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1章 追放までのあれこれ。
14, いよいよ対峙……のはずですが?
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「──アリーシャ様。そろそろ王宮に到着致します」
「ん……」
遠慮がちにかけられた静かな声音に、私は伏せてい瞼をあげた。ぱちぱちと何回か瞬きを繰り返して、夢想にふけっていた意識がはっきりと覚醒する。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「……寝てしまっていたようね」
「昨日は遅くまで起きておられたのです。無理もありません。まだ到着まで少し時間がありますので、おくつろぎ下さい。休める時に休んでおかないと」
「そうね、ありがとう」
ミーナのこちらを気遣う言葉に感謝して私は微笑みを返した。
昨日は色々調整やら話し合いやらで遅くまで起きていた。おかげでろくに睡眠もとらないまま王宮に出向くことになってしまったのだ。座り心地のいい馬車に揺られて、穏やかな陽の光を受けていればうたた寝もしてしまうだろう。
しかしそうも言ってはいられない。
ここからが本番なのだ。これから私には国王を説得するという大仕事が待ち構えている。国王をなんとか説得して婚約を正式に破棄し、「アリーシャ」の存在を抹消できなければ待ち受けるのはあの最悪な未来だ。
何度も視てきたあの悪夢のような未来。
つい今しがたまで見ていた夢を思い出して私の心は重く沈む。
『アリーシャ』が深く絶望したことで心が軋み、その魂は『アリーシャ』と『私』の二つに分かたれてしまった。しかし私達は完全に分離した訳ではなく、心の深い奥底で繋がっている。
私は『アリーシャ』を通して二年間彼女が見続けてきたあの悪夢のような未来を体験し、それらの全ての結末を把握した。
追体験したことで浮かび上がったいくつかの謎と、私が持つ前世の記憶を辿っていくことで未来観測の魔術が使えるようになった原因と、あの悪夢の関連についてひとつの仮説をたてていた。
この世界は私が前世でプレイした乙女ゲーム『聖乙女の涙』そのものだ。
私はあのゲームを全て攻略し、尚且つ全てのルートにおけるアリーシャの最期を見ている。
見方を変えれば、あれらはこの世界のアリーシャからするとこれから起こる未来の可能性そのものといえる。
その私の「大上アリサ」としての前世の記憶と、アリーシャ自身が持つ魔術の才能が相互干渉し『未来観測』の魔術を行使可能にした。その結果、あの悪夢のような未来を観測させることになったのではないか、と私は予想している。
実際にいくつかの結末は私がゲームでプレイした中で知っているアリーシャの最期と全く同じものであった。
そしてこの世界は前世の記憶を持つ私やセジュナといったイレギュラーな存在を含みつつも、ほぼゲーム通りに状況が進行している。
このままいけば私は自身の望んだ通りに国外へと追放されることになるだろう。それは別にいいのだ。私はあんなバカ王子の妻にはなりたくないし、まだ結婚したくはない。
だが、「このまま」では駄目なのだ。
アリーシャの存在を消さなければ、たとえ私がここで自由の身になったとしても恐らく結末はあの悪夢と同じになるだろう。
それでは駄目だ。何も変わらない。
未来を変えるための算段もついている。上手く交渉の場へ持ち込み、認めさせることができれば結末は変えられるはずだ。
だとすると残るのはとある疑問。『アリーシャ』が何故自殺できなかったのか。これについてもある程度の確信を得ている。
前世の記憶を取り戻してからずっと思っていた疑問と、この謎についての答えがきっと繋がっている。
ふと窓から外に目を向ければ、日差しを受けて白く輝く荘厳な構えの王宮が姿を現していた。
アルメニア王国で一番立派なその建物はリーキュハイア宮殿と呼ばれている。
初代聖乙女でこの国の王女でもあったメサイアが当時最高の建築技術を結集させて建てさせたというこの王宮は、現代の建築物を知る私から見てもかなり立派なものであろうと思う。
中世ヨーロッパ風の世界観にも関わらず基礎からきちんと作られ、耐震構造も備えているというこの王宮は創立100周年を迎えたアルセニア学園に次ぐ歴史と伝統を誇る建物だ。
オーウェン公爵家の馬車はゆっくりと門をくぐり、しばらく歩みを進めたところで完全に停止した。
「アリーシャ様。到着したようです」
「そのようね」
私はミーナに手を引かれながら馬車を降りた。
ミーナはいつものお仕着せではなく従者の服を着ている。桜色の髪は編み込みにして短髪風にし、いつもは柔和な笑みを浮かべるエメラルドの瞳も、今は幾分鋭い。
男装したミーナは今日は従者として私に着いてきている。
私と身長も背格好もそんなに変わらないというのに隙なく立ち回るその姿は一見すると女だとは分からない。ミーナも幼少よりお母様に鍛えられていてそこら辺の護衛騎士よりかは余程腕がたつ。
その頼もしい姿に私は身体の力をゆっくりと抜いた。
そのつもりは無かったのだが、思ったより緊張していたらしい。
無理もないか。今から国王様と対面だもんね……。
自分で自分に苦笑しながら、私は差し出されたミーナの手を取り、歩き出す。
いつかの舞台の悪役令嬢のように。遅くもなく早くもなく。かといってドレスの裾を翻すことなく、優雅な足取りで。
今の私は「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」。
国内でも名門貴族の令嬢で、未来の王妃と称される誇り高き貴族の娘なのだから!
