。
走って、走って、アルスにしては珍しく、息も絶え絶えになった頃、突然陽光に照らされた。紫闇の霧が晴れたのだ。
「はあ、はあ・・・・・・っう」
息を整えながら、ぽっかりと広がった空間を観察する。その空間の真ん中には、大木を利用した屋敷が建っていた。小屋と呼ぶには部屋数は多そうなので、屋敷とした方が妥当だろう。先ほどまで自分を先導していたうさぎがその屋敷にすぅと吸い込まれていった。
「ここか?」
自分が目指していたノウァの家はここなのだろう。
【入り口は開いているから、勝手に入ってくれ】
やはりここで合っているらしい。大木の真ん中にある扉をギイと開けて入ると、螺旋階段を中心に、いくつかの部屋が連なり、上にのびている建物の構造が見てとれた。その上から下まで連なった中ほどにある階の扉が開く。ノウァが不機嫌そうに降りて来た。その足元には輝く魔法陣が展開されている。
(やっぱり浮いてる!)
初めて見たときは黒いローブに隠れて見えなかったが、今はローブを着ていないため、足元に展開された魔法陣もよく見える。常に魔法陣を展開し続けるということは疲れないのだろうかとアルスは思った。
「オタクの隊長さん、なんなの? 面倒くさいから調査結果は送るって言ってるのに、わざわざ人を寄こすなんてさあ」
開口一番、文句たらたらだった。そんなことを言われたって、アルスも来たいとは思っていなかった。しかし、考えてみれば、ノウァもアルスも等しく隊長に迷惑をかけられているのではないかと気付く。なあんだ。この人も可哀想ではないかと思えば、辛辣な言葉も可愛く感じた。
「皇都警備隊第三隊のアルスと申します。宜しくお願いいたします」
「ん」
「先ほど、黒いうさぎを寄越してくださったでしょうか」
ノウァはそれを認め、あれはノウァの使い魔で、自分の家を訪ねるという任務で死なれでもしたら後味が悪いから案内をさせたのだと言った。そして、
「走って逃げるというシンプルな方法だけで、魔獣から逃げ果せるとは思わなかった。第三隊の隊員すごいな」
妙なところで感心されてしまった。
「イヌ科か? ……種族は……?」
目を眇めてアルスを探るので、自分の種族を隠しているわけでもないアルスは、その疑問に答えた。
「リカオンです」
「は、あ? それはあまり聞いたことがない種族だな」
「私も自分の父母しか同族を見たことはないですね」
ルミナム大陸にある、リカオン獣人が多く住んでいた場所はもう、人間に蹂躙されてしまっているそうだ。未開の地を開拓するという名目で、その地区に移り住んできた人間。移って来たのは人間だけではなかった。古くから人間と共にあった一般的なイヌ獣人。──種族同士で交雑が成されていて、もともとの種族の判別がつかないので、「イヌ獣人」とだけ称される獣人だ。初めはなんということもない流感。所謂、風邪であったのだ。それが、人間からイヌ獣人、そして、リカオン獣人に伝播した。人間やイヌ獣人にとっては軽い症状で済んだものが、リカオン獣人たちには死病となる。抵抗力のない年配の者からバタバタと斃れて行った。体力のあった者が一命をとりとめもしたが、親のいない孤児も多数残されてしまった。人間たちはそういった孤児を保護したが、残念ながら善人ばかりではなく。シェリエス皇国はじめとしたライリア大陸にある人間の国に奴隷として売られていくことになった。その子孫がアルスの父母であり、自分である。
「種族としては減ったとは思うのですが、生まれたときからこの国で暮らしていて、今は警備隊員として働いていますので、あまり悲しみはないですね」
リカオン獣人の来し方を聞いて、ノウァは言葉を詰まらせ、「そう、か」とだけ応えた。思いもよらぬ重い話となり、気まずくもあったが、久々に人と話したノウァはアルスに夕食を共にしないかと誘った。
「あんなに速く走れるお前なら帰るのも問題なさそうだが、暗くなって来たことだし、食事だけでなく、泊まって行ってもいいぞ」
つんとした物言いだったが、探るように向けられた紫の瞳は期待に満ちていた。アルスは隊長から今日は直帰してよいというお墨付きをもらっている。明日はいつもより一時間ほど前に出れば、アルスの健脚ならば遅刻はしないだろう。なによりノウァが少しだけ可愛いと思いだしたところだ。泊まることを了承すると、早速ノウァが張り切った。ポン、ポン、ポン、ポンと魔法陣を展開すると、そこから黒いうさぎが何匹も飛び出した。うさぎたちは器用に二足歩行をして、ノウァの命令に従い、あるものは掃除をし、あるものはアルスの今晩の寝床を整える。数匹集まって、重たい寝具を運ぶところは可愛らしかったが、大変そうだったため、アルスが手伝いを申し出たのだが、うさぎたちはふるふると首を振って手伝いを断った。
キッチンとおぼしき所からは、トトン、ト……トンと、不規則な音がしている。アルスが覗けば、ノウァが一心に野菜を切っている。
「料理は普段しないんですか?」
手際の悪さを見かねてアルスが声をかければ、ノウァは顔を真っ赤にしている。
「こんなはずじゃなかったんだ……」
普段の食事はどんなものを食べているのか聞けば、オーツ麦をヤギ乳で煮ただけの粥や、干し肉。野菜はまるかじりや手でちぎるなど、なんともワイルドな食事を摂っているようだった。今日はお客さんも来たことだし、街に出た時に食べたスープでも作ってみようと思ったらしい。普段まるかじりしかしないのに、玉ねぎがあることに疑問を持たないでもないが、「玉ねぎはまるかじりでも美味しいぞ?」と、真顔で答えるので、この人は味覚が死んでいるに違いないと確信を持った。
「作りましょうか」
アルスが食事作りを申し出ると、ノウァはふんと鼻を鳴らして包丁を差し出した。アルスの特技は走る事だけではない。刃物使いも得意なのだ。皮を剥いた玉ねぎを中空に放ると、その動体視力と身体能力を遺憾なく発揮して落ちて来る玉ねぎをみじん切りにした。
「ほおおおお」
素直な感嘆の声を受けて、アルスは瞬く間にスープの下準備を済ませた。後は魔石コンロに火加減を任せればよい。
「料理、得意なんだな」
「得意というか、普通ですよ?」
アルスが所属する皇都警備隊第三隊の独身寮では、各自、自分で食事を作ることもあるし、遠征や災害に備えて野営訓練などもある。隊員たちは皆、料理をよくする。
「料理は使い魔たちがやらないんですね」
「まあな。あいつらの手は毛だらけだろう?」
確かに、料理に毛が混入していたら大ごとである。
「ちょっと相談に乗ってくれないか」
相談に乗って欲しいと差し出された紙袋の中には、茶色い粒が沢山入っていた。ぱっと見、ねずみのう〇こに見えなくもない。香りは香ばしい。
「何かの種子ですか?」
「ああ、カカオニブというものらしい」
