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1 悪役は嗤う
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大好きでした。あなたのことが。
けれどそれは私の独りよがりだった。
だから今日、私は貴方の元を去ります。
それが、私が最後にできる唯一の償いだから――。
*
「――君には失望した」
その言葉と共に頬に走った痛み。
突然の反動に耐えきれず、私はその場に尻もちを着いてしまう。
ペタンと座り込んでしまった床から感じる冷たさに私は直ぐに己を取り戻したが、既に遅かった。
王家主催の舞踏会で何たる失態。
しかもここは広間の真ん中。いい注目の的である。
そんなことを考えながらも、私は目の前で起きた事態を整理できないでいた。
私はここ、グレイブル王国の王家主催の夜会に呼ばれた。
婚約者である第二王子に挨拶しようと近づいた。そこまでは良かった。
第二王子レイン殿下は私が視界に入るなりその麗しいアイスブルーの瞳に嫌悪を宿し、こちらを睥睨し、「失望した」という言葉と共に頬を打たれた。
――何故。
未だ頬に残る痛みに手を当てて呆然としていると、レイン殿下は私に向かって吐き捨てるように告げる。
「公爵家令嬢であることを鼻にかけた傲慢な振る舞いは日頃から目に余るものがあったが、まさか『聖女』にまで愚行を犯すとは思わなかった」
「聖女……?」
「そうだ。知らないとは言わせない。リーン・アストライア……彼女は正式に『聖女』と認定された。その彼女にお前がどんな仕打ちをしたか知らないとは言わせないぞ! お前がリーンに危害を加えたことはここにいる皆が知っている! クラリス・エルダイン!」
「……」
――聖女。
それがこの国においてどれほど重要な存在であるか。それを知らない者はいない。
神に祝福を受けた聖なる愛し子。神の使徒。
国を守護し、いかなる怪我や病も癒すという奇跡の御業を行使する存在。
聖女は教会が集める聖女候補の中から神の託宣により選ばれる。その存在は極めて希少なため時には国王より優先保護対象とされることすらある。
聖女に無礼を働くことは絶対にあってはならない禁忌。それだけ国にとって重要な存在なのだ。
――やはり、こうなってしまうのね。
やはり、運命に抗うことはできないらしい。
例えそれが身に覚えのないことであっても、この状況で普段から傲慢な公爵令嬢として知れ渡っている私の言葉を信じる者はいないだろう。
こちらを睨みつける第二王子の冷たい視線に私はズキリと胸が傷むのを感じた。
涙が滲みそうになる目をぎゅっと瞑り、床から立ち上がる。
分かっていたことだ。いずれこうなることは。だからこそ私はきちんと覚悟もしてここに来たはずだ。
けれど、実際に向けられる瞳はあまりにも冷たく、放たれる言葉は鋭利な刃物のように私の心に刺さった。
けれど、耐えなければならない。
それが私にできる唯一の償いなのだから。
これから私が犯すであろう罪に比べれば、こんなもの。
私はグッと拳を作って第二王子を見据える。
軽蔑の視線を宿したアイスブルーの瞳にまたズキリと胸が疼いたが、無視する。
そうしなければならなかった。
私にレイン殿下を愛する資格などないのだから。
だから演じて魅せましょう。
傲慢な振舞いで皆から嫌われる悪役令嬢を。
全ては愛する貴方のために。
「――聖女、だからなんなのですか? レイン殿下。そんなこと私には関係なくってよ。平民の出の小娘にはらう礼儀など、私持ち合わせておりませんの」
悪役は嗤う。
最愛の人に振られるために。
今日、私は貴方の元を去ります。私を憎んでいる貴方のために。
けれどそれは私の独りよがりだった。
だから今日、私は貴方の元を去ります。
それが、私が最後にできる唯一の償いだから――。
*
「――君には失望した」
その言葉と共に頬に走った痛み。
突然の反動に耐えきれず、私はその場に尻もちを着いてしまう。
ペタンと座り込んでしまった床から感じる冷たさに私は直ぐに己を取り戻したが、既に遅かった。
王家主催の舞踏会で何たる失態。
しかもここは広間の真ん中。いい注目の的である。
そんなことを考えながらも、私は目の前で起きた事態を整理できないでいた。
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未だ頬に残る痛みに手を当てて呆然としていると、レイン殿下は私に向かって吐き捨てるように告げる。
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「聖女……?」
「そうだ。知らないとは言わせない。リーン・アストライア……彼女は正式に『聖女』と認定された。その彼女にお前がどんな仕打ちをしたか知らないとは言わせないぞ! お前がリーンに危害を加えたことはここにいる皆が知っている! クラリス・エルダイン!」
「……」
――聖女。
それがこの国においてどれほど重要な存在であるか。それを知らない者はいない。
神に祝福を受けた聖なる愛し子。神の使徒。
国を守護し、いかなる怪我や病も癒すという奇跡の御業を行使する存在。
聖女は教会が集める聖女候補の中から神の託宣により選ばれる。その存在は極めて希少なため時には国王より優先保護対象とされることすらある。
聖女に無礼を働くことは絶対にあってはならない禁忌。それだけ国にとって重要な存在なのだ。
――やはり、こうなってしまうのね。
やはり、運命に抗うことはできないらしい。
例えそれが身に覚えのないことであっても、この状況で普段から傲慢な公爵令嬢として知れ渡っている私の言葉を信じる者はいないだろう。
こちらを睨みつける第二王子の冷たい視線に私はズキリと胸が傷むのを感じた。
涙が滲みそうになる目をぎゅっと瞑り、床から立ち上がる。
分かっていたことだ。いずれこうなることは。だからこそ私はきちんと覚悟もしてここに来たはずだ。
けれど、実際に向けられる瞳はあまりにも冷たく、放たれる言葉は鋭利な刃物のように私の心に刺さった。
けれど、耐えなければならない。
それが私にできる唯一の償いなのだから。
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そうしなければならなかった。
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