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ことは一週間前。

いつものように私の家の前で待ち構えている大牙を見た時のこと。
ちょっと不機嫌な表情でブレザーを着崩している大牙。

機嫌が悪いようなこの表情が彼のここ最近のデフォルトだったので私は何も気にならなかった。
地味に通したい私としてはこの朝の同伴登校はぜひ遠慮したかったが、素直に口にすると彼の眉間のシワが余計に酷くなるのが分かっていたのでそそくさと諦めた。
せめて目立たないようにと長年の地味術で周囲の景色と同化しようとした。


「おい、何勝手に離れようとしてんだ」


ぐい、と着崩すことなくきっちり校則通りに着た制服の襟を引っ張られた。
さすがに頭にきて抗議しようとすっかり大きくなって見上げるばかりになった大牙を睨みつけた。

大牙を見た瞬間。
私の心臓が不自然に大きくドクンと音を立てた。
血が全身を巡り、頭がクラクラする。
あまりにも激しい眩暈に、私は立っていられず家の壁に手をついた。
ついてくる私に満足したのか私の異変に大牙は気づかず、そのまま前を歩いている。
そのままじっとしていると、数分後に眩暈はおさまった。

一体なんだったのだろうと首を捻る。


「おい何してんだ、おせーぞ」


微かにいつものように苛立った口調の大牙の声に今度こそ文句を返そうとしたその時。

私はその口を開けたまま、固まった。

大牙が輝いて見える。
文字通り輝いて見える。
自分で何言ってんだこいつと思ったが、どうみてもそうとしか言いようがない。
私の視界で、彼が眩いばかりの光を伴っている。

いや、それだけではない。
大牙がイケメンに見える。
いや違う。大牙がイケメンなのはいつもの事だ。
ずっと見慣れた顔なのだから。
その筈、なのに。

いつもより、いやその比ではないくらいイケメン度が増している。
少女漫画で見るような周りに花が咲いた謎の脳内フィルターがかったイケメン。
そうだ、まるで私の目の前に何かのフィルターがかかったかのように当社比10倍増しでイケメン度が増しているのだ。

その顔から格好から、全て私には眩く見えたのだ。

いつもの不機嫌そうな顔も。
少し袖をまくってチラリと覗く二の腕も、そこから筋が経つ筋肉は堪らないし、ネクタイをしていない襟元から覗く鎖骨がセクシーだし、ズボンをはいていてもわかる鍛え抜かれて引き締まった尻なんかもう最高…………


えっ!?


そこまで考えて一瞬で我に返った。
今、私は何を考えていた?
大牙の鎖骨がセクシー?尻が最高?

自分で訳が分からず混乱する。
もう正視していられないくらいに大牙がカッコよく、そしてエロく見える。

不意に、体が熱くなっていくのを感じた。
何、何なの?
訳が分からず、ひたすら自分の体を抱きしめた。
立っていられず、その場に座り込んでしまう。
呼吸が上手くできなくて、肩を大きく上下に動かしなんとか息をする。


「どうしたんだ?未桜?」


私の異変に気づいた大牙が慌てた様子で駆け寄ってくる。
気づくと私の正面に大牙の顔があった。
眩いオーラを纏わせた大牙が、私の前にいる。
脳内フィルター10倍増しでイケメン度が増したその顔が、近づいてくる。

ここ数年でさらに逞しくなった身体、制服の上からでもわかる男らしい胸板。
微かに漂ってくる大牙の匂い。
その全てが、私を魅了して。

(ダメ。……ダメ)

心臓は今や破裂せんばかりの勢いで鼓動を繰り返しているし、何より……。

下腹部が、熱い。
私の秘部が疼いて止まらず、下着がびっしょり濡れている。

さすがの私も、これで察した。

とうとう来たのだ。
私の夢魔としての本能が目覚めてしまった。
私は大牙を見ないように、顔を下に向けた。

昔、姉に興味本位で聞いたことがあった。
夢魔として覚醒した時、何か変わることがあるのかと。
姉はこう応えた。

「とにかく男がみんなイケメンに見える」

特に処女を脱する際は特別なので、最高に体の相性がいい相手は眩いくらい輝いて見えて、目も当てられないほどなのだと。
そしてこれ以上ないくらい体が疼いて堪らないのだと。

姉の言った通りだ。
確かにこれではまともに目も合わせられないし、視界に入れたが最後、本能のままに相手を求めてしまうだろう。
体は依然として熱いし、下腹部が疼いて仕方ない。

--大牙。

大牙のその大きな体に抱きしめられたい。
その大きな手で秘部を掻き混ぜて欲しい。
彼のモノで私の中を奥まで貫いて欲しい。
何も考えられなくなるくらいの絶頂を味わいたい。

大牙が欲しい。


「未桜?」


大牙の心配そうなその声音に、夢魔としての本能に引き摺られそうになっていた思考が引き戻された。
また大きく心臓が脈打つ。

ダメだ。これ以上ここにいたら歯止めが効かなくなる。
大牙はダメだ。
この地味な私に、彼が興味など引かれるはずがない。
私には女としての魅力がない。
体は貧相に痩せこけているし、顔だって可愛くない。
大牙には釣り合わない。
そんな私を、大牙が抱きたいなど思うわけがないのだ。

離れなきゃ。一刻も早く。
そう思うと私はばっと勢いをつけて顔を上げた。
大牙が驚いたように後ずさる。
その隙をついて素早く身を起こし、鞄を抱き抱えると彼に声をかけられる前に一心不乱に駆け出した。


「おい、未桜!?」


呆然として戸惑った様子の大牙が思い浮かんだが、無理矢理頭を振って忘れる。
無我夢中でひたすら走った。
大牙が追いかけてこないことにホッとした。
彼は狼男の血を受け継いでいる。
追いかけられたらとても逃げ切れない。

それに。こんな顔、とてもじゃないけど見せられない。

私は大牙に発情してしまった。
その事実に火がでそうな程赤くなった顔など彼に見せられるはずもなかった。











「いい加減、何か言え。どうして俺を避ける」


だんだんと低くなっていく大牙の声。物凄く怒っている証だ。

もちろん、

「あなたに性的興奮を覚えてしまうから避けまくってました!」

などと言えるわけもない。

ああ、現実逃避をしていたのに突きつけられる現実は変わらないのか。

私はあれから毎晩下腹部の疼きに悩まされ、自慰をするハメになった。
自分の秘部を指で弄って何回イっても、体は満足しなかった。
むしろ欲望は増していくばかりで。
大牙のモノが欲しくて欲しくて堪らないのだ。

ああ、またそう思う間に下腹部が潤み、秘部が濡れていく。
正座しててよかった。
立っていたら愛液が足を伝い落ちてバレていたかもしれない。
下着もびっしょりだ。替えの下着なんて持ってきていないのにどうしたらいいのだろう。


「……おい未桜、未桜!!」


間近で響いた声に思わずビクリと肩を震わせて、私は反射的に顔を上げた。

しまった。

目の前には大牙の顔。
私の強制イケメンフィルターにより10倍増しのイケメン顔が眩いばかりの光を伴って私の視界一面を占領している。
あ、もうこれもしかしたら拝めるレベルかもしれない。
もうこの光が後光に見えてきた。

サラサラの黒髪、力強い眉に、切れ長の黒い目。
鼻は高く、外国人のようにハッキリした目鼻立ち。
あー、大牙の睫毛って意外に長いんだなぁ……綺麗。

目を離すことすら出来ずに、私はひたすら彼を凝視する。
何故か目が潤んできた。

その瞬間、ハッとしたように大牙が私をマジマジと見つめる。
お互いの視線が絡み合った。

何分くらいそうしていただろうか。
ゴクリと音を立てて大牙が唾を飲み込んだ。
その目つきは獲物を狙う獰猛な狼そのもの。
私に向かって手を伸ばす。

その手が、私の首筋に触れた。
人肌にしては少し高い体温が、指の腹越しに感じられる。
そのまま手はすっと首筋を撫でる。
その思いのほか優しい手つきに、私の肌は粟立った。

ただでさえ発情している状態の私に、大牙が触れてくる。
体の全てが性感帯になったかのように私は敏感に反応した。


「……ひ、ゃあん!」


鼻にかかった嬌声が私の口から漏れる。

ビクッと大牙の体が揺れ、その手の動きが止まった。
その目は驚きに見開かれている。

私は私で自分の嬌声に驚き、顔が真っ赤になった。
大牙の視線を感じて余計に赤くなる。
感じているのが、バレてしまった。
恥ずかしすぎて、視界に涙が滲んできた。


「未桜……今の」
「ちっ、違うの!なんでもないの!違うの!違うのおおおおお!!」


私はすぐさま立ち上がるとそのまま屋上を後にした。
扉を開けて階段を降りる。
正座した足が麻痺していて上手く動かせなかったが、それどころではなかった。
転げるように階段を降り、目に付いた窓から身を投げた。

大牙に聞かれてしまった!あんな声を!
走るだけじゃ足りない。
今すぐこの場からいなくなってしまいたい。

夢魔は悪魔だ。
当然その背には翼がある。
いつもは隠している背の翼をはためかせ、私は学校から逃亡した。
チラリと見えた屋上には、呆然としたままの大牙がポツンと座っていた。



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