魔塔の研究者たちは、定期的に共通の課題が出るそうなのだ。今の課題は、このカカオニブをどう使うか、また、どのような効用があるか調べるをいうもので、皇后様肝いりの研究らしい。カカオニブは、カカオ豆という豆を発酵して焙煎をしたもので、最近ルミナム大陸からもたらされたとの事だった。
「さくさくしてる食感は面白いけど……苦い、かな」
アルスが一粒つまんで口にした感想だった。
「月並みですけれど、クッキーに混ぜ込んだらどうでしょう」
屋敷の食糧庫を漁れば、植物油など、クッキーの材料になりそうなものがあったので、アルスは生地作りをした。魔石を使った冷蔵庫にはりんごも入っていたので、それも細かく刻んで入れてもみた。魔石オーブンで焼き上げれば、甘い香りがキッチンに広がった。使い魔のうさぎも集まって来て、ふんふんと鼻を鳴らしている。
「使い魔って食事するんです?」
「しないな」
食事もしないくせに、興味深々でキッチンを覗いているうさぎが、今日何度目かの可愛い称号をアルスから勝ち取っているなど、当のうさぎたちは知る由もないだろう。アルスがにまにまとうさぎを眺めていると、ノウァがくるくると何かを巻き取るように人差し指を立てて回した。すると、うさぎたちがかき消えてしまった。
「あ、あ──……」
思わず残念そうな溜め息をもらすアルスに、ノウァが目をしばたたかせた。
「どうした?」
「いえ、可愛いかったので……」
残念がるアルスを見て、ノウァは声をたてて笑った。
「あはは。いつでも出してやるから」
地味に魔力を奪うので、常時出してはおけないが、機会があればまた出してやると笑われた。これはまた来いよというサインかなと、あまり人に慣れない野生動物が慣れてくれたようで、アルスは胸が高鳴った。
二人で摂る食事は、思いの外楽しかった。ハーブで焼いた鶏肉、スープに、オムレツ。素朴な食卓だったが、ワインの力も借りて、すっかり打ち解けた。デザートのクッキーは、オーツ麦とカカオニブでざくざく食感が面白いものになった。
「これ、癖になる」
「カカオニブの苦味と甘い香りがなんとも言えなくて、群蜂の蜜が濃厚で。粗めに砕いた岩塩が蜜の甘味を引き立ててます。美味しいですね」
カカオニブのクッキーは、案外つまみとしても優秀だった。いい気になって食べていると、徐々に二人に変化が訪れる。
「暑、くないです?」
「ん。そうだな」
それになんだかえっちな気分になっている。上気した顔でアルスがノウァを見れば、ノウァの色白の頬がほんのりと熟れた桃のように上気している。意外に肉厚な唇はサクランボを思わせた。つやつやと赤い唇が甘そうで、吸い付いたらさぞかし美味しそうである。
アルスはソファーに並んで座っていたノウァの鼻に自分の鼻を擦り付ける。これは、リカオン獣人が親愛の情を示す仕草だ。
「キスしていいか?」
そういえば魔法氏族って、認定されただけで叙勲されるんだよな……。この人も当然お貴族様だよなあと、アルスはぼやけた頭で考えたが、理性よりも性欲が勝った。こくりと頷くと、むちゅーっとねっとりとしたキスをされる。
「んっ……は」
空気を求めて口を開けば、狙ったように舌が侵入してくる。口蓋の襞をなぞられるとぞくぞくと快感が背中を駆けあがってきた。
「すげえ、いい匂い」
ノウァが漏らした言葉に、アルスは恥ずかしくなる。リカオン獣人の体臭は自分でもキツい方だと自覚していて、日に何度も水浴びをするし、就寝前にはハーブ入りの石鹸で念入りに身体を擦る。
「臭い……です、よね?」
恥ずかしがるアルスのことを、ノウァは可愛いと言った。
「いい匂い。香ばしく煎った豆、かな」
それ、いい匂いなのかな? と一瞬考えたが、そんな余裕は四散する。夢中でシャツのボタンを外して、ズボンを下ろし、下着も脱ぎ捨てた。すでに陰茎はよだれをだらだらと垂らしている。アルスの背骨に沿って生えている体毛をノウァが撫で上げると、艶めいた溜め息をアルスが零した。ノウァのほの白いが、意外に男らしい手で触れられるとどこもかしこも気持ちがいい。キスをされたまま、裏筋を合わせ、互いの陰茎を支えて息をあわせて腰を振ると、同時に登りつめた。下になっていたアルスの腹に、二人分の精子が池を作る。
「はは、すごい量」
イヌ科獣人の吐精は長い。ノウァの陰茎は既に射精を終わらせ、その鎌首を下ろしているが、アルスの陰茎はびゅくびゅくと射精を続けていた。
「いい眺め」
ノウァがむにむにと口を動かすと、アルスは自分の尻に違和感を覚えた。
「え? あっ、なに? あついよお……あんっ。ど、うなって?」
アルスの尻がぬるついている。まるで香油を塗り込めたようだ。
「洗浄と、湿潤」
ノウァがアルスの尻を魔法で洗って、湿り気を与えたらしい。エロ特化した魔法を見せつけられて、尻奥がきゅんきゅんした。ノウァはアルスのしなやかで長い、褐色の脚をM字に開く。そこにはまだ、双球を上下させて射精を続ける陰茎があった。その精子を掬い取り、指に纏わせると、アルスの尻穴に指を滑り込ませた。
「あっ、あっ」
「いい反応」
探るように指を動かせば、その度に艶めいた喘ぎ声を上げる。我慢できないとばかりに腰を揺らめかす様子に、もっと狂わせたくなる。もう片方の手首をスナップさせる、指先に紫闇の霧を固めたような、しなやかな黒くて細い物体がかたどられた。その細くて長いものをアルスの射精を続ける陰茎の鈴口へゆっくりと挿入させていく。
「や……なに? あっあっ……やだぁ……せいしとま、っちゃう……こ、わいい」
尿道を遡り侵入する黒い物体は、アルスの精子を堰き止めてぶちゅぶちゅと奥を目指す。そして、尻穴から挿れられたノウァの神経質そうな白い指と、黒い物体でアルスの前立腺を挟み込み、同時に刺激する。
「や、やぇ、やえへっ! そこ、ぐりぐりやぁぁっ! おかしく……お、おかひくなるぅ」
アルスは激しく首をふり、どうにか過ぎた快感から逃れようとするが、無理だった。
「も、むぃ、むぃだからぁ! おねがいっ、おねがいしますぅ」
懇願をする。
アルスももう既に何をお願いしているのかわからない。一つ言えることは、与えられている快感よりも、違うものを欲していることだった。
「ちょうだいっ……ちょうだいっ……ちがうの。もっと……ああっ」
「何が欲しい?」
ノウァの指が抜かれ、アルスのそこからはぶひゅっと空気の抜ける下品な音がした。
「カカオニブか……催淫効果ありで、獣人の方がより多く現れるみたいだな」
意外にも冷静に分析している言葉が降って来てアルスは悔しくなった。ノウァがその切先をアルスに宛がい、浅いところでぐぷぐぷと弄んでいたのを、脚をノウァの背中に絡めて腰を寄せる。
「あ……あああっ……すごいっ」
ずぶずぶと自ら引き寄せた熱杭を引き入れていく。
「ワルい子だな……ほら、脚緩めないと動けないから」
