1度きりの2度目

石楠花

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「いってきます。」
ドアを開けると心地よい風が体を通り抜けていく。少し前までは外に出るのさえ嫌なくらい寒かった。ましてや春休み中に1度も外に出てない自分からしたら寒い日は嫌いだ。
しかし今日は気温も暖かく外に出てもいいかなと言えるであろう。というより出なくてはいけない。学校初日だ。
目の前には淡紅色の桜の絨毯が敷かれている。風に揺れて桜の花びらが揺れている、何を想って揺れてるのかな、散った桜に目を向ける人なんているのかな。なんて自分らしくないことを考えながら歩を学校へと進める。目の前には桜並木が広がっている。春にしか見ることの出来ないこの景色に生まれてから何度目かわからないが胸が熱くなる。何度見てもこの景色は飽きない。夏や秋、冬の景色は楽しみではないのに春だけは毎年楽しみだ。
学校への道を歩きながら少し物思いにふけってみることにした。やっぱり自分はこの季節が大好きだ。自分は今までの人生の中でたくさんの小説を読んできた。その中で描かれてきた春の世界観が何よりも好きだ。出会いと別れの季節だけでなく色や匂い、耳などから入る感覚が春夏秋冬の中で1番素敵だと思う。だから僕は春が好きだ。
そんなことを考えるといつの間にか周りには制服を着た学生が増えてきた気がする。自分が通っている学校は家から徒歩数分だ。近いからと言うだけでこの学校を選んだ。幸いなことに頭は悪くはなかったから選べる領域にいた。友達と呼べる友達も中学の頃にはほぼいなかったから勉強と読書しかしていない。部活は剣道をやっていたが、小説に出会ってからは、サボることが増えたと思う。中学の頃は今から思えばとにかく目立ちたくなかったのだと思う。中2の頃に小説に出会ってから自分の世界を大事にするようにした。それまでは割と活発な方だったと思う、小学校の頃には野球クラブに所属していてスタメンではなかったが集団の中で過ごすことに楽しさを感じていた。中学校に入学してからも剣道部に所属し、礼儀を学び、日本の武道を知り充実した毎日を送っていたと思う。
しかし、中学1年の1月の正月休みが明けてからのある日に、小学校からの友達で同じ剣道部の泉千春に声をかけられる。
「ねえ大和、この小説読んでみない?」
そう言って渡されたのは剣道を題材に書かれた小説だった。裏表紙のあらすじを読んでみると、高校生の剣道をやっている友達がお互い切磋琢磨するような内容だった。
「いや興味ないからいいよ。小説ってつまらないし。」
そう言うと千春は「読んでみてよ、試しでもいいから。結構面白いよ」と言う。読まないと伝えても読んでとしつこいのでとりあえず受け取ることにした。
放課後、部活を終え家に帰り、明日の準備をしてるとふとこの本が目に入った。剣道が題材ではないなら読まなかった間違いなく読まなかっただろう。しかし剣道ということに惹かれ少しだけ読んでみることにした。
…………何分たっただろうか。時計を見ると1時間ほど経っていた。気づいたら50ページほど読んでいた。文字だけということもあってすぐに飽きると思っていたが、五感の表現や、季節の表現を文字でしているのを読んでそれが想像出来るのが新鮮だった。読めば読むほど惹き込まれるような不思議な感覚だった。それから自分は本の描く世界観に惚れていった。月に何冊も読みその度に自分も成長出来るような、自分の今までの生き方を見直せるような感覚になった。そして、今があると思う。そんなことを思い返しながら校門を過ぎ昇降口へ向かっていく。
「おはよ!」
前から千春が歩いてくる。そう、自分に小説を進めた泉千春は僕、蒼井大和と同じ高校に進学していた。千春は僕と比べると勉強はできないが剣道で成績を残していた為、推薦で入学したらしい。楽で良いものだとも思ってしまう。
「おはよう、千春は新年度早々部活?」
千春は防具袋を持っていた。大方朝練を終え防具袋を体育館に置くのであろう。
「そうだよ、大会が近いからね。大和は相変わらず陰キャしてんのー??」とニヤつきながら声をかけてくる。
「うるさい、臭い、早く置いてきて。」
「うわ、辛辣、はいはいじゃー後でねー」
僕は千春を無視して教室へと向かう。
2年生になった僕は千春と同じクラスになったようだ。1年の頃は違った為、大人しく過ごせていたが今年はわからないように感じる。今から憂鬱だ…
教室に入っても声をかけられることはない。1年生の頃の友達と自然に固まって話しているからだ。自分も特にそれに対して気にすることはない。
席に着き一限の準備をする。一限は英語、苦手ではないが得意ではない分類だ。
時計を見ると授業が始まるまで10分ほど時間がある。カバンから一昨日買った小説を出して読むことにする。今は1ヶ月に2、3度、本屋に立ち寄り新しい小説を探している。行けば必ず買うので、多い方だと思う。
本を選ぶこの瞬間は何にも変えられない好きな時間だ。たくさんの本の中から自分に合った本を探す、気分はまるで宝探しだ。この本はその宝探しで得た自分にとって宝である。
小説を読み始めると自分の世界に入る。
小説を読む間だけは周りがどんなにうるさくても気にならない。自分はそう思う。いかに小説の中に入り込めるか、それも小説を読む上での楽しみだと自分は思う。
少しするとチャイムが鳴る。
自分の世界に入ると、チャイムの音を感じるのは聴覚のみになる。無論視覚から直接チャイムの音は感じないが周りの雰囲気から察することが出来る。だが、小説を読んでると視覚は文字を追い聴覚だけで感じるだけだ。
チャイムの音が聞こえたら小説を閉じる。いい展開の時にはキリのいいとこまで読んだりするが今回はちょうどいいとこだったので本を閉じて授業へと気分を向けていく。
教師が入ってくると、自然と話し声も消え、授業へのムードが作られる。
「号令お願いー」
「起立、着席、礼」
授業が始まる。
この流れを今まで何度したのだろうか。正直この形である必要は全くないと思う。それこそどこで見たような一人一人担任とタッチとか踊ってから授業を始めてもいいと思う。
その考えが正しいか、間違いかで言ったら日本的には間違いになるのだろう。日本は自分は無駄に礼儀を大事にしている気がする。もっと気楽でいいと自分は思う。
そんな変わらない毎日が始まってから数日、僕は思いもよらない方向へと進んでいく。
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