14 / 36
1章 追放までのあれこれ。
13, 壊れた「彼女」の一つの願い
しおりを挟む
──最初の『悪夢』から、二年が過ぎた。
アリーシャはあれから毎晩のように夢を介して魔術を行使し、原因を探った。
なぜ自分が王子を殺してしまうのか。なぜ自分が王子から婚約破棄を告げられるのか。
頭の中は疑問で埋め尽くされ、不安でいっぱいだった。
どこかに解決策があるはずだ。自分が王子を殺すなんて有り得ない。そんなことは絶対に起こさない。起こさせない。
そんな悲壮な決意の元、『未来観測』を行使し続け、様々な未来をひたすら見続けてきた。微かな希望を頼りに、救いの未来を求めて。
だが、現実はそんな彼女にどこまでも残酷に立ちはだかる。
「なん、で……」
いつものように自分の部屋にあるベッドで目覚めたアリーシャはぽつりと呟いた。
二年の月日が経ちアリーシャの容貌はますます美しくなっていたが、どこか違和感を感じる。
眠っていたはずの彼女の目元には隈ができ、キラキラと輝く紅玉を思わせるルビーの瞳は、今は光を失い、まるで生気を感じない。
生ける人形と化したアリーシャは疲れ果てていた。
血の気を失った顔で窓から登る朝日を見つめ、アリーシャは呆然とした様子でヒステリックに叫んだ。
「なんで……私が魔王になっているのよ……!!」
シーツを指が白くなるまで力を込めて握りしめ、涙を零しながらアリーシャは喘ぐ。
何回見ても変わらない最期。
王子にいかに尽くそうと、関係を良くしようと、勉強や剣、魔術を極めようと結果は変わらなかった。
自分はどんな人生を歩んでも必ず最期は魔王の依代となって祖国を滅ぼさんとし、死んでしまう。
愛した両親を殺し、王子を殺し、祖国をも焦土に変え──最期は存在を抹消される。
いくら繰り返しても、何度試行錯誤してもこの最期だけは変わらなかった。
否、変えられなかった。
これが確定した未来なのだ。アリーシャは魔王の依代となるために生まれてきた。それが自分の生まれてきた意味だったのか。
この時、アリーシャはついに絶望した。
何も変えられず、このまま生きていればいつか必ず魔王の依代となり、アルメニア王国を滅ぼしてしまう。
人一倍聡く人一倍責任感があった彼女は、ここでひとつの決断を下した。
「私は、生きていてはいけない……」
このまま生きていれば、必ず遠くない未来自分は祖国にとって最悪の敵となる。
アリーシャが魔王となる理由は様々だったが、最期だけは変わらなかった。必ず魔王の依代としての最期を迎えることだけは変わらなかった。
魔王の依代となるのは元はミューズフラウの派生であるミューズ・フェリクスという膨大なミューズ素子を収めるにたるミューズ許容量を誇る人間。
国内でも随一のミューズ許容量を誇るアリーシャはまさにその条件に当てはまっていた。
「死ななくちゃ……」
生きていてはならない。自分は死ななくてはならない。
決心したアリーシャの瞳は光を取り戻していた。
ベッドから這い出たアリーシャは早速それを行動にうつそうとする。
棚に立てかけてあった訓練用の細剣を持ち出し、鞘を抜く。
抜き出た刀身が朝日を受けて輝くのを見ながら目を閉じ、自らの首に細剣を突き入れようとして──
バシンッ!!