ぎゅっとホールドしていた脚を緩めると、ノウァの激しい抽挿が始まった。
「おく……ずん、ずんって! おっおっ……あ、せいしだしだいよ……だじだいぃぃ」
アルスの陰茎には黒い物体が刺さったままだ。堰き止められた精子ではちきれそうなほど張りつめ、ノウァの抽挿に合わせてぶんぶんと踊っている。
「ほら、イけ。尻だけでイけよ」
容赦のないノウァの言葉に、アルスのそこは不規則に蠢いた。
「あ、あ、ああああ──……」
じわりと熱いものがアルスの奥に広がる。ノウァの意外に筋肉質な白い背中に腕を回せば、大きく上下している。アルスはその背中越しに窓の外の月を見た。
†††
(ああ──……やっちゃった……)
昨夜はソファーで交わったはずなのに、目覚めるとベッドの上だった。隣には魔法氏族の男が朝寝を決め込んでいる。昨夜のうちに清めてくれたらしい、あんなにどろどろだったアルスの身体はさらさらとしていた。しかもこころなしかいい匂いがする。その匂いがノウァのものであると気づくと、途端に恥ずかしくなった。昨夜の交わりは二つの身体が一つに溶け合い、その輪郭がなくなるほどに気持ちが良かった。ノウァはそれほど性経験がある方ではなかったが、これ、一生忘れられなくなるくらいのセックスだったのではないかなと思った。
(今、何時だろ)
時間の事に思い至り、はっと気付く。やばい。遅刻だ! 紫闇の森から皇都警備隊の屯所まで行くのにいつもより一時間早く出る必要があると自分で見積もってはいたが……。慌てて服を着こむと、昨日渡された調査結果が入った背嚢を背負ってノウァの家を飛び出した。ノウァに朝の挨拶も何もしなかったけれど、遅刻はやばい。アルスは昨日たたき出した自己ベストを更新する勢いで紫闇の森を駆けた。途中、森に住まう魔獣が何度も襲いかかろうとして来たが、アルスの脚に敵うわけもなかった。
†††
その後、ノウァの調査結果を無事に届けたアルスは、隊長から正式に魔塔(主にノウァ)への連絡係をするように命じられた。何かと小難しい魔塔の魔法氏族との付き合いにほとほと困っていた隊長に押し付けられた形だ。人はこれを丸投げという。
アルスは何故か魔法氏族に可愛がられた。少々面倒くさい任務を依頼しても、アルスが伝言役で魔塔に赴くと「もふもふ無罪」と、わけのわからん呪文を魔法氏族に唱えられて受任をしてくれる。医術を伴うような作業は、聖力を擁する教会の方が得意とする作業であったりするのだが、聖女様に依頼しなければならないような重症の場合、手続きが面倒な教会にお願いをするよりもノウァに直接依頼する方が速い。そういった意味でもノウァと懇意にしているアルスの存在は便利であった。
(ついでにちんこ突っ込まれるけどさ)
キメセクではあったけれど、大層気持ちの良いセックスをしてしまったアルスは、ノウァの屋敷に行くとなし崩し的にセックスをしていた。
(街に行ってナンパしているらしいけども)
魔塔との繋がりが出来てから、色々な噂話がアルスの耳に入るようになった。アルスと出会う前からノウァは街に出て女の子をナンパしていたらしい。そういえばセックスも上手い。そんなノウァにとって自分とは? と、突き詰めて考えると、どう考えてもセフレでしかない。虚しい気持ちにもなるが、アルスはノウァとの逢瀬を重ねた。
†††
「ほら、まだ音を上げるには早いぞ?」
ジャコウネコ獣人のリーンを孤児院に預け、戻って来たら早速押し倒された。リーンがいる間、セックスをしていなかったため、ノウァも溜まっていたのかも知れない。今日のセックスはしつこかった。
バックで繋がっていたノウァが腰をグラインドさせてアルスの腸壁をかき混ぜる。
「ああ、んっ。さっきイった! イってるのにぃ」
アルスの射精は長い。一度吐精が始まればセックスが終わるまで吐き続けることもある。
「お前のイくの終わりがわからん」
ノウァにそんなことを言われても、アルスにもよくわからない。ノウァとのセックスは最初こそキメセクであったけれど、その後はそのような薬物に類するものを使ってはいない。しかし、どんなことをされても気持ちがいいのだから始末に負えない。なんでもノウァはアルスに流れる水分や、筋肉の動きなどを観察して、アルスがイき狂うツボを押さえているらしい。どう考えても敵う訳がない。
「アルス、卵埋めていい?」
「はい?」
卵って、卵? ココとククの? ココとククとは、ノウァの屋敷で飼われているニワトリで、メイとベーがヤギの名前だ。いや、そんなことではない。焼ききれそうな快感の中でアルスは必死に考える。でもわからない。
「ちょ、一旦抜いて?」
ずろろろと、ノウァの長大な陰茎が抜き去られ、ベッドの上で二人は相対した。
「どういうこと?」
アルスが問い詰めると、ノウァは生き生きと自分の新たな研究について語り出した。
「取りい出しましたる、この卵」
芝居がかった物言いで差し出しされた瓶の中には、青白く光る親指の先ほどの細長い球体があった。
「これを、セックスを受け入れる方の胎の中に入れます。そして、奥深くにある卵に精子を振りかけると、あーら不思議! 子どもができるのです! これは性別関係なく妊娠が出来るようになる卵です! 但し、子どもができるには条件があります! セックスする二人が愛し合っている必要があるということです!」
ちょっと待ってくれとアルスは頭の中を整理する。先ず、情報量が多い。
(性別関係なくって、男の俺でも? いやいやいやいや、ないでしょう? そして、最後の一言。愛し合う、とは? だって、つい最近も街で女の子をナンパしていたって……聞いたぞ?)
「……愛し合うって、俺たちの間に愛はあるの?」
「え……?」
ノウァがわかりやすくショックを受けている。
「ええええ! アルス、僕のこと愛していないのか?」
「いや、俺は、好きだよ? 愛してる」
「じゃあ、僕たちは愛し合っているってことなんじゃ?」
「……街でナンパしてたって聞いたけど?」
「誤解だ! ナンパなんてしていない!」
「肉屋のキーラは?」
「試食の肉が美味しかったと笑いかけただけだが?」
「花屋のラナは?」
「先日分けてもらった野菜の種がよい実をつけれくれたと褒めただけだが?」
「聖女のナターシャ様は?」
「あの方を恋愛対象なんかで見たら、とある魔王から抹殺される」
とある魔王とは誰なのか。気になるところではある。いや、それは置いておいて。もし、ノウァの言う通りだとして、それが何故ナンパと誤解されたのだろうか。
「でも、女の子には好かれたいんですよね?」
全然女の子受けしていないが、ノウァなりのおしゃれをして街に出掛けるのは何故なのか
。
「僕は母を早くに亡くしているから、女性には好かれていたいんだ」
(それは、女性イコール母親の代わりということ? 母性を求めて女性にだけよい対応そしているのか?)
