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1章 追放までのあれこれ。

33 そしてふたつはひとつへと

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「元に、戻る……? 元通りの、『私』に……?」

 呆然と呟くアリーシャの見開かれた紅玉の瞳に視線を合わせるようにして、私は頷く。

 これが、大上 アリサわたしの出した答えだった。
 元々『私』はアリーシャ・ウルズ・オーウェンというこの世界に転生した人物の一人だった。

 それが絶望に打ちひしがれたアリーシャによって魂は引き裂かれ、二つに分かれた結果、今世を生きる『アリーシャ』と生まれ変わる前の魂――前世の記憶を持つ『大上アリサ』というふたつの魂になってしまった。

 分かれた魂が意識を取り戻した結果、私は前世の記憶を取り戻したと考えれば辻褄は合う。
 元々ひとつの魂が分かれてしまっただけなのだから、ふたつの魂が融合すれば元通りになることも可能だ。
 私がこの結論を出した理由はそれだけではないが。

「アリーシャ、貴女はここで私に殺されることでこの世から消えて、残りの人生を私に託すつもりだったのでしょう?」

 私が静かに問いかけると、アリーシャは動揺したように紅玉の瞳を震わせ、唇を噛んだ。

「……ええ、そうよ。今のアリサは純粋には私ではない。アリーシャ・ウルズ・オーウェンから切り離された貴女は前世の記憶を取り戻し、『大上アリサ』という自我を取り戻した。その時点であなたは私の一部でありながら、私とは違う存在になった。アリーシャでなければ、この運命から逃れられることができる。だから私は、貴女に殺されることでこの体を貴女に渡そうと考えていたの……」

『アリーシャ・ウルズ・オーウェン』でいる限り、あの悪夢のような人生から逃れることはできない。
 だから絶望の後に魂をふたつに分けた彼女は、新しく生まれたもうひとつの魂に自分を消してもらい、全てを与えようとしていたのだ。
 それこそが、彼女の願いだった。

 彼女の願いから生まれた私は、彼女のために最善を尽くしてきた。
 10歳で前世の記憶を取り戻してからこの七年間、私は彼女の望みのために動いてきたのだから。

 けれど。しかし。

「――貴女は本当にこのまま消えてもいいと思っているの?」
「え……?」
「私に殺されて、そのまま消えて。貴女は本当にここで人生を終えていいの?」

 生まれた時から呪われたような運命を背負ってきて、わずか10歳で未来を知り、絶望して。
 結果死ぬことを望み、今この場で私に殺されることに安堵して、私に感謝までしたアリーシャ。

 ――貴女は本当に、こんな人生を送って良かったと言えるの?

 人は誰だって幸せになれる権利があるはずなのに。
 こんな散々な人生を送って、自分の未来に絶望し、果てに死を望んだ彼女。
 恨むことだってできたはずだ。こんな呪われた人生を授けた神に。そんな宿命を与えた全てに。

 ――貴女を殺そうとする私に。

 それなのに彼女は誰を恨むでもなく、呪うわけでもなく、どこまでも、自己犠牲を望んだ。
 世界を破滅させる運命を持った自分だけを厭い、自らの死を願った。

 それもわずか10歳の少女が。
 自らの人生に絶望した末に選んだのは死ぬことだった。

 ゲームの世界のアリーシャだって、幸せに生きる権利があったはずだ。
 元々彼女は王子の婚約者だった。それをヒロインという存在がいたことで嫉妬にかられ人生が狂い、国外追放された果てに、魔王フェリクス依代いけにえになるという悲惨な結末を迎えた。

 ゲームでの結末。そして今ここにいる彼女の人生。
 それは、誰が仕組んだ運命のイタズラだったのか。
 まだ思春期も迎えていない少女が、全てを知って人生に絶望する悲しみと苦しみはどんなものであったか。

 まだこれからだという人生に、自ら終止符を打つことを選んだ彼女は、一体その小さな身体に、どれだけの痛みを抱えてきたのだろう。
 普通の幸せを知ることもなくこれから死のうとしている彼女を、どうして放っておけるだろうか。

 ――少なくとも、私には無理だ。私は『彼女』に幸せになってもらいたいのだ。
 当たり前の幸せを普通に感じられる、そんな人生を歩んで欲しいのだ。

「私は貴女を死なせたりはしない。私は貴女アリーシャと、幸せになりたいの」

 もう一人の私。
 大事な大事な、私の片割れ。
 もう、泣かなくていいんだよ。もう、苦しまなくていいんだよ。
 貴女はもうひとりじゃない。孤独じゃない。
 私がいるから。貴女のそばに、ずっと居るから。

 ――だからもう、泣かなくていいんだよ。

「私と一緒に、今度こそ新しい人生をやり直しましょう。幸せだと言える人生を、今度こそ」


 私と一緒に――。

 ニコリと笑って『彼女』に手を伸ばす。
 その手をアリーシャはしばらく逡巡するように見つめて、やがて紅玉の瞳にひとつの決意を宿し、震えながら右手を差し出してきた。
 私の手と、アリーシャの手が重なった瞬間――。

 眩いばかりの光が、私たちを包み込んだ。


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