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28 従者は己を振り返る
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「ここは相変わらず変わらないんだな」
ゼストは久方ぶりに目にした、自分にとっては忌々しい思い出しかない教会を見上げ、一人つぶやく。
美貌を嫌悪感に強ばらせるその表情は、クラリスの前では絶対に見せない、彼にしては珍しく荒れた姿であった。
悠久の女神アルキュラスを模して作られた大理石の女神の彫刻が真ん中に据えられ、その周りには今日もたくさんの信者が集い、祈りを捧げる。
アルジュラ教総本山。グレイブル王国の実質の暗部。アルシェラント教会はそうやって表では清廉潔白を謳いつつ、裏では非条理な事をやる。
全ては女神のためと謳い、自分たちに都合よくするため。
「本当に、変わらなすぎて反吐が出る」
心底不機嫌にそう吐き捨て、誰もいない教会の一室に忍び込み、ゼストは教会での忌まわしき日々を思い出していた。
「『障り』を侵食させ弱らせた精霊の真名を縛り、人間の器に入れて支配する。精霊封印術と呼ばれる悪しき術により、我が同胞はその大半が奴らの手に落ちてしまった。女神以外の信仰を全て否定し、使役する。アイツらはそうやって女神の名を完全なものにしようとしてきた」
人間の負の感情から生まれる『障り』を浄化する。そのために女神アルキュラスによって祝福され、この世に誕生する聖女。
しかしそれを悪用していたのは、そのアルキュラスを信仰する教会本部だった。
聖女によってのみ浄化することができるとされる『障り』は、しかし邪な負の感情を持つものと稀に共鳴することがある。その共鳴に成功すれば『障り』をある程度支配下に置くことができるのだ。
教会はその事実にいち早く気づき、女神信仰を完全なモノとするためにそれを利用することにした。
まずは女神と同じように異国で信仰されている精霊を根絶やしにしようとしたのだ。
「次々と同胞が消えていく。私はその事実に気づき、原因となっている教会に侵入した時には、精霊封印術は既に私を縛るほどに強大なものになっていた」
精霊にも多少『障り』に対する耐性はある。それは精霊が女神と同じ人ならざるモノであるからだ。
しかしかの悪しき教会はそれに対抗する手段を用意していた。
それが『真名の縛り』の儀式。
精霊は気に入った人間に加護を与える時、名前を付けてもらうことで存在を安定させる。
それは真名と呼ばれ、名付けられた精霊そのものを表す言葉となる。
教会はそれを利用し、強制的に名付けの儀式を行うことで精霊の存在を縛った。縛られた精霊はそれに抗うことはできなくなる。そこを『障り』によって弱体化させ、人間の身体に埋め込むという封印方法を完成させたのだ。
「私はゼストグロウとして名前を縛られ、教会の奴隷と成り果てた」
弱体化した力では教会の縛りに対抗するだけの力がなかった。封印の受け皿となった人間の肉体はまだ未熟で、強制的に精霊王としての力を振る舞えば壊れそうだった。そうなれば肉体と一体化してしまった自分も滅びてしまう。
ゼストにとっては屈辱の日々だった。教会の地下で奴隷として働かされ、逆らえば同じように封印された同胞を滅ぼすと脅された。
精霊王として悠久の時を生きてきたゼストは感情を持つことはないが、この時始めて彼は人間らしい感情を得た。
怒りと、悲しみ。人間の身体を得たことで、彼は少しづつ人間のような感情を持つようになっていった。
「精霊王であった私はその力の大半を削がれ、ただの非力な人間として生きていくしか無かった」
人間と一体化した影響で本来の力を出すことが出来なくなったゼストは、教会の期待したような成果を出すことが出来ず、処分されようとしていた。
「私には逃げ出すことしかできなかった。非力な人間のように死にものぐるいで夜の街をかけ、路地裏で追っ手をやり過ごしながら怒りに身を焦がしていた」
そんな時だった。彼女に出会ったのは。
『――あら、アナタ。随分みすぼらしい格好をしているわね? こんなところで何をしているの?』