ノウァの優秀な頭脳で展開される思考は、時としてアルスの理解の範疇を超えていた。
「色々疑問が残るけれど、俺たちってつまり、両想い……?」
うんうんとノウァが高速で頷いた。
「は、あ──……そっか」
ノウァがアルスの目の前にそおっと卵であるという物体が入った瓶を差し出す。研究目的で言っているのか、果たしてアルスたちは愛し合っているのか。
「この、愛の結晶が実ればわかるのだが」
愛の結晶って……プっと吹き出したアルスはノウァに向かって腕を広げた。
「とりあえず愛し合ってみよっか」
男の自分が子を孕むなど、絵空事としか思えない。が、しかし、ノウァの能力が高い事は知っている。卵を受け入れるということは、もう少し、ほんの少し、本当に二人の間に愛なんてものがあるのか、実感をしてから考えよう。アルスは男に限定するならば、自分にだけ甘い男を抱きしめた。
─了─
つまり、シェリエス皇国は世界で一番豊かな国ということになる。
そんな輝ける国、シェリエス皇国にも暗部はある。貧民街と呼ばれるそこは、未開の地とも、暗黒大陸とも呼ばれる、ルミナム大陸から流れて来た人々が住む場所で、住民の多くは獣人と呼ばれる、獣の特性を持つ人々である。
「惨いな……」
皇都の警備を担当する、皇都警備隊第三隊に属するアルスは、貧民街の粗末なアパートの一室を見て鼻を覆った。鼻が利く獣人にとって、血の匂いが充満する殺人現場は、人間がその場所にいるよりも堪えがたい。アルスの頭頂部に生える、うちわのように大きな二つの耳がぱたぱたとせわしなく動く。
「何か気づいたことはあるか?」
そう聞いてきたのは同僚で。彼は獣人ではなく、人間だ。皇都警備団第三警備隊は平民の人間中心の隊で、アルスのような獣人隊士に対しても分け隔てはない。これがもし貴族中心で編成された第一警備隊であったり、近衛隊であったりするとこうはいかない。獣人の身体能力を使いたい時だけ話しかけられるのみで、後は良くて無視。悪ければいじめの対象となることだろう。
「いや」
気付いたことはあるかと問われ、否定をしたアルスだったが、その耳が微かな気配を拾う。
気配の元を辿れば、幾何学模様に彩られた布があった。
アルスは皇国生まれで、自分のルーツであるルミナム大陸には一度も行ったことはない。しかし、その布を見た時、鼻の奥がツンと鳴った。郷愁とはこういったことかと、納得をした。
「この布……」
「何だ?」
布の場所に同僚たちも集まって来る。めくってみれば、そこには粗末な木の扉があった。治安の悪いこの場所だ。予期せぬ襲撃に備えて、大切なものを保管するために布を使って扉を隠していたのだろう。
「工作班はいるか」
すぐさま隊員の中でも工作班と呼ばれる、体術よりも軽作業を主に担う隊員が呼ばれた。扉の鍵が開けられると、アルスたちは警戒態勢をとり、部屋に入る。充分警戒をしないと、部屋の中に襲撃に備えた住人が武装して潜んでいる可能性もあるからだ。しかし、中から住人は飛び出しては来なかった。
部屋に窓はない。まだ暗闇に慣れていない目では、扉から入る光だけでは中を窺い知ることはできない。視覚に頼れないならば、嗅覚に頼ろうと、部屋から漂う匂いを嗅いだ。
食べ物が腐ったような匂い。酢のような匂いもする。鉄臭くもある。むわっとした大量の発汗による体臭。そして、今にも消え入りそうな、人間ではわからないであろう、微かな息。
「毒、か?」
部屋の隅に毛布を被ったネコ科獣人の子どもが虫の息で横たわっていた。医療班の隊員では手に負えないほどの、一刻の予断も許さない状況だ。アルスは子どもの周りに散らばる吐しゃ物を袋に詰め、背嚢に収めると、子どもを担ぎ上げた。リカオン獣人が本気の走りをする前段階、その大きな耳はパタリと後ろに畳まれる。一歩、二歩を進む度に加速度的に足の動きが速くなる。かつてはルミナム大陸一の名ハンターと言われた種族だ。その走りは、速度を落とす事無く何キロも持続出来る。アルスは現場であるアパートを飛び出すと、一散に駆けた。
†††
皇都にほど近い場所に、紫闇の森と呼ばれる場所がある。そこは魔に侵された獣が住まう場所で、常人ならば決して近寄らない場所である。その周囲は紫闇の名のとおり暗い紫の霧で覆われ、内側からは獣が出られないようになっており、また、外側からは人間や獣人が入れないようになっている。
アルスは紫闇の森の奥深くにある屋敷で、勝手知ったるとばかりに朝食の準備をしていた。玉子は白身と黄身を分けて、白身だけ角がたつほどに泡立てた。それを前もって混ぜておいた黄身と植物性の油、蜂蜜にヤギの乳、小麦粉の中にさっくりと泡が潰れないように混ぜ込む。ぽってりとした生地をフライパンに落として焼くと、ふんわり、しっとりとしたパンケーキが出来上がった。
その屋敷が建つ空間は、紫闇の森の中とは思えないほど明るさに満ちている。但し、響き渡る音は、ピチピチと可愛らしく鳴く小鳥の声でなく、ブーンという群蜂の羽音であったりするところが不穏である。
「朝食が出来たよ」
声をかければ、家主である男と、仮の住人である少年が集まって来た。
「アルスぅ。オレ、ちゃんと呼ばれる前にお顔洗ったよ!」
「うんうん。偉いな」
頭を撫でてやれば、ネコ科獣人の少年は得意気に尻尾を揺らした。ここに連れて来た時は、今にも息を引き取りそうであったのに、あれから一ヶ月、脅威の回復力を見せた少年は、リーンと名乗った。ルミナム大陸で奴隷狩りにあってシェリエス皇国に連れて来られたジャコウネコ獣人を母に持ち、父は人間というハーフで、母の形質を多く遺伝しているらしく、耳も尻尾もネコ科獣人のものだ。
「あんたはちゃんと顔を洗ったんですか?」
無言で朝食の席に着き、早速パンケーキにかぶりつこうとした家主の男は手を止めた。
「洗わなくったって死なない」
やっぱりだ。いつもの事だけれどと、アルスは呆れた。
「昨日も遅くまで研究室に籠もってましたよね。ちゃんと寝ないとその目の下の隈、取れないですよ?」
「……誰にも迷惑かけてない」
「そんなんだから、女の子にモテないんですよ」
「うるさい。街に行くときはちゃんとしてるから大丈夫だ」
「そうですか? 聖女のナターシャ様から話しは聞いてますよ?」
「なんだと? ナターシャちゃんは何て?」
聖女の話題に前のめりになったこの男、ノウァは、女性と相対するとき、普段の態度とは一変してチャラくなる。
「……ナターシャ様は、横を通り過ぎただけで目がチカチカしたと」
街でにこやかに女性に話しかける、整った顔の男、ノウァ。しかし、残念ながら服のセンスは壊滅的だ。夏の暑い時期なのに毛皮を羽織ってみたり、ショッキングピンクのローブを着たりして街へ繰り出すのだ。その目的はナンパ。女の子と懇ろになりたいと声をかけるのだが、悉く相手にされない。
「そうか、そうか。僕の格好良さに目が眩んだんだな」
何を勘違いしたのか、ぐふぐふとノウァがやに下がるので、アルスはお手上げだ。
「もういいです。今日の午前中はリーンを教会に連れて行くので、午後はその長くなりすぎた枝毛だらけの髪の毛を切りますからね?」
「はいはい」
「あと、念のためにリーンの治療履歴もまとめておいて下さいよ」
「へいへい」
あの日、瀕死の状態で運び込まれたネコ科獣人の少年を、口の匂いと吐しゃ物から瞬時に飲まされた毒物を断定し、少年の蘇生にかかったノウァ。少年は賊の襲撃に備えて前もって母から渡されていたネコ科獣人にとって毒となる草を口にしていた。それはネコ科獣人が仮死状態になる毒で、発見が早く、適切に治療をすれば後遺症もなく快癒する。かろうじて少年が仮死状態になる程度の、絶妙な量のそれは効果絶大で。隠し部屋で服毒した少年は、賊の凶刃に斃れはしなかったが、命の危険にはさらされた。もう少し発見が遅ければ、少年は天に召された母と同じ、光の階を上っていたことだろう。しかし、子どもは生きている。子どもに毒物を飲ませ、目くらましをするという一か八かの賭けは、母の勝利だった。
ノウァは瀕死の子どもを救えるほどの腕をもっている。しかし、かといって、医療を生業としているのではない。紫闇の森などという誰も寄り付けない場所に居を構える変わり者だが、一応、魔塔という、研究機関の一員だ。シェリエス皇国は、魔石技術により繁栄を遂げた国で、魔石を核に使う魔道具は、貴族も一般庶民も関係なく広く社会で活用されている。魔塔は今では貴重な人材となっている、魔法氏族が集められた研究機関で、魔法により基礎理論を確立した技術を、魔石を使って再現できるように研究をしている。ノウァは、その研究員の中でも卓越した存在だった。