顔には一部の隙もない笑みを浮かべ、今日のために選んだ薄桃のドレスのスカートを優雅に捌きながら王宮へと足を踏み入れた私は、華麗な銀細工が施された扉の前に立つ。
謁見の間の入口に繋がる控えの間。
王族に謁見が許された者はそれなりの身分を要求される。だからここに入れるのは私だけだ。
ミーナもそれを分かっているのか、扉から一歩引き、私に先を促した。
「行ってらっしゃいませ。アリーシャ様」
「ええ。いってくるわ」
──いざ、決戦の場へ!
心の中でそう呟きながら銀細工の取っ手を掴んで勢いよく観音開きにした途端。
私は扉を開いた両手を伸ばしたまま、硬直した。
なぜなら──
「アリーシャ嬢!! 今まで申し訳ないことをした!! すまなかったああ!!」
突然部屋中に響いた大声に私の思考は完全に停止する。状況を把握できず、間抜けな声を漏らすことしかできなかった。
「……へ?」
──なぜならそこには、床まできっちり頭を伏した見事な土下座を披露するこの国の王太子、セラーイズル第一王子殿下がいたからである。
「ん……」
遠慮がちにかけられた静かな声音に、私は伏せてい瞼をあげた。ぱちぱちと何回か瞬きを繰り返して、夢想にふけっていた意識がはっきりと覚醒する。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「……寝てしまっていたようね」
「昨日は遅くまで起きておられたのです。無理もありません。まだ到着まで少し時間がありますので、おくつろぎ下さい。休める時に休んでおかないと」
「そうね、ありがとう」
ミーナのこちらを気遣う言葉に感謝して私は微笑みを返した。
昨日は色々調整やら話し合いやらで遅くまで起きていた。おかげでろくに睡眠もとらないまま王宮に出向くことになってしまったのだ。座り心地のいい馬車に揺られて、穏やかな陽の光を受けていればうたた寝もしてしまうだろう。
しかしそうも言ってはいられない。
ここからが本番なのだ。これから私には国王を説得するという大仕事が待ち構えている。国王をなんとか説得して婚約を正式に破棄し、「アリーシャ」の存在を抹消できなければ待ち受けるのはあの最悪な未来だ。
何度も視てきたあの悪夢のような未来。
つい今しがたまで見ていた夢を思い出して私の心は重く沈む。
『アリーシャ』が深く絶望したことで心が軋み、その魂は『アリーシャ』と『私』の二つに分かたれてしまった。しかし私達は完全に分離した訳ではなく、心の深い奥底で繋がっている。
私は『アリーシャ』を通して二年間彼女が見続けてきたあの悪夢のような未来を体験し、それらの全ての結末を把握した。
追体験したことで浮かび上がったいくつかの謎と、私が持つ前世の記憶を辿っていくことで未来観測の魔術が使えるようになった原因と、あの悪夢の関連についてひとつの仮説をたてていた。
この世界は私が前世でプレイした乙女ゲーム『聖乙女の涙』そのものだ。
私はあのゲームを全て攻略し、尚且つ全てのルートにおけるアリーシャの最期を見ている。
見方を変えれば、あれらはこの世界のアリーシャからするとこれから起こる未来の可能性そのものといえる。
その私の「大上アリサ」としての前世の記憶と、アリーシャ自身が持つ魔術の才能が相互干渉し『未来観測』の魔術を行使可能にした。その結果、あの悪夢のような未来を観測させることになったのではないか、と私は予想している。
実際にいくつかの結末は私がゲームでプレイした中で知っているアリーシャの最期と全く同じものであった。
そしてこの世界は前世の記憶を持つ私やセジュナといったイレギュラーな存在を含みつつも、ほぼゲーム通りに状況が進行している。
このままいけば私は自身の望んだ通りに国外へと追放されることになるだろう。それは別にいいのだ。私はあんなバカ王子の妻にはなりたくないし、まだ結婚したくはない。
