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「エインが行けばいいのに」
そんな声が聞こえて、私は思わずケインの方へと視線を向けた。そこで初めて彼が私に視線を向けていることに気づく。
横では妹のエルザが顔に手を当てて泣き伏しており、ケインは妹の肩を抱いていた。
お互いの視線が交わり、重い沈黙が流れる。
わざわざ私に視線を合わせて言ったこと。エルザに付き添った肩に当てた手を外そうともしないことから、彼は自分の気持ちを顕にする決意を固めたらしい。
これからの会話次第では私たちは二度と関係性を元に戻すことは不可能となるだろう。それでも私は言及しなければならなかった。
元々分かっていたことだ。ならば今こそ私たちは本音で語り合うべきなのだろう。
私は視線を外そうとしないケインに注意深く目を向けて発する言葉を選んだ。
「それはどう言う意味かしら」
私の言葉にケインは一瞬ばつが悪そうな顔をした。しかし次の瞬間には開き直ったようで、
「帝国には君が行くべきだ。国に残るべきは優秀な聖女。八の旋律を全て奏られるエルザこそ、この国には必要だと思わないか?」
普通に考えればそれは至極当然な言葉だった。
サレント王国は小国ではあれど、リーヴァレント帝国にも聖女の噂くらいは届いているはずだ。
優秀な聖女と、落ちこぼれの聖女。縁談相手に選んだのであれば当然、私たち双子のことを知っているはずである。そのうえでどちらかの王女を求めるということは『聖女』という肩書きが必要なのであり、個々の能力は問わないということ。
それならば、落ちこぼれでこの国にいても何の役にも立ちそうにない私より、エルザが国に残る方が余程有益といえる。
道理は分かる。理屈も分かる。彼が言っていることは至極正しいことだ。
けれど。その言葉が何よりもケインが私をなんとも思っていないという事実を告げていた。
それが何よりも私には辛かった。
――私は、貴方の中では本当にただの婚約者だったのね。
ケインの中に私への想いは最初から存在しなかった。私の介在する余地などなかったのだ。
「そうね。私が行くべきなのかもしれない。けれど、私の婚約者である貴方がそれを言い出すとは思わなかったわ。それは本心からそう言っているのかしら?」
エルザのためではないのか。
あえてそう言わずに問いかけると、彼はエルザに視線をやり、頷いた。
「あぁ。エルザより、君が帝国にいくべきだ。私はそう思っている。そのためには――この婚約が破棄になっても仕方ないと思う」
――嘘つき。
嘘つき、嘘つき、嘘つき!
本当は自分がエルザといたいだけのくせに。本当は私と別れる口実を作れて内心嬉しく思っているくせに。
そう叫びたかった。そう糾弾してやりたかった。心の底から罵詈雑言を叫んで、怒りのままに婚約者に悪態をつきたかった。
けれど、婚約者のその言葉を聞いた瞬間。
すうっと、心が冷えた。
それは最後に抱いた私の期待が無惨にも打ち砕かれたものだったのかもしれない。
私の心がこれ以上乱されるのを防ぐために全てを閉ざしてしまったのかもしれない。
突然何もかもがどうでも良くなり、スっと席を立ち上がる。私の行動にケインは戸惑いを見せ、彼に抱かれながら泣きじゃくっていたエルザが顔を上げる。
泣く姿まで麗しく、愛らしい妹。
本当に可愛い私の妹。双子とは思えないほど私には似つかず、それでいて私には持ち得ない才能と美貌に恵まれた何もかもが正反対な私の妹。
何もかもを持っていた妹と、何も持ち得なかった私。
婚約者すら、彼女に奪われてしまったのだ。
浮かんだ感情全てを押し殺し、私は不自然ににこりと妹に笑いかけた。そのまま私は元婚約者の元まで近づく。
「そう。では私が帝国に行くことにするわ」
その言葉にエルザとケインが嬉しそうな顔をし、私はそれを見逃さなかった。
決して貴方たちのためではない。国のために私は帝国に嫁ぎましょう。大丈夫。自分の気持ちを押し殺すことには慣れた。愛されないことにも慣れた。
――けれどね、諦めることに慣れた私でも許せないことはあるのよ。
私という婚約者がいながら、妹にも手を出していた不届き者にはそれ相応の裁きを受けてもらう。
パァン!