†††
「じゃあな、リーン。俺も時々様子を見に来るけれど、元気で過ごせよ」
朝食を済ませた後、リーンを教会付属の孤児院に預けたアルスは、その丸みを帯びた頭をガシガシと撫でた。
「アルスぅ。ノウァの家に戻るのか?」
「まあな」
アルスが生まれたのは奴隷剣闘場で、奴隷剣闘士に囲まれて育った。母は絶滅寸前と言われるリカオン獣人で、父も奇跡的に同じリカオン獣人だった。奴隷という身分ではあったが、戦う父も母も格好よかった。剣闘場とはいうが、不殺のルールが徹底されていたため、戦いにより人が死ぬということはない。そこで繰り広げられていたのは戦闘ショー。かつてルミナム大陸一の名ハンターと言われたリカオン獣人の戦闘は舞うように美しく。持久力で他の剣闘士を圧倒した。アルスも大きくなったら父母のように剣闘士になると、夢を抱いたものだったが、皇国に奴隷解放の機運が嵐のように吹き荒れた。
貴族や金持ちは奴隷を使役しているだけで罪になる。
突如解放された奴隷たち。使用人として引き続き仕えられた奴隷たちはまだよかった。しかし、会陰から催淫香を放つジャコウネコ獣人などといった、性的な目的で奴隷として扱われた者は、リーンの母のように貧民街でその日暮らしの生活を送るしかなかった。
奴隷剣闘士たちはその持ち前の身体能力で他の職業に就くのは容易だった。アルスの父母なぞ、今でも元気よく冒険者として活躍をしている。そしてアルス本人はというと、奴隷剣闘士になる夢は断たれたが、解放奴隷の子どもたちが集められた学校で、新たな夢を見つけた。教科書に載っていた皇都警備隊員。皇都で起こる様々な事件を解決していく仕事だ。いや、皇都警備隊にはその他にも多岐に亘る仕事もあるのだが、教科書に載っていたのは、事件を解決する話だった。逃げる犯人を索敵して追い詰める場面など、何度読み返したかわからない。ハンターとしての血が騒いだ。奴隷たちを教育により皇国で有用な人材にするという、皇国のプロパガンダにのせられた形だったが、アルスは皇都警備隊の職に就いた。
アルスとノウァの出会いもその頃のことだった。当時、皇都警備隊第三隊に配属されたばかりのアルスは、皇国でも指折りの商会である、フィンチノール商会で起きた強盗事件を調査していた。強盗といっても店員が脅されるでもなく、商会の金庫に納まっていた金や宝飾などが忽然と消えるという奇妙な事件だった。当然商会の金庫には魔封じが施されていたので、魔法を使っての犯罪ではないと当初は考えられていたが、余りにも鮮やかな手口だったため、やはり魔法での犯罪かもしれないと、魔塔へ捜査協力が依頼された。
アルスはその時まで、魔法氏族を見たことはなかった。どんな人間が来るのだろうと朝から落ち着かなかった。そして、アルスの上官である、皇都警備隊第三隊長の先導で現れた魔法氏族は、すっぽりと真っ黒なローブを頭から被り、音もなく現場に入って来たのだ。
(浮いているのか?)
アルスの優秀な耳にも、その足音は拾えなかった。異質な存在としてその場にいた魔法氏族が、フードを降ろすと、アルスは茫然とした。魔法氏族は、自分が得意とする魔法特性に応じた色彩を持つという。その男は、闇の属性に影響されているのだろうか。月のない新月の、とっぷりとした深い暗闇のような長い黒髪を高い位置で一束に縛っている。その髪留めは、男の瞳の色を模したようなアメジストで彩られていた。肌は、果たして人間なのだろうかと思うほど透き通り、暗い室内にあって、自ら発光でもするかのように白く浮き上がっていた。
「っ……はっ」
アルスはしばし止まっていた息を吐いた。男に見惚れていた自分の行動が恥ずかしい。何事もなかったかのように現場探索の作業に戻ったが、しかし、自分の意識はその男が微かにたてる衣擦れの音さえも逃せないほどに奪われていた。
「ノウァ様、お願いできますでしょうか」
「ん」
アルスの上司にノウァと呼ばれた男は、持参した機器を操作しながら、四方八方を向いている。どうもどうやら、その機器に備え付けられた棒で魔法の痕跡を探しているようだ。
「どうでしょうか」
「わからん」
「え? っと。探れませんか」
ノウァはやれやれとでも言うように溜め息をつくと、一気にまくし立てた。
「わからんもんは、わからん。魔法が使われたらしき痕跡はある。が、しかし、探知機に登録されている魔法パターンでは特定できない者が使ったのか、使用者の判別までは出来ていない。圧倒的に登録者の母数が足らないからだ。そもそもおかしいだろう。魔法証跡を提出しろと言われてほいほいと提出する魔法氏族がどこに居る? この探知機の開発をしている魔塔に属する魔法氏族でさえしぶしぶ提出しているくらいなんだぞ? 皇国も本気で魔法犯罪を取り締まりたいというならば、法律でもなんでも作って強制提出させるべきだろう! ったく。で? この中途半端な機械を使って何を探りたいというのだ? 皇都警備隊第三隊の隊長さんよ?」
アルスは、う、わー。っと思った。語彙力がなくなるほどに呆れた。感想が、う、わー。しか出てこない。あんな言い方ってあるか? あんなに美しいのに。残念美人だ。あの人のお守をしなければならない隊長に心底同情した。別にアルスたち皇都警備隊の面々も犯人特定まで出来るとは思っていない。魔法が使われたかどうかがわかるだけでも捜査の範囲が狭まる。それで充分であったのに。言葉の礫(つぶて)を浴びせられた隊長もしどろもどろになっている。とにかくその場では、魔法が使われたらしき痕跡があるということがわかったので、ノウァには退散頂くことになった。
「まあ、データは取れたから、解析は続けるけどな」
なんでも、魔法が使用された痕跡は、使用者の一族や、もともとの出身地ごとに似た特性があるのだそうだ。あんな口を利いておいて、本人が少ないと宣(のたま)った証拠からさらに解析をしてくれるのか。ちゃんと仕事はするのだな。俺は関わり合いになりたくないけれどと、アルスは思ったのだが──。
「嫌ですよ。あの方は調査結果を送ってくれると言ったんですよね?」
隊長に調査結果を取りに行けと命令されてしまった。
「しかも、取りに行く場所は紫闇の森ですか? 死ねと仰っています?」
ノウァはどういう方法かは不明だが、魔法氏族らしい方法で調査結果を送り付けると言って帰ったのに、頭の固い隊長は、調査結果を対面で受け取るべきだと、アルスに受け取りの任務を言い渡した。ノウァと関わり合いになりたくないアルスは、行き先が紫闇の森と聞いて更に受任を嫌がった。
「死なないだろう? 身体能力で言ったら我が隊一だぞ? お前」
いや、まあ、人間に比べたらそうだろうとアルスは思った。しかし、当のノウァが調査結果を送ってくれると言っているのに、そんな無駄任務はこなしたくない。
「まだまだ経験が足らないお前に、魔法氏族とお近づきになる機会を与えてやるんだ。ありがたく受任しろ」
散々ごねてはみたが、そこまで言われてしまったらもう断れない。アルスはしぶしぶ紫闇の森へと向かった。
†††
「うへぇ」
アルスは紫闇の森の外周を覆う霧を見上げて、ここ、入って行けるのか? と、疑問に思った。
「人間も獣人も寄せ付けないというか、入りたくない禍々しさだよねえ?」
しかし、ここを通って行かないとノウァが住むという、紫闇の森の中心部には行き着けない。
「なんで、こんなところに住んでるんだ?」
ぶつぶつ文句を言っていても始まらないので、アルスは覚悟を決めることにした。紫闇の森と、それ以外とは、明確に流れている空気が違う。その空気の境界を渡り、一歩森に入ってみた。
(あ、息できる)
紫闇の霧は毒々しくて、息も出来ないのではないかと思ったのだが、息は容易にできた。どことなくスイカズラに似た甘い香りもする。
(なんだ、意外といける)
アルスの今日の予定はこの任務だけで、隊長からは、遅くなるようならば直帰してもよいと言われている。ゆっくり目的地に着けばいいかと、歩を進めた。
そんなアルスの前に、一匹のうさぎが飛び出して来た。
(お? 可愛いな。うさぎか)
周囲の色に溶け込むように、黒い毛をしたうさぎが、その紫色の瞳をアルスに向けた。
(ノウァという、あの魔法氏族に似ていないこともない?)