首に刺さる寸前で、不自然に弾かれた。
「え!?」
困惑したアリーシャは今度は目を開いたまま再度首に細剣を突き入れようとするも、見えない壁に阻まれているかのように寸前で弾かれる。
速度を上げても落としても、首に刀身が入る寸前で弾かれた。
今までこんなことは一度もなかった。何故今急にこんな不可思議な現象が起こるのか。考えても分からなかった。ただ一つ分かるのは、これでは死ぬ事ができないということ。
「なんで……!?」
何故、死ぬことさえ自由に出来ないのか。神は、エミュローズ神は自ら死を選ぶことすら許してくれないのか。
「死にたい」という望みすら絶たれ、ついにアリーシャはその場に崩れ落ちた。
細剣が手から離れ、カラン……と音を立てて床に落ちる。
全ての希望が閉ざされ、その中で望んだたった一つの願いすら叶えられずアリーシャは今度こそ深く絶望した。
その心が……魂が極限まで軋み、壊れるほどに。
壊れた彼女はそのまま二度と意識を浮上させることは無かった。
心の奥底に閉じこもり、今もまだ死ぬことを望んでいる。
だからだろう。
壊れた魂は二つに分かたれ、ひとつは「アリーシャ」のまま、今も奥底で静かに眠っている。
そうして生まれたもう一つの魂は、表層に出てきた。とある前世の記憶を持って。
床にくずれ落ちたまま動かなくなった「アリーシャ」の体が、ビクリと震えた。
「……え、何コレ私死んだんじゃなかったっけ? ……なんで私こんな服来てるの? ってかここどこ……」
──あの時車に衝突されて死んだと思っていたのに起きたらいつの間にか見知らぬ部屋にいたんだけど……? どうなってるのこれ……。
分かたれたもう一つの魂は、前世の記憶を持っていた。それが、私。アリーシャ・ウルズ・オーウェンとしてこの世に生を受けて転生したらしい「大上アリサ」だった。
*
そうして目覚めた私は10歳から今までを「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」として生きてきた。
アリーシャとは今でも奥底で繋がっているから彼女の望みも理解している。
彼女は悲壮なまでに「死にたい」と願い続けていた。
だから私はそのために動いてきた。もうすぐでその望みは果たされる。だから終わらせなければならない。アリーシャの絶望と、その悲しみを止めるために、最後の仕上げを行う。
──アリーシャ・ウルズ・オーウェンを殺すという彼女のたった一つの願いを、実行するために。
アリーシャはあれから毎晩のように夢を介して魔術を行使し、原因を探った。
なぜ自分が王子を殺してしまうのか。なぜ自分が王子から婚約破棄を告げられるのか。
頭の中は疑問で埋め尽くされ、不安でいっぱいだった。
どこかに解決策があるはずだ。自分が王子を殺すなんて有り得ない。そんなことは絶対に起こさない。起こさせない。
そんな悲壮な決意の元、『未来観測』を行使し続け、様々な未来をひたすら見続けてきた。微かな希望を頼りに、救いの未来を求めて。
だが、現実はそんな彼女にどこまでも残酷に立ちはだかる。
「なん、で……」
いつものように自分の部屋にあるベッドで目覚めたアリーシャはぽつりと呟いた。
二年の月日が経ちアリーシャの容貌はますます美しくなっていたが、どこか違和感を感じる。
眠っていたはずの彼女の目元には隈ができ、キラキラと輝く紅玉を思わせるルビーの瞳は、今は光を失い、まるで生気を感じない。
生ける人形と化したアリーシャは疲れ果てていた。
血の気を失った顔で窓から登る朝日を見つめ、アリーシャは呆然とした様子でヒステリックに叫んだ。
「なんで……私が魔王になっているのよ……!!」
シーツを指が白くなるまで力を込めて握りしめ、涙を零しながらアリーシャは喘ぐ。
何回見ても変わらない最期。
王子にいかに尽くそうと、関係を良くしようと、勉強や剣、魔術を極めようと結果は変わらなかった。
自分はどんな人生を歩んでも必ず最期は魔王の依代となって祖国を滅ぼさんとし、死んでしまう。
愛した両親を殺し、王子を殺し、祖国をも焦土に変え──最期は存在を抹消される。
いくら繰り返しても、何度試行錯誤してもこの最期だけは変わらなかった。
否、変えられなかった。
これが確定した未来なのだ。アリーシャは魔王の依代となるために生まれてきた。それが自分の生まれてきた意味だったのか。
この時、アリーシャはついに絶望した。