全力で右手を振りかざし、力の限りを込めてケインを平手打ちした。
そんな声が聞こえて、私は思わずケインの方へと視線を向けた。そこで初めて彼が私に視線を向けていることに気づく。
横では妹のエルザが顔に手を当てて泣き伏しており、ケインは妹の肩を抱いていた。
お互いの視線が交わり、重い沈黙が流れる。
わざわざ私に視線を合わせて言ったこと。エルザに付き添った肩に当てた手を外そうともしないことから、彼は自分の気持ちを顕にする決意を固めたらしい。
これからの会話次第では私たちは二度と関係性を元に戻すことは不可能となるだろう。それでも私は言及しなければならなかった。
元々分かっていたことだ。ならば今こそ私たちは本音で語り合うべきなのだろう。
私は視線を外そうとしないケインに注意深く目を向けて発する言葉を選んだ。
「それはどう言う意味かしら」
私の言葉にケインは一瞬ばつが悪そうな顔をした。しかし次の瞬間には開き直ったようで、
「帝国には君が行くべきだ。国に残るべきは優秀な聖女。八の旋律を全て奏られるエルザこそ、この国には必要だと思わないか?」
普通に考えればそれは至極当然な言葉だった。
サレント王国は小国ではあれど、リーヴァレント帝国にも聖女の噂くらいは届いているはずだ。
優秀な聖女と、落ちこぼれの聖女。縁談相手に選んだのであれば当然、私たち双子のことを知っているはずである。そのうえでどちらかの王女を求めるということは『聖女』という肩書きが必要なのであり、個々の能力は問わないということ。
それならば、落ちこぼれでこの国にいても何の役にも立ちそうにない私より、エルザが国に残る方が余程有益といえる。
道理は分かる。理屈も分かる。彼が言っていることは至極正しいことだ。
けれど。その言葉が何よりもケインが私をなんとも思っていないという事実を告げていた。
それが何よりも私には辛かった。
――私は、貴方の中では本当にただの婚約者だったのね。
ケインの中に私への想いは最初から存在しなかった。私の介在する余地などなかったのだ。
「そうね。私が行くべきなのかもしれない。けれど、私の婚約者である貴方がそれを言い出すとは思わなかったわ。それは本心からそう言っているのかしら?」
エルザのためではないのか。
あえてそう言わずに問いかけると、彼はエルザに視線をやり、頷いた。
「あぁ。エルザより、君が帝国にいくべきだ。私はそう思っている。そのためには――この婚約が破棄になっても仕方ないと思う」
――嘘つき。
嘘つき、嘘つき、嘘つき!
本当は自分がエルザといたいだけのくせに。本当は私と別れる口実を作れて内心嬉しく思っているくせに。
そう叫びたかった。そう糾弾してやりたかった。心の底から罵詈雑言を叫んで、怒りのままに婚約者に悪態をつきたかった。
けれど、婚約者のその言葉を聞いた瞬間。
すうっと、心が冷えた。
それは最後に抱いた私の期待が無惨にも打ち砕かれたものだったのかもしれない。
私の心がこれ以上乱されるのを防ぐために全てを閉ざしてしまったのかもしれない。
突然何もかもがどうでも良くなり、スっと席を立ち上がる。私の行動にケインは戸惑いを見せ、彼に抱かれながら泣きじゃくっていたエルザが顔を上げる。
泣く姿まで麗しく、愛らしい妹。
本当に可愛い私の妹。双子とは思えないほど私には似つかず、それでいて私には持ち得ない才能と美貌に恵まれた何もかもが正反対な私の妹。
何もかもを持っていた妹と、何も持ち得なかった私。
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浮かんだ感情全てを押し殺し、私は不自然ににこりと妹に笑いかけた。そのまま私は元婚約者の元まで近づく。
「そう。では私が帝国に行くことにするわ」
その言葉にエルザとケインが嬉しそうな顔をし、私はそれを見逃さなかった。
決して貴方たちのためではない。国のために私は帝国に嫁ぎましょう。大丈夫。自分の気持ちを押し殺すことには慣れた。愛されないことにも慣れた。
――けれどね、諦めることに慣れた私でも許せないことはあるのよ。
私という婚約者がいながら、妹にも手を出していた不届き者にはそれ相応の裁きを受けてもらう。
パァン!
全力で右手を振りかざし、力の限りを込めてケインを平手打ちした。
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