【バカ! ぼーっとしてんな! 走れ!】
ノウァの頭にあの時に聞いた魔法氏族の声が響いた。
【こっちだ!】
うさぎがノウァを先導するように走る。アルスは慌ててその後に続いた。
バキバキバキバキ。
後ろで 凄まじい音がする。振り返れば、たった今アルスがいた場所めがけて人一人丸飲みできそうな大蛇が、その大きな口を開けて襲い掛かり、空振りをしていた。
「ぎゃ──……!」
何を隠そう、アルスは蛇が大の苦手だ。全身を覆うウロコも、するすると音もなく這う姿も不気味だ。そんな生物が捕食目当てでアルスを追っているのだ。怖い。
かつてないほどの速さでその場から逃げる。不思議なうさぎは俊足のアルスが最高速度で走っているのに、余裕でその前を先導していた。
走って、走って、アルスにしては珍しく、息も絶え絶えになった頃、突然陽光に照らされた。紫闇の霧が晴れたのだ。
「はあ、はあ・・・・・・っう」
息を整えながら、ぽっかりと広がった空間を観察する。その空間の真ん中には、大木を利用した屋敷が建っていた。小屋と呼ぶには部屋数は多そうなので、屋敷とした方が妥当だろう。先ほどまで自分を先導していたうさぎがその屋敷にすぅと吸い込まれていった。
「ここか?」
自分が目指していたノウァの家はここなのだろう。
【入り口は開いているから、勝手に入ってくれ】
やはりここで合っているらしい。大木の真ん中にある扉をギイと開けて入ると、螺旋階段を中心に、いくつかの部屋が連なり、上にのびている建物の構造が見てとれた。その上から下まで連なった中ほどにある階の扉が開く。ノウァが不機嫌そうに降りて来た。その足元には輝く魔法陣が展開されている。
(やっぱり浮いてる!)
初めて見たときは黒いローブに隠れて見えなかったが、今はローブを着ていないため、足元に展開された魔法陣もよく見える。常に魔法陣を展開し続けるということは疲れないのだろうかとアルスは思った。
「オタクの隊長さん、なんなの? 面倒くさいから調査結果は送るって言ってるのに、わざわざ人を寄こすなんてさあ」
開口一番、文句たらたらだった。そんなことを言われたって、アルスも来たいとは思っていなかった。しかし、考えてみれば、ノウァもアルスも等しく隊長に迷惑をかけられているのではないかと気付く。なあんだ。この人も可哀想ではないかと思えば、辛辣な言葉も可愛く感じた。
「皇都警備隊第三隊のアルスと申します。宜しくお願いいたします」
「ん」
「先ほど、黒いうさぎを寄越してくださったでしょうか」
ノウァはそれを認め、あれはノウァの使い魔で、自分の家を訪ねるという任務で死なれでもしたら後味が悪いから案内をさせたのだと言った。そして、
「走って逃げるというシンプルな方法だけで、魔獣から逃げ果せるとは思わなかった。第三隊の隊員すごいな」
妙なところで感心されてしまった。
「イヌ科か? ……種族は……?」
目を眇めてアルスを探るので、自分の種族を隠しているわけでもないアルスは、その疑問に答えた。
「リカオンです」
「は、あ? それはあまり聞いたことがない種族だな」
「私も自分の父母しか同族を見たことはないですね」
ルミナム大陸にある、リカオン獣人が多く住んでいた場所はもう、人間に蹂躙されてしまっているそうだ。未開の地を開拓するという名目で、その地区に移り住んできた人間。移って来たのは人間だけではなかった。古くから人間と共にあった一般的なイヌ獣人。──種族同士で交雑が成されていて、もともとの種族の判別がつかないので、「イヌ獣人」とだけ称される獣人だ。初めはなんということもない流感。所謂、風邪であったのだ。それが、人間からイヌ獣人、そして、リカオン獣人に伝播した。人間やイヌ獣人にとっては軽い症状で済んだものが、リカオン獣人たちには死病となる。抵抗力のない年配の者からバタバタと斃れて行った。体力のあった者が一命をとりとめもしたが、親のいない孤児も多数残されてしまった。人間たちはそういった孤児を保護したが、残念ながら善人ばかりではなく。シェリエス皇国はじめとしたライリア大陸にある人間の国に奴隷として売られていくことになった。その子孫がアルスの父母であり、自分である。
「種族としては減ったとは思うのですが、生まれたときからこの国で暮らしていて、今は警備隊員として働いていますので、あまり悲しみはないですね」
リカオン獣人の来し方を聞いて、ノウァは言葉を詰まらせ、「そう、か」とだけ応えた。思いもよらぬ重い話となり、気まずくもあったが、久々に人と話したノウァはアルスに夕食を共にしないかと誘った。
「あんなに速く走れるお前なら帰るのも問題なさそうだが、暗くなって来たことだし、食事だけでなく、泊まって行ってもいいぞ」
つんとした物言いだったが、探るように向けられた紫の瞳は期待に満ちていた。アルスは隊長から今日は直帰してよいというお墨付きをもらっている。明日はいつもより一時間ほど前に出れば、アルスの健脚ならば遅刻はしないだろう。なによりノウァが少しだけ可愛いと思いだしたところだ。泊まることを了承すると、早速ノウァが張り切った。ポン、ポン、ポン、ポンと魔法陣を展開すると、そこから黒いうさぎが何匹も飛び出した。うさぎたちは器用に二足歩行をして、ノウァの命令に従い、あるものは掃除をし、あるものはアルスの今晩の寝床を整える。数匹集まって、重たい寝具を運ぶところは可愛らしかったが、大変そうだったため、アルスが手伝いを申し出たのだが、うさぎたちはふるふると首を振って手伝いを断った。
キッチンとおぼしき所からは、トトン、ト……トンと、不規則な音がしている。アルスが覗けば、ノウァが一心に野菜を切っている。
「料理は普段しないんですか?」
手際の悪さを見かねてアルスが声をかければ、ノウァは顔を真っ赤にしている。
「こんなはずじゃなかったんだ……」
普段の食事はどんなものを食べているのか聞けば、オーツ麦をヤギ乳で煮ただけの粥や、干し肉。野菜はまるかじりや手でちぎるなど、なんともワイルドな食事を摂っているようだった。今日はお客さんも来たことだし、街に出た時に食べたスープでも作ってみようと思ったらしい。普段まるかじりしかしないのに、玉ねぎがあることに疑問を持たないでもないが、「玉ねぎはまるかじりでも美味しいぞ?」と、真顔で答えるので、この人は味覚が死んでいるに違いないと確信を持った。
「作りましょうか」
アルスが食事作りを申し出ると、ノウァはふんと鼻を鳴らして包丁を差し出した。アルスの特技は走る事だけではない。刃物使いも得意なのだ。皮を剥いた玉ねぎを中空に放ると、その動体視力と身体能力を遺憾なく発揮して落ちて来る玉ねぎをみじん切りにした。
「ほおおおお」
素直な感嘆の声を受けて、アルスは瞬く間にスープの下準備を済ませた。後は魔石コンロに火加減を任せればよい。
「料理、得意なんだな」
「得意というか、普通ですよ?」
アルスが所属する皇都警備隊第三隊の独身寮では、各自、自分で食事を作ることもあるし、遠征や災害に備えて野営訓練などもある。隊員たちは皆、料理をよくする。
「料理は使い魔たちがやらないんですね」
「まあな。あいつらの手は毛だらけだろう?」
確かに、料理に毛が混入していたら大ごとである。
「ちょっと相談に乗ってくれないか」
相談に乗って欲しいと差し出された紙袋の中には、茶色い粒が沢山入っていた。ぱっと見、ねずみのう〇こに見えなくもない。香りは香ばしい。
