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2 落ちこぼれ聖女は真実を知る

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 決して悪いことをしてはいないのに、いけないものを見てしまった気がする。

 今しがた見た光景が頭を離れず、私は走ったことにより激しく呼吸をしながら自室の扉に身体を押し当て、そのままずりずりとへたり込む。

「エルザとケインが愛し合っていたなんて……」

 私――エイン=セラ・ヴィンサレントの婚約者ケイン・アランベルはここサレント王国の由緒ある公爵家の次男である。

 彼は二年後、サレント王国王女であり『聖女』である私と結婚する筈だった。

 サレント王国の聖女。それは王族でありながら奇跡を成す光の魔力を旋律にのせ、唄うことで力を使う特別な存在。

 初代の聖女ルシア・ヴィンサレントが戦争の最中苦しむ人たちを救うために『光の御業みわざ』と呼ばれる聖女の力に目覚め、その力によって戦争を止めた。

 多くの民を救った聖女の元に人が集い、平和を維持するためルシアはひとつの国を作った。
 それがサレント王国であり、その血を受け継いだ王族の女子は『光の御業みわざ』を授かり、聖女となる。

 双子の妹であるエルザ=ローズ・ヴィンサレントはサレント王族の中でも特に偉大なる聖女と言われた母オーレリアの才能を受け継ぎ、初代聖女が書き記した八つの旋律全てを奏られる。

「エルザは完璧な聖女だものね……。それに対して私は……」

 八つの旋律には適性があり、聖女の才能に応じて奏でられる唄は決まっている。妹はその全てを唄える優秀な聖女であるのに対し、私は落ちこぼれ聖女と言われていた。

 思えば優秀な双子の妹は生まれつき全てを兼ね備えていた。

 美貌だった母の容貌を受け継ぎ、ふわふわとしたプラチナブロンドに丸い大きなサファイアの瞳は愛らしく、小柄で華奢な身体は誰もが守ってやりたくなるような可憐さがあった。

 聖女としての才能に恵まれながらその才能に奢ることなく、母の厳しい特訓にも耐え、光の魔力を旋律にのせて唄う姿はとても美しい。

 どれだけの年月を要してもひとつも旋律を奏でることができない私を母は見限り、妹にばかり入れ込むようになったのも必然だったのだろう。

「そりゃそうよね。私なんていつまで経っても聖女としての力は目覚めない、名ばかりの聖女だもの……」

 光の御業を成す聖女には光の魔力が宿り、その能力に応じた名前がつけられる。
 母は『夜明けのオーレリア』と呼ばれ、妹は『明星のエルザ』と呼ばれている。どちらも優秀な聖女につけられる名前だった。

 そして私につけられた名前は――宵闇よいやみ
 光の魔力を宿す聖女でありながら、ひとつの旋律も奏でられない私は、光を持たない『闇』の存在ということだ。

「聖女としても王女としても不甲斐ない私が、誰かに愛されようというのがそもそもの間違いだったのね」

 生まれた時から決められた私の婚約者。アランベル公爵家の次男という立場にありながら、朗らかで明るい性格でいつも何かと私を気遣ってくれる優しい存在だった。

「でもケインはエルザのことが好きで、エルザも……」

 脳裏に浮かんだ二人の姿。
 忘れようとしても忘れられる訳が無い。熱く絡みあう二人は恋愛小説で見た恋人の姿そのものだった。

「私はやっぱり誰からも愛されないのね」

 分かっていた。ケインが自分に向けるものは恋愛感情ではないと。彼は優しかったが、私を抱き寄せようとしたことは一度もなかった。
 エルザに向けるような熱い視線を私に向けたことなどなかった。

 彼が私に向けているのは家族に向けるような親愛だと分かっていた。分かっていたのだ。それでも婚約者なのだから、いつかは互いに愛し合えるようになると、淡い幻想を抱いていた。

 全ては夢だったのだ。私が抱いた愚かな夢だった。

「愛されると期待していた私が愚かだったのね」

 ぽたり、と床に雫が舞い落ちる。
 それはひとつ、ふたつと増え、ふかふかの絨毯を濡らしていく。

「うっ……」

 虚しさと悲しさが込み上げてきて、溢れて止まらなくなった涙が頬をつたう。
 信じていたものが崩れ去った。空虚になった胸にはただただ悲しさが残るだけだった。

 婚約者は妹を愛している。
 そんな知りたくなかった現実を知り、私はただ泣くことしかできなかった。

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