何も変えられず、このまま生きていればいつか必ず魔王の依代となり、アルメニア王国を滅ぼしてしまう。
人一倍聡く人一倍責任感があった彼女は、ここでひとつの決断を下した。
「私は、生きていてはいけない……」
このまま生きていれば、必ず遠くない未来自分は祖国にとって最悪の敵となる。
アリーシャが魔王となる理由は様々だったが、最期だけは変わらなかった。必ず魔王の依代としての最期を迎えることだけは変わらなかった。
魔王の依代となるのは元はミューズフラウの派生であるミューズ・フェリクスという膨大なミューズ素子を収めるにたるミューズ許容量を誇る人間。
国内でも随一のミューズ許容量を誇るアリーシャはまさにその条件に当てはまっていた。
「死ななくちゃ……」
生きていてはならない。自分は死ななくてはならない。
決心したアリーシャの瞳は光を取り戻していた。
ベッドから這い出たアリーシャは早速それを行動にうつそうとする。
棚に立てかけてあった訓練用の細剣を持ち出し、鞘を抜く。
抜き出た刀身が朝日を受けて輝くのを見ながら目を閉じ、自らの首に細剣を突き入れようとして──
バシンッ!!
首に刺さる寸前で、不自然に弾かれた。
「え!?」
困惑したアリーシャは今度は目を開いたまま再度首に細剣を突き入れようとするも、見えない壁に阻まれているかのように寸前で弾かれる。
速度を上げても落としても、首に刀身が入る寸前で弾かれた。
今までこんなことは一度もなかった。何故今急にこんな不可思議な現象が起こるのか。考えても分からなかった。ただ一つ分かるのは、これでは死ぬ事ができないということ。
「なんで……!?」
何故、死ぬことさえ自由に出来ないのか。神は、エミュローズ神は自ら死を選ぶことすら許してくれないのか。
「死にたい」という望みすら絶たれ、ついにアリーシャはその場に崩れ落ちた。
細剣が手から離れ、カラン……と音を立てて床に落ちる。
全ての希望が閉ざされ、その中で望んだたった一つの願いすら叶えられずアリーシャは今度こそ深く絶望した。
その心が……魂が極限まで軋み、壊れるほどに。
壊れた彼女はそのまま二度と意識を浮上させることは無かった。
心の奥底に閉じこもり、今もまだ死ぬことを望んでいる。
だからだろう。
壊れた魂は二つに分かたれ、ひとつは「アリーシャ」のまま、今も奥底で静かに眠っている。
そうして生まれたもう一つの魂は、表層に出てきた。とある前世の記憶を持って。
床にくずれ落ちたまま動かなくなった「アリーシャ」の体が、ビクリと震えた。
「……え、何コレ私死んだんじゃなかったっけ? ……なんで私こんな服来てるの? ってかここどこ……」
──あの時車に衝突されて死んだと思っていたのに起きたらいつの間にか見知らぬ部屋にいたんだけど……? どうなってるのこれ……。
分かたれたもう一つの魂は、前世の記憶を持っていた。それが、私。アリーシャ・ウルズ・オーウェンとしてこの世に生を受けて転生したらしい「大上アリサ」だった。
*
そうして目覚めた私は10歳から今までを「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」として生きてきた。
アリーシャとは今でも奥底で繋がっているから彼女の望みも理解している。
彼女は悲壮なまでに「死にたい」と願い続けていた。
だから私はそのために動いてきた。もうすぐでその望みは果たされる。だから終わらせなければならない。アリーシャの絶望と、その悲しみを止めるために、最後の仕上げを行う。
──アリーシャ・ウルズ・オーウェンを殺すという彼女のたった一つの願いを、実行するために。
3
お気に入りに追加
4,209
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜
みおな
恋愛
転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?
だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!
これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?
私ってモブですよね?
さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる