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ひとしきり泣いたあと、私はユルドから身体を離した。
「もう大丈夫か?」
ユルドの言葉に私は無言で頷いた。
溜め込んで押さえ込んでいたものを全て吐き出していつになくスッキリした気分だった。
もう泣くのはここまで。折角の旅の始まりを台無しにする訳にはいかない。
「大丈夫。それよりか思ったより道草を食ったわ。早く戻らないと」
そう言って、私はユルドに手を当てる。
私の涙でぐちゃぐちゃになってしまった彼の騎士服を『再生』の力を行使して元通りにする。
次に泣いて腫れぼったくなってしまった瞼に手を当て、『治癒』する。
「はい、これで元通り」
さっきまで私が無様に泣いたという痕跡は綺麗さっぱり消え、ユルドが知るのみとなった。
そのユルドはというと『再生』の力を使って元通りになった自分の騎士服を見下ろしている。
「こんな使い方もできるのか。便利だよなその力……。本当に規格外な力だな」
「そんなに便利じゃないわよ。力を使いすぎると体調を崩すし、『再生』の力は特に使用方法が限定されるもの」
『治癒』は『再生』ほど力を消費しないため使うのはさほど難しくない。しかし『再生』は術者の力量に左右されるため、使える力が制限される。
今の私が使える『再生』ではせいぜい人間の腕一本を復活させることしかできないだろう。
リオースを建国した初代の聖女は死した人すら冥界の縁から呼び戻したと聞くから、『再生』の力はそれだけ強大なものなのだろう。
人間には過ぎた力だとも思う。だからこそこう思ってしまうのだ。
――初代の『聖女』はこの力をどうして手放してしまったのだろうと。
「さて証拠隠滅はしたし、そろそろ転移門へ戻りましょう」
「ああ、そうだな」
私とユルドは来た道を引き返し、転移門前へと戻っていった。
*
転移門をくぐり抜けて最初に目に付いたのは、一面の青い海だった。
「すごーい! これが海!?」
「そうだ」
水平線の彼方まで続く青い海。
波が押し寄せては引き返し、空では鳥たちが優雅に舞う。本で読んだ知識だけでは得られない世界が目の前に繰り広げられている。
ファルネラの東に位置する港街コーク。
転移門の先に指定されていたのはリオースに一番近い港でファルネラの流通を担う重要拠点でもあった。
「本当に青いのね! 太陽の光に反射してキラキラ輝いてるのも綺麗」
我を忘れてはしゃぐ私に周りが生暖かい視線を向けていることに気づいたが、今の私はただのお忍び。
『エオリアの聖女』という肩書きを忘れ、生まれて初めて見た海に大はしゃぎする。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「ああ、危なくない程度にはな」
ユルドに許可を得て港の対岸にある海岸に小走りで近づくと、浜辺に押し寄せてきた波に手をつけてみる。
雨水とは少し違う感じがする。塩分を含んでいるせいか手を出すと少しベタベタとした感覚があった。
「舐めるとやっぱりしょっぱいの?」
「ああ。でも舐めない方がいいぞ。お腹を壊すかもしれないからな」
しょっぱいのか確認しようと、指に顔を近づけた段階でユルドに釘を刺された。しぶしぶ指を引っ込めると、ユルドがくつくつと可笑しそうに笑う。
「海岸はまた今度連れてってやるから。とりあえずは港に戻ろう」
「わかったわ」
頷いて港の入口まで戻ると、何故かユルドが私の後ろに回り、突然目を覆い隠してきた。
「え、何?」
混乱する私に後ろからユルドが尋ねてくる。
「そういえばリディス、俺がわざわざ港町を経由することに疑問を感じていなかったか?」
「何を聞くかと思えばそんなこと? 当然じゃない。転移門で直通でファルネラに向かえば余計な手間もかからないし」
そうだ。海に夢中になってすっかり忘れていた。
ユルドだってリオース王国へ来るのに直通の転移門で来たといっていたのに、わざわざ港町を経由する必要はないはず。はっきりいって無駄ではないか。
ユルドに目を隠されたまま何処かへと誘導される。よく分からないままに歩きながらそう口にすると、やはり彼は意味ありげに笑うだけだった。
「コイツを見ても、まだそんなことが言えるかな? ――ほら、見てみろ」
そこで突然私の目を覆っていた手が退かされた。