不意にかけられたそんな声。
僅かな眠りから覚めて顔を上げると豪奢なドレスを身につけた勝ち気そうな少女が自分を見下ろしていた。
「アナタ、名前は?」
追っ手から散々逃げ回り、疲れが限界に達していたゼストは眠気で朦朧としながら、それに応えてしまった。
「ゼ……ト」
不本意ではあるが、これが今の自分を表す名前だ。ゼストは掠れた声でその名をつぶやく。
しかし目の前の少女はそれが聞き取れなかったようで首を傾げた。
「なんて言ったの?」
「ゼ……ト」
少女の可愛らしい問いかけにもう一度言葉を紡ごうにも、まだ成長期なこの人間の身体は一晩中逃げ回ったことで体力を消耗しきっていた。身体が睡眠を必要としていて、うまく口が回らない。
ゼストのそんな様子に業を煮やした少女はとんでもないことを言ってきた。
「名前が聞き取れないわ! 仕方ないわね。こうなったら私がアナタに名前をつけてあげる。そうね、アナタの名前は……ゼーレストよ。これからアナタはゼーレストと名乗りなさい!」
そう言って少女がゼスト――ゼーレストに指を指した途端、不思議なことが起こった。彼女に指先から白虹の光が放たれ、ゼストの身体を包み込んだのだ。
その瞬間、ゼストは全身から力が溢れてくることに気づいた。封印されていた時から感じていた全身の倦怠感が消え、精霊としての自分と人間の肉体が完全に融合したかのような感覚を覚えた。
今までになく意識がハッキリとし、眠気すら感じなくなっていた。そこで彼はようやく、自分が精霊王としての力を取り戻したことに気づいたのだ。
今や身体の芯から力が湧いてくる。ゼストにかけられていた精霊封印術が破られた証拠だった。
「君は一体……?」
己に起こった突然の事態に呆然としてゼストは目の前の少女を見る。まだあどけなさが残る、つり目気味の少女にゼストは自然と問いかけてしまった。
「私はクラリス。クラリス・エルダイン」
水色の髪を縦ロールにして結い上げた少女――クラリスは得意げに答える。彼女の動きに合わせて揺れる縦ロールから何故か目が離せなくなってしまった。
「エルダイン……グレイブル王国宰相の?」
「そうよ。それよりアナタ、こんなところで寝転がってたってことは行くところがないの?」
「うっ、」
少女の問いかけにゼストは固まる。
教会から必死に逃げ出してここまで来たはいいものの、これからどうするか全く考えていなかった。
どのような理由かは分からないが精霊王としての力を取り戻した。本当は今すぐにでも未だ教会に縛られたままの同胞を助けたいが、また封印されては元も子もない。
どうすべきか、と考えるゼストにクラリスは思わぬ提案をしてきた。
「ねぇ、行くところがないならアナタ、私の従者にならない?」
「え?」
「アナタよく見ると綺麗な顔立ちをしているわ。私、綺麗なモノが大好きなの。だからゼーレスト、アナタ私のものにならない?」
さも当然のように言い、手を差し出す少女。
台詞自体は傲慢そのものであるのに、ゼストは――ゼーレストは気づいてしまった。
彼女に名前をつけられた瞬間、自分は『ゼストグロウ』ではなくなっていたことに。
彼女の力によって、自分が『精霊王ゼーレスト』として変えられてしまったのだと気づいた。
精霊の主たる自分の真名を変えるほどの力を持つこの少女は一体なんなのだろう。一体、この子にはどれほどの力が宿っているのだろう。
もしこの存在に、教会が気づいてしまったら。
――この子は私が守護せねばならない。それこそ悪しき教会の手に渡らぬよう。
彼女には恐らく聖女の素質がある。
そしてそれは教会に利用されかねない力だ。側にいて守らなければ。
愛おしいこの子を守らなければ。そう思うと身体が自然に動いていた。
「ゼーレスト、この身をかけて貴女にお仕えします」
差し出された手に自分の手を重ね、ゼーレストはこの瞬間から彼女の守護者であり、従者となったのである。
ゼストは久方ぶりに目にした、自分にとっては忌々しい思い出しかない教会を見上げ、一人つぶやく。
美貌を嫌悪感に強ばらせるその表情は、クラリスの前では絶対に見せない、彼にしては珍しく荒れた姿であった。