「何かの種子ですか?」
「ああ、カカオニブというものらしい」
魔塔の研究者たちは、定期的に共通の課題が出るそうなのだ。今の課題は、このカカオニブをどう使うか、また、どのような効用があるか調べるをいうもので、皇后様肝いりの研究らしい。カカオニブは、カカオ豆という豆を発酵して焙煎をしたもので、最近ルミナム大陸からもたらされたとの事だった。
「さくさくしてる食感は面白いけど……苦い、かな」
アルスが一粒つまんで口にした感想だった。
「月並みですけれど、クッキーに混ぜ込んだらどうでしょう」
屋敷の食糧庫を漁れば、植物油など、クッキーの材料になりそうなものがあったので、アルスは生地作りをした。魔石を使った冷蔵庫にはりんごも入っていたので、それも細かく刻んで入れてもみた。魔石オーブンで焼き上げれば、甘い香りがキッチンに広がった。使い魔のうさぎも集まって来て、ふんふんと鼻を鳴らしている。
「使い魔って食事するんです?」
「しないな」
食事もしないくせに、興味深々でキッチンを覗いているうさぎが、今日何度目かの可愛い称号をアルスから勝ち取っているなど、当のうさぎたちは知る由もないだろう。アルスがにまにまとうさぎを眺めていると、ノウァがくるくると何かを巻き取るように人差し指を立てて回した。すると、うさぎたちがかき消えてしまった。
「あ、あ──……」
思わず残念そうな溜め息をもらすアルスに、ノウァが目をしばたたかせた。
「どうした?」
「いえ、可愛いかったので……」
残念がるアルスを見て、ノウァは声をたてて笑った。
「あはは。いつでも出してやるから」
地味に魔力を奪うので、常時出してはおけないが、機会があればまた出してやると笑われた。これはまた来いよというサインかなと、あまり人に慣れない野生動物が慣れてくれたようで、アルスは胸が高鳴った。
二人で摂る食事は、思いの外楽しかった。ハーブで焼いた鶏肉、スープに、オムレツ。素朴な食卓だったが、ワインの力も借りて、すっかり打ち解けた。デザートのクッキーは、オーツ麦とカカオニブでざくざく食感が面白いものになった。
「これ、癖になる」
「カカオニブの苦味と甘い香りがなんとも言えなくて、群蜂の蜜が濃厚で。粗めに砕いた岩塩が蜜の甘味を引き立ててます。美味しいですね」
カカオニブのクッキーは、案外つまみとしても優秀だった。いい気になって食べていると、徐々に二人に変化が訪れる。
「暑、くないです?」
「ん。そうだな」
それになんだかえっちな気分になっている。上気した顔でアルスがノウァを見れば、ノウァの色白の頬がほんのりと熟れた桃のように上気している。意外に肉厚な唇はサクランボを思わせた。つやつやと赤い唇が甘そうで、吸い付いたらさぞかし美味しそうである。
アルスはソファーに並んで座っていたノウァの鼻に自分の鼻を擦り付ける。これは、リカオン獣人が親愛の情を示す仕草だ。
「キスしていいか?」
そういえば魔法氏族って、認定されただけで叙勲されるんだよな……。この人も当然お貴族様だよなあと、アルスはぼやけた頭で考えたが、理性よりも性欲が勝った。こくりと頷くと、むちゅーっとねっとりとしたキスをされる。
「んっ……は」
空気を求めて口を開けば、狙ったように舌が侵入してくる。口蓋の襞をなぞられるとぞくぞくと快感が背中を駆けあがってきた。
「すげえ、いい匂い」
ノウァが漏らした言葉に、アルスは恥ずかしくなる。リカオン獣人の体臭は自分でもキツい方だと自覚していて、日に何度も水浴びをするし、就寝前にはハーブ入りの石鹸で念入りに身体を擦る。
「臭い……です、よね?」
恥ずかしがるアルスのことを、ノウァは可愛いと言った。
「いい匂い。香ばしく煎った豆、かな」
それ、いい匂いなのかな? と一瞬考えたが、そんな余裕は四散する。夢中でシャツのボタンを外して、ズボンを下ろし、下着も脱ぎ捨てた。すでに陰茎はよだれをだらだらと垂らしている。アルスの背骨に沿って生えている体毛をノウァが撫で上げると、艶めいた溜め息をアルスが零した。ノウァのほの白いが、意外に男らしい手で触れられるとどこもかしこも気持ちがいい。キスをされたまま、裏筋を合わせ、互いの陰茎を支えて息をあわせて腰を振ると、同時に登りつめた。下になっていたアルスの腹に、二人分の精子が池を作る。
「はは、すごい量」
イヌ科獣人の吐精は長い。ノウァの陰茎は既に射精を終わらせ、その鎌首を下ろしているが、アルスの陰茎はびゅくびゅくと射精を続けていた。
「いい眺め」
ノウァがむにむにと口を動かすと、アルスは自分の尻に違和感を覚えた。
「え? あっ、なに? あついよお……あんっ。ど、うなって?」
アルスの尻がぬるついている。まるで香油を塗り込めたようだ。
「洗浄と、湿潤」
ノウァがアルスの尻を魔法で洗って、湿り気を与えたらしい。エロ特化した魔法を見せつけられて、尻奥がきゅんきゅんした。ノウァはアルスのしなやかで長い、褐色の脚をM字に開く。そこにはまだ、双球を上下させて射精を続ける陰茎があった。その精子を掬い取り、指に纏わせると、アルスの尻穴に指を滑り込ませた。
「あっ、あっ」
「いい反応」
探るように指を動かせば、その度に艶めいた喘ぎ声を上げる。我慢できないとばかりに腰を揺らめかす様子に、もっと狂わせたくなる。もう片方の手首をスナップさせる、指先に紫闇の霧を固めたような、しなやかな黒くて細い物体がかたどられた。その細くて長いものをアルスの射精を続ける陰茎の鈴口へゆっくりと挿入させていく。
「や……なに? あっあっ……やだぁ……せいしとま、っちゃう……こ、わいい」
尿道を遡り侵入する黒い物体は、アルスの精子を堰き止めてぶちゅぶちゅと奥を目指す。そして、尻穴から挿れられたノウァの神経質そうな白い指と、黒い物体でアルスの前立腺を挟み込み、同時に刺激する。
「や、やぇ、やえへっ! そこ、ぐりぐりやぁぁっ! おかしく……お、おかひくなるぅ」
アルスは激しく首をふり、どうにか過ぎた快感から逃れようとするが、無理だった。
「も、むぃ、むぃだからぁ! おねがいっ、おねがいしますぅ」
懇願をする。
アルスももう既に何をお願いしているのかわからない。一つ言えることは、与えられている快感よりも、違うものを欲していることだった。
「ちょうだいっ……ちょうだいっ……ちがうの。もっと……ああっ」
「何が欲しい?」
ノウァの指が抜かれ、アルスのそこからはぶひゅっと空気の抜ける下品な音がした。
「カカオニブか……催淫効果ありで、獣人の方がより多く現れるみたいだな」
意外にも冷静に分析している言葉が降って来てアルスは悔しくなった。ノウァがその切先をアルスに宛がい、浅いところでぐぷぐぷと弄んでいたのを、脚をノウァの背中に絡めて腰を寄せる。
「あ……あああっ……すごいっ」
ずぶずぶと自ら引き寄せた熱杭を引き入れていく。
「ワルい子だな……ほら、脚緩めないと動けないから」
ぎゅっとホールドしていた脚を緩めると、ノウァの激しい抽挿が始まった。
「おく……ずん、ずんって! おっおっ……あ、せいしだしだいよ……だじだいぃぃ」
アルスの陰茎には黒い物体が刺さったままだ。堰き止められた精子ではちきれそうなほど張りつめ、ノウァの抽挿に合わせてぶんぶんと踊っている。
「ほら、イけ。尻だけでイけよ」
容赦のないノウァの言葉に、アルスのそこは不規則に蠢いた。
「あ、あ、ああああ──……」
