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1章 追放までのあれこれ。

6,魔王とは

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乙女ゲーム「聖乙女の涙」にもいわゆる魔法の要素がある。

魔法というが、厳密に言えば違う。
概念的に当てはめるならば、魔術といった方がいいかもしれない。

しかし、それを説明するならばこの世界の起源から遡らねばならない。



この世界は万能の女神エミュローズにより作られ、生まれた。

女神エミュローズは何も無かった世界に涙を落としてその雫が海となり、自らの髪を切り落としそこに大地を作った。
海は生命を生み、気の遠くなるような進化を遂げ人間となった。

女神エミュローズは世界を潤すために世界の中心となる場所に泉を、『神泉しんせん』を創った。
世界の隅々まで覆うように行き渡るその泉から湧き出るのは水ではなく、ひとつの素子だった。

その素子は体に取り込み消費することで様々な奇跡を起こした。

例えば空を飛んだり、風を起こしたり、水を操ったり、植物を成長させるといったようなもの。
これがこの世界の「魔術」の元となる万能素子「ミューズ」だ。
現代のゲーム風にわかりやすく例えるなら「マナ」に似ているかもしれない。

人間はこのミューズを体内に取り込み、行使することでいわゆる「魔術」を使うことが出来る。
それゆえ、ミューズは「万能素子」と呼ばれることもある。

しかしその「万能素子」にもある制約があった。
人間が一度に体内に取りこめるミューズの量には限界があったのだ。

それは個人で異なり、体内に取りこめるミューズ値の限界を『ミューズ許容量』という。
これが大きいものほど大掛かりな魔法を行使でき、力も強いとされる。

ミューズは世界の中心にあるこの「神泉」から永遠に湧き続け、世界全体を循環している。
人間に限らずこの世界に生きる者は人も動物も全てミューズの恩恵を受け、生きている。

そのミューズであるが、神から生み出された物質ゆえか特殊な性質を持っていた。
ミューズは一定の濃度で集まると意志を持つ集合体となるのだ。
その集合体の名称が『ミューズフラウ』である。

このミューズフラウはその存在こそ伝えられているものの、滅多に見ることができず実在するのかすら疑われている。

一説には世界中にあるミューズの流れを正常にするために現れるもの、といわれているが真偽は定かではない。

実在したとしてもミューズフラウ自体は害がないもので所詮はただのミューズ素子の集合体であるため、長くは密集できずすぐに霧散して消えてしまう。

だがその中でミューズフラウが突然変異を起こし、意志を持つ上に「知性」を兼ね備えた存在が生まれた。
それがミューズ・フェリクス。

ミューズ・フェリクスは「ミューズの番人」と呼ばれ、世界を循環するミューズの流れに滞りが生まれればその原因を探り排除する存在であった。

ミューズフラウはミューズ素子が濃密度に凝縮された集合体。膨大なエネルギーを秘めていた。
ある時このミューズフラウの膨大なエネルギーを何かに利用できないかと考えた集団があった。
この集団は長年の研究によりついにミューズフラウの観測に成功し、ミューズフラウに実験を施した。

しかしこの集団が観測したのはミューズフラウではなく、「ミューズの番人」たるミューズ・フェリクスだった。

ミューズ・フェリクスはミューズフラウの突然変異体。知能を獲得したこの個体は、独自の知性を持っていた。
それが結果的にこの災いを引き起こしたといえるだろう。

実験によりミューズ・フェリクスは乖離現象を起こし、その身が分解しかかるまでの大ダメージを受けた。
身の危険を感じたミューズ・フェリクスは逆にその集団を壊滅させてしまう。

ミューズ・フェリクスの存在意義はミューズの循環の流れを乱すものの排除。
ミューズ・フェリクスはその知性で「思考」し、人間がいかに愚かで残虐な存在であるかを理解した。
「ミューズの流れを乱すもの」──つまり、排除すべき存在と判断した。

人間がミューズの流れに害を為すと判断したフェリクスはその瞬間から人間の滅亡を目的とする『魔王フェリクス』へと変貌した。

元がミューズフラウの派生である魔王フェリクスはその存在が不安定で、自らを固定する器として膨大なミューズ素子の集合体をおさめるにたるミューズ許容量を持ち、尚且つ器を乗っ取りやすい「負の感情に心を支配された」人間を欲した。

全ては人間を滅亡するために。






「だから国内でも随一のミューズ許容量を持ち、追放された恨みで負の感情に心を支配されていたアリーシャが魔王の依代となってしまったわけ。分かった?」
「うん、何とか……」


セジュナが眉を寄せウンウン唸りながらもなんとか飲み込んだらしく首を縦に振った。
本当に理解できているのか。謎だがまぁいいだろう。

っていうかこれ学院初等部で習う知識なのに何故覚えていないんだ。
前世の時から講義とか座学とか苦手だったからさては聞いてなかったな……。

私は呆れながらもよいしょっと声を上げて立ち上がった。
まぁ今後の打ち合わせはこれくらいでいいだろう。
そろそろセジュナも戻らないと怪しまれてしまうし王子が探しに来るかもしれない。