だが、「このまま」では駄目なのだ。
アリーシャの存在を消さなければ、たとえ私がここで自由の身になったとしても恐らく結末はあの悪夢と同じになるだろう。
それでは駄目だ。何も変わらない。
未来を変えるための算段もついている。上手く交渉の場へ持ち込み、認めさせることができれば結末は変えられるはずだ。
だとすると残るのはとある疑問。『アリーシャ』が何故自殺できなかったのか。これについてもある程度の確信を得ている。
前世の記憶を取り戻してからずっと思っていた疑問と、この謎についての答えがきっと繋がっている。
ふと窓から外に目を向ければ、日差しを受けて白く輝く荘厳な構えの王宮が姿を現していた。
アルメニア王国で一番立派なその建物はリーキュハイア宮殿と呼ばれている。
初代聖乙女でこの国の王女でもあったメサイアが当時最高の建築技術を結集させて建てさせたというこの王宮は、現代の建築物を知る私から見てもかなり立派なものであろうと思う。
中世ヨーロッパ風の世界観にも関わらず基礎からきちんと作られ、耐震構造も備えているというこの王宮は創立100周年を迎えたアルセニア学園に次ぐ歴史と伝統を誇る建物だ。
オーウェン公爵家の馬車はゆっくりと門をくぐり、しばらく歩みを進めたところで完全に停止した。
「アリーシャ様。到着したようです」
「そのようね」
私はミーナに手を引かれながら馬車を降りた。
ミーナはいつものお仕着せではなく従者の服を着ている。桜色の髪は編み込みにして短髪風にし、いつもは柔和な笑みを浮かべるエメラルドの瞳も、今は幾分鋭い。
男装したミーナは今日は従者として私に着いてきている。
私と身長も背格好もそんなに変わらないというのに隙なく立ち回るその姿は一見すると女だとは分からない。ミーナも幼少よりお母様に鍛えられていてそこら辺の護衛騎士よりかは余程腕がたつ。
その頼もしい姿に私は身体の力をゆっくりと抜いた。
そのつもりは無かったのだが、思ったより緊張していたらしい。
無理もないか。今から国王様と対面だもんね……。
自分で自分に苦笑しながら、私は差し出されたミーナの手を取り、歩き出す。
いつかの舞台の悪役令嬢のように。遅くもなく早くもなく。かといってドレスの裾を翻すことなく、優雅な足取りで。
今の私は「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」。
国内でも名門貴族の令嬢で、未来の王妃と称される誇り高き貴族の娘なのだから!
顔には一部の隙もない笑みを浮かべ、今日のために選んだ薄桃のドレスのスカートを優雅に捌きながら王宮へと足を踏み入れた私は、華麗な銀細工が施された扉の前に立つ。
謁見の間の入口に繋がる控えの間。
王族に謁見が許された者はそれなりの身分を要求される。だからここに入れるのは私だけだ。
ミーナもそれを分かっているのか、扉から一歩引き、私に先を促した。
「行ってらっしゃいませ。アリーシャ様」
「ええ。いってくるわ」
──いざ、決戦の場へ!
心の中でそう呟きながら銀細工の取っ手を掴んで勢いよく観音開きにした途端。
私は扉を開いた両手を伸ばしたまま、硬直した。
なぜなら──
「アリーシャ嬢!! 今まで申し訳ないことをした!! すまなかったああ!!」
突然部屋中に響いた大声に私の思考は完全に停止する。状況を把握できず、間抜けな声を漏らすことしかできなかった。
「……へ?」
──なぜならそこには、床まできっちり頭を伏した見事な土下座を披露するこの国の王太子、セラーイズル第一王子殿下がいたからである。
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