じわりと熱いものがアルスの奥に広がる。ノウァの意外に筋肉質な白い背中に腕を回せば、大きく上下している。アルスはその背中越しに窓の外の月を見た。
†††
(ああ──……やっちゃった……)
昨夜はソファーで交わったはずなのに、目覚めるとベッドの上だった。隣には魔法氏族の男が朝寝を決め込んでいる。昨夜のうちに清めてくれたらしい、あんなにどろどろだったアルスの身体はさらさらとしていた。しかもこころなしかいい匂いがする。その匂いがノウァのものであると気づくと、途端に恥ずかしくなった。昨夜の交わりは二つの身体が一つに溶け合い、その輪郭がなくなるほどに気持ちが良かった。ノウァはそれほど性経験がある方ではなかったが、これ、一生忘れられなくなるくらいのセックスだったのではないかなと思った。
(今、何時だろ)
時間の事に思い至り、はっと気付く。やばい。遅刻だ! 紫闇の森から皇都警備隊の屯所まで行くのにいつもより一時間早く出る必要があると自分で見積もってはいたが……。慌てて服を着こむと、昨日渡された調査結果が入った背嚢を背負ってノウァの家を飛び出した。ノウァに朝の挨拶も何もしなかったけれど、遅刻はやばい。アルスは昨日たたき出した自己ベストを更新する勢いで紫闇の森を駆けた。途中、森に住まう魔獣が何度も襲いかかろうとして来たが、アルスの脚に敵うわけもなかった。
†††
その後、ノウァの調査結果を無事に届けたアルスは、隊長から正式に魔塔(主にノウァ)への連絡係をするように命じられた。何かと小難しい魔塔の魔法氏族との付き合いにほとほと困っていた隊長に押し付けられた形だ。人はこれを丸投げという。
アルスは何故か魔法氏族に可愛がられた。少々面倒くさい任務を依頼しても、アルスが伝言役で魔塔に赴くと「もふもふ無罪」と、わけのわからん呪文を魔法氏族に唱えられて受任をしてくれる。医術を伴うような作業は、聖力を擁する教会の方が得意とする作業であったりするのだが、聖女様に依頼しなければならないような重症の場合、手続きが面倒な教会にお願いをするよりもノウァに直接依頼する方が速い。そういった意味でもノウァと懇意にしているアルスの存在は便利であった。
(ついでにちんこ突っ込まれるけどさ)
キメセクではあったけれど、大層気持ちの良いセックスをしてしまったアルスは、ノウァの屋敷に行くとなし崩し的にセックスをしていた。
(街に行ってナンパしているらしいけども)
魔塔との繋がりが出来てから、色々な噂話がアルスの耳に入るようになった。アルスと出会う前からノウァは街に出て女の子をナンパしていたらしい。そういえばセックスも上手い。そんなノウァにとって自分とは? と、突き詰めて考えると、どう考えてもセフレでしかない。虚しい気持ちにもなるが、アルスはノウァとの逢瀬を重ねた。
†††
「ほら、まだ音を上げるには早いぞ?」
ジャコウネコ獣人のリーンを孤児院に預け、戻って来たら早速押し倒された。リーンがいる間、セックスをしていなかったため、ノウァも溜まっていたのかも知れない。今日のセックスはしつこかった。
バックで繋がっていたノウァが腰をグラインドさせてアルスの腸壁をかき混ぜる。
「ああ、んっ。さっきイった! イってるのにぃ」
アルスの射精は長い。一度吐精が始まればセックスが終わるまで吐き続けることもある。
「お前のイくの終わりがわからん」
ノウァにそんなことを言われても、アルスにもよくわからない。ノウァとのセックスは最初こそキメセクであったけれど、その後はそのような薬物に類するものを使ってはいない。しかし、どんなことをされても気持ちがいいのだから始末に負えない。なんでもノウァはアルスに流れる水分や、筋肉の動きなどを観察して、アルスがイき狂うツボを押さえているらしい。どう考えても敵う訳がない。
「アルス、卵埋めていい?」
「はい?」
卵って、卵? ココとククの? ココとククとは、ノウァの屋敷で飼われているニワトリで、メイとベーがヤギの名前だ。いや、そんなことではない。焼ききれそうな快感の中でアルスは必死に考える。でもわからない。
「ちょ、一旦抜いて?」
ずろろろと、ノウァの長大な陰茎が抜き去られ、ベッドの上で二人は相対した。
「どういうこと?」
アルスが問い詰めると、ノウァは生き生きと自分の新たな研究について語り出した。
「取りい出しましたる、この卵」
芝居がかった物言いで差し出しされた瓶の中には、青白く光る親指の先ほどの細長い球体があった。
「これを、セックスを受け入れる方の胎の中に入れます。そして、奥深くにある卵に精子を振りかけると、あーら不思議! 子どもができるのです! これは性別関係なく妊娠が出来るようになる卵です! 但し、子どもができるには条件があります! セックスする二人が愛し合っている必要があるということです!」
ちょっと待ってくれとアルスは頭の中を整理する。先ず、情報量が多い。
(性別関係なくって、男の俺でも? いやいやいやいや、ないでしょう? そして、最後の一言。愛し合う、とは? だって、つい最近も街で女の子をナンパしていたって……聞いたぞ?)
「……愛し合うって、俺たちの間に愛はあるの?」
「え……?」
ノウァがわかりやすくショックを受けている。
「ええええ! アルス、僕のこと愛していないのか?」
「いや、俺は、好きだよ? 愛してる」
「じゃあ、僕たちは愛し合っているってことなんじゃ?」
「……街でナンパしてたって聞いたけど?」
「誤解だ! ナンパなんてしていない!」
「肉屋のキーラは?」
「試食の肉が美味しかったと笑いかけただけだが?」
「花屋のラナは?」
「先日分けてもらった野菜の種がよい実をつけれくれたと褒めただけだが?」
「聖女のナターシャ様は?」
「あの方を恋愛対象なんかで見たら、とある魔王から抹殺される」
とある魔王とは誰なのか。気になるところではある。いや、それは置いておいて。もし、ノウァの言う通りだとして、それが何故ナンパと誤解されたのだろうか。
「でも、女の子には好かれたいんですよね?」
全然女の子受けしていないが、ノウァなりのおしゃれをして街に出掛けるのは何故なのか
。
「僕は母を早くに亡くしているから、女性には好かれていたいんだ」
(それは、女性イコール母親の代わりということ? 母性を求めて女性にだけよい対応そしているのか?)
ノウァの優秀な頭脳で展開される思考は、時としてアルスの理解の範疇を超えていた。
「色々疑問が残るけれど、俺たちってつまり、両想い……?」
うんうんとノウァが高速で頷いた。
「は、あ──……そっか」
ノウァがアルスの目の前にそおっと卵であるという物体が入った瓶を差し出す。研究目的で言っているのか、果たしてアルスたちは愛し合っているのか。
「この、愛の結晶が実ればわかるのだが」
愛の結晶って……プっと吹き出したアルスはノウァに向かって腕を広げた。
「とりあえず愛し合ってみよっか」
男の自分が子を孕むなど、絵空事としか思えない。が、しかし、ノウァの能力が高い事は知っている。卵を受け入れるということは、もう少し、ほんの少し、本当に二人の間に愛なんてものがあるのか、実感をしてから考えよう。アルスは男に限定するならば、自分にだけ甘い男を抱きしめた。
─了─
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