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しかしそれを悪用していたのは、そのアルキュラスを信仰する教会本部だった。
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教会はその事実にいち早く気づき、女神信仰を完全なモノとするためにそれを利用することにした。
まずは女神と同じように異国で信仰されている精霊を根絶やしにしようとしたのだ。
「次々と同胞が消えていく。私はその事実に気づき、原因となっている教会に侵入した時には、精霊封印術は既に私を縛るほどに強大なものになっていた」
精霊にも多少『障り』に対する耐性はある。それは精霊が女神と同じ人ならざるモノであるからだ。
しかしかの悪しき教会はそれに対抗する手段を用意していた。
それが『真名の縛り』の儀式。
精霊は気に入った人間に加護を与える時、名前を付けてもらうことで存在を安定させる。
それは真名と呼ばれ、名付けられた精霊そのものを表す言葉となる。
教会はそれを利用し、強制的に名付けの儀式を行うことで精霊の存在を縛った。縛られた精霊はそれに抗うことはできなくなる。そこを『障り』によって弱体化させ、人間の身体に埋め込むという封印方法を完成させたのだ。
「私はゼストグロウとして名前を縛られ、教会の奴隷と成り果てた」
弱体化した力では教会の縛りに対抗するだけの力がなかった。封印の受け皿となった人間の肉体はまだ未熟で、強制的に精霊王としての力を振る舞えば壊れそうだった。そうなれば肉体と一体化してしまった自分も滅びてしまう。
ゼストにとっては屈辱の日々だった。教会の地下で奴隷として働かされ、逆らえば同じように封印された同胞を滅ぼすと脅された。
精霊王として悠久の時を生きてきたゼストは感情を持つことはないが、この時始めて彼は人間らしい感情を得た。
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「精霊王であった私はその力の大半を削がれ、ただの非力な人間として生きていくしか無かった」
人間と一体化した影響で本来の力を出すことが出来なくなったゼストは、教会の期待したような成果を出すことが出来ず、処分されようとしていた。
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「ゼ……ト」
不本意ではあるが、これが今の自分を表す名前だ。ゼストは掠れた声でその名をつぶやく。
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そう言って少女がゼスト――ゼーレストに指を指した途端、不思議なことが起こった。彼女に指先から白虹の光が放たれ、ゼストの身体を包み込んだのだ。
その瞬間、ゼストは全身から力が溢れてくることに気づいた。封印されていた時から感じていた全身の倦怠感が消え、精霊としての自分と人間の肉体が完全に融合したかのような感覚を覚えた。
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彼女に名前をつけられた瞬間、自分は『ゼストグロウ』ではなくなっていたことに。
彼女の力によって、自分が『精霊王ゼーレスト』として変えられてしまったのだと気づいた。
精霊の主たる自分の真名を変えるほどの力を持つこの少女は一体なんなのだろう。一体、この子にはどれほどの力が宿っているのだろう。
もしこの存在に、教会が気づいてしまったら。
――この子は私が守護せねばならない。それこそ悪しき教会の手に渡らぬよう。
彼女には恐らく聖女の素質がある。
そしてそれは教会に利用されかねない力だ。側にいて守らなければ。
愛おしいこの子を守らなければ。そう思うと身体が自然に動いていた。
「ゼーレスト、この身をかけて貴女にお仕えします」
差し出された手に自分の手を重ね、ゼーレストはこの瞬間から彼女の守護者であり、従者となったのである。
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