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2 悪役は、涙する。
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「はぁ……」
吐き出した息が白い。
冬の冷えた空気が当たりを包み込み、上質なコートを纏っているにも関わらずまとわりついてくる冷気に私はぶるっと身震いした。
「……これでよかったのよね」
未だ痛む頬を擦りながら、私はグレイブル王国王宮――レ・ザンテル宮殿を見上げる。
西の一帯を統べるという帝国より流入した独特の紋様が美しいクヴェナ様式を採用した宮殿は、夜の月に照らされ幻想的な景色を生み出している。
エルダイン公爵であり、この国の宰相を務める父と共に第二王子の婚約者として幼少時からこの王宮に出入りしていた『私』には見慣れた光景ながら、何度見てもこの宮殿は麗しい。
――この光景も今日で見納めね。
いつかこの宮殿で愛する人と暮らすのだと思っていた。そう夢見ていた。
けれど、その夢は脆く崩れ去ってしまった。
全て『私』のせい。私が引き起こしたことである。まさに自業自得。
私は先程第二王子レイン殿下に婚約破棄された上、貴族としての身分を剥奪されてしまった。
これから私は一週間の猶予の後、国外へ追放されるだろう。
これで私の役目は終わった。全て順序通り。結末はやはり変えられなかった。
覚悟していたこととはいえ、想像以上にキツい。
愛していた人に憎まれるというのは、こんなにも辛く、苦しいものなのか。
最後に向けられた最愛の人からの侮蔑のこもったアイスブルーの瞳を思い出してズキンと痛む胸を抑えた時、ふと傍らに人影が立った。
「クラリス様、お迎えに上がりました」
「ああ……ゼスト。迎えに来てくれたのね」
「今日は一段と外が冷えております。このままではお身体に障りますので、馬車にお入りください」
「ええ、ありがとう」
「お手をどうぞ」
スッと差し出された手に己の手を重ね、私はゆっくりと階段をおりてゆく。
ここに来ることはもう二度とない。レイン殿下にも、もう会えない。
――さようなら、私の恋。私の最愛の人。
変えられなかった結末に。悲恋で終わった恋に。最後に向けられたあの冷たい瞳に。何もできなかった無力な自分に涙が溢れて止まらない。
――駄目。堪えなくてはダメ。
私はこの世界においては悪役令嬢。ヒロインの恋路を邪魔する存在であり、そうしなければならなかった。
この世界を救うためには、それしか無かったのだから。
自分の気持ちを押し殺さなければ駄目。この恋はもう終わったものだから。
泣いては駄目。
そう思うのに零れ落ちる涙が抑えきれず、私は無様にも泣き続ける。
そんな私の手を従者であるゼストはただ優しく握りしめ、馬車に向かう道中ゆっくりと歩いてくれた。
明るい朱金の髪に紫の瞳を持つ私の従者、ゼストは細やかな気配りができて仕事を完璧にこなすこの私には勿体ないくらいの優秀な従者だ。
彼の気遣いに感謝しながら、私は一つ一つ階段をゆっくりと降りる。
――この世界に生まれて17年。
悪役令嬢クラリス・エルダインの役目は今日を以て終わった。
最愛の人から憎まれ、ヒロインに婚約者の座を明け渡すこと。それがこの世界に生まれた私の役目。
世界を滅ぼすか、最愛の人に憎まれ、追放されるか。
それがこの世界で生きる上で選択しなければならない私の運命だった。
悪役は、涙する。
この世界と愛する人の平和のために自分の気持ちを押し殺して。
吐き出した息が白い。
冬の冷えた空気が当たりを包み込み、上質なコートを纏っているにも関わらずまとわりついてくる冷気に私はぶるっと身震いした。
「……これでよかったのよね」
未だ痛む頬を擦りながら、私はグレイブル王国王宮――レ・ザンテル宮殿を見上げる。
西の一帯を統べるという帝国より流入した独特の紋様が美しいクヴェナ様式を採用した宮殿は、夜の月に照らされ幻想的な景色を生み出している。
エルダイン公爵であり、この国の宰相を務める父と共に第二王子の婚約者として幼少時からこの王宮に出入りしていた『私』には見慣れた光景ながら、何度見てもこの宮殿は麗しい。
――この光景も今日で見納めね。
いつかこの宮殿で愛する人と暮らすのだと思っていた。そう夢見ていた。
けれど、その夢は脆く崩れ去ってしまった。
全て『私』のせい。私が引き起こしたことである。まさに自業自得。
私は先程第二王子レイン殿下に婚約破棄された上、貴族としての身分を剥奪されてしまった。
これから私は一週間の猶予の後、国外へ追放されるだろう。
これで私の役目は終わった。全て順序通り。結末はやはり変えられなかった。
覚悟していたこととはいえ、想像以上にキツい。
愛していた人に憎まれるというのは、こんなにも辛く、苦しいものなのか。
最後に向けられた最愛の人からの侮蔑のこもったアイスブルーの瞳を思い出してズキンと痛む胸を抑えた時、ふと傍らに人影が立った。
「クラリス様、お迎えに上がりました」
「ああ……ゼスト。迎えに来てくれたのね」
「今日は一段と外が冷えております。このままではお身体に障りますので、馬車にお入りください」
「ええ、ありがとう」
「お手をどうぞ」
スッと差し出された手に己の手を重ね、私はゆっくりと階段をおりてゆく。
ここに来ることはもう二度とない。レイン殿下にも、もう会えない。
――さようなら、私の恋。私の最愛の人。
変えられなかった結末に。悲恋で終わった恋に。最後に向けられたあの冷たい瞳に。何もできなかった無力な自分に涙が溢れて止まらない。
――駄目。堪えなくてはダメ。
私はこの世界においては悪役令嬢。ヒロインの恋路を邪魔する存在であり、そうしなければならなかった。
この世界を救うためには、それしか無かったのだから。
自分の気持ちを押し殺さなければ駄目。この恋はもう終わったものだから。
泣いては駄目。
そう思うのに零れ落ちる涙が抑えきれず、私は無様にも泣き続ける。
そんな私の手を従者であるゼストはただ優しく握りしめ、馬車に向かう道中ゆっくりと歩いてくれた。
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――この世界に生まれて17年。
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世界を滅ぼすか、最愛の人に憎まれ、追放されるか。
それがこの世界で生きる上で選択しなければならない私の運命だった。
悪役は、涙する。
この世界と愛する人の平和のために自分の気持ちを押し殺して。
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