「それじゃそろそろ戻りなよセジュナ。王子も心配してるかもだし」
「うん、そうだねぇ」


思ったよりも長くなってしまった。手早く済ますつもりだったのにセジュナのこの世界での一般常識のなさが露呈したのが悪い。
この子いずれは王妃になるのよね?これで大丈夫かしら……。
思わずアルメニア王国の行く末を案じかけたがこうもしていられない。

セジュナと軽く今後の予定を再確認すると共に連れたって談話室を出る。
貼っていた結界は解除しておいた。

そのまま別れようとしたところでいきなり声をかけられた。


「アリーシャ!!    貴様……セジュナに何をしているんだ!!」


げっ!   この声は……!!
驚いて目を向ければ、そこにはセラーイズル王子その人が仁王立ちで立っているではないか。

(やっば。王子がいるなんて誤算だった……!)

突然の事で思考が完全に停止する。
セジュナも流石に驚いたようで目を丸くして固まっていた。
王子はそんな私たちを気にもとめずスタスタ歩み寄るとセジュナを背にかばって私を睨みつけた。


「セジュナから離れろ!    第一お前は今さっき帰ったはずではなかったのか。もしや、帰るふりをしてセジュナを待ち伏せていたのだな!   この痴れ者が。恥をしれ!    これ以上セジュナに何か害を加えるようなら神籍剥奪した上で国外追放とするぞ!」


王子の言葉に思わず目が輝いた。 

え!?   今なんて仰いました?
神籍剥奪?    そう聞こえましたけど?    マジで?

セジュナに小さくアイコンタクトすると我が相棒しんゆうは私も間違いなく聞いた!     とばかりに大きく何度も頷く。

ちょっと聞きました奥さん。図らずも私の目的達成ですわよ。
もちろん剥奪なり追放なりなんなりして下さいませ王子様!    むしろ大歓迎です!!

感動にうち震えるあまり王子をガン無視して喜ぶ私に、とうとう王子がブチ切れた。


「アリーシャ!   聞こえなかったのか!!    何をしていた、答えろ!!」


王子の体内でミューズが爆発的に増えるのが分かった。
魔術を行使する前兆。
王子は私ほどではないがそれなりのミューズ許容量を誇る。

そのそこそこ強大なミューズ許容量に任せたミューズ値全開のカマイタチが私めがけて放たれた。
力加減無し、文字通り全力の。

さすがの私もこれには焦る。

待て王子!   お前ここどこだか分かってんの!?  室内だよ!?    アルセニア学院だよ!?
こんな所でそんなカマイタチぶっぱなすとか正気の沙汰じゃないよ!?    建物ぶっ壊したいの!?
下手すりゃ創立100年の学園一発で壊れる威力だよねそれ!?

あーもう!   やるしかないか!!

カマイタチが私に襲ってくると同時に地を蹴る。
そのまま壁を蹴りくるりと一回転。
そのままもう一度勢いをつけて地を蹴ると今度は天井で蹴り返しまたふわりと舞う。

アクション映画のスタントマンのようにアクロバティックな動きをしながら、ドレスの裾が翻るのも構わず向かってくるカマイタチ全てを「蹴って相殺」した。

なんということはない。体内に取り込んだミューズを消費して身体強化しただけだ。
いきなりのことで力加減を間違えて天井や壁に少しヒビが入ったけど問題ないよね!   そういうことにしておこう!!

そのままふわりと舞い、ストンと着地する。

ふと視線を感じてそちらを目を向ければ王子とセジュナが唖然としてこちらを見返している。
何2人してその阿呆面。
王子に至っては二回目だよ。美形台無しだよ。

首を捻って二人を見ているとガチャン、と何かが割れる音がして私の足元に転がる。


「ん……?」


この真っ二つに綺麗に割れているのは確か私が今日髪につけていたとっておきの大事な大事な、とっっっっっっても大事な髪飾りでは?

とある人にもらった金の蝶を模した型に私と同じ瞳の色の大ぶりのルビーが羽にはめ込まれた髪飾り。

は誕生日プレゼントにと照れくさそうにしながら渡してくれたっけ。
とても嬉しくて今日のこの断罪の晴れ舞台に絶対につけていこうと思っていた。

それがなぜこんな真っ二つになっているのだろう。
しばし思考し、そして原因に思い至る。



………………先程のカマイタチのせいでは?


──ブツン。

その瞬間、私の中で何かが切れた。いや、キレた。


「王子何してくれんだてめえええ!!」


気がつくと私はこの国の第一王子にプロレスラーもかくやな見事なラリアットをキメていた。



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