視界が明るくなって、自然と目を細めてしまう。順応すると海の明るさに次第に慣れてきた。ユルドの「見てみろ」という台詞の正体を確認するために瞬きをすると――。
目の前に飛び込んできたものに、興奮のあまり声を上げてしまった。
「これって……船じゃない!!」
港にはファルネラの国旗が掲げられた見事な豪華客船が止まっていた。
「驚いたか? これに乗って王都まで向かうんだ」
私の驚愕に、ユルドは悪戯が成功して心底嬉しげな子どものようにニヤリと笑うのだった。
「もう大丈夫か?」
ユルドの言葉に私は無言で頷いた。
溜め込んで押さえ込んでいたものを全て吐き出していつになくスッキリした気分だった。
もう泣くのはここまで。折角の旅の始まりを台無しにする訳にはいかない。
「大丈夫。それよりか思ったより道草を食ったわ。早く戻らないと」
そう言って、私はユルドに手を当てる。
私の涙でぐちゃぐちゃになってしまった彼の騎士服を『再生』の力を行使して元通りにする。
次に泣いて腫れぼったくなってしまった瞼に手を当て、『治癒』する。
「はい、これで元通り」
さっきまで私が無様に泣いたという痕跡は綺麗さっぱり消え、ユルドが知るのみとなった。
そのユルドはというと『再生』の力を使って元通りになった自分の騎士服を見下ろしている。
「こんな使い方もできるのか。便利だよなその力……。本当に規格外な力だな」
「そんなに便利じゃないわよ。力を使いすぎると体調を崩すし、『再生』の力は特に使用方法が限定されるもの」
『治癒』は『再生』ほど力を消費しないため使うのはさほど難しくない。しかし『再生』は術者の力量に左右されるため、使える力が制限される。
今の私が使える『再生』ではせいぜい人間の腕一本を復活させることしかできないだろう。
リオースを建国した初代の聖女は死した人すら冥界の縁から呼び戻したと聞くから、『再生』の力はそれだけ強大なものなのだろう。
人間には過ぎた力だとも思う。だからこそこう思ってしまうのだ。
――初代の『聖女』はこの力をどうして手放してしまったのだろうと。
「さて証拠隠滅はしたし、そろそろ転移門へ戻りましょう」
「ああ、そうだな」
私とユルドは来た道を引き返し、転移門前へと戻っていった。
*
転移門をくぐり抜けて最初に目に付いたのは、一面の青い海だった。
「すごーい! これが海!?」
「そうだ」
水平線の彼方まで続く青い海。
波が押し寄せては引き返し、空では鳥たちが優雅に舞う。本で読んだ知識だけでは得られない世界が目の前に繰り広げられている。
ファルネラの東に位置する港街コーク。
転移門の先に指定されていたのはリオースに一番近い港でファルネラの流通を担う重要拠点でもあった。
「本当に青いのね! 太陽の光に反射してキラキラ輝いてるのも綺麗」
我を忘れてはしゃぐ私に周りが生暖かい視線を向けていることに気づいたが、今の私はただのお忍び。
『エオリアの聖女』という肩書きを忘れ、生まれて初めて見た海に大はしゃぎする。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「ああ、危なくない程度にはな」
ユルドに許可を得て港の対岸にある海岸に小走りで近づくと、浜辺に押し寄せてきた波に手をつけてみる。
雨水とは少し違う感じがする。塩分を含んでいるせいか手を出すと少しベタベタとした感覚があった。
「舐めるとやっぱりしょっぱいの?」
「ああ。でも舐めない方がいいぞ。お腹を壊すかもしれないからな」
しょっぱいのか確認しようと、指に顔を近づけた段階でユルドに釘を刺された。しぶしぶ指を引っ込めると、ユルドがくつくつと可笑しそうに笑う。
「海岸はまた今度連れてってやるから。とりあえずは港に戻ろう」
「わかったわ」
頷いて港の入口まで戻ると、何故かユルドが私の後ろに回り、突然目を覆い隠してきた。
「え、何?」
混乱する私に後ろからユルドが尋ねてくる。
「そういえばリディス、俺がわざわざ港町を経由することに疑問を感じていなかったか?」
「何を聞くかと思えばそんなこと? 当然じゃない。転移門で直通でファルネラに向かえば余計な手間もかからないし」
そうだ。海に夢中になってすっかり忘れていた。
ユルドだってリオース王国へ来るのに直通の転移門で来たといっていたのに、わざわざ港町を経由する必要はないはず。はっきりいって無駄ではないか。
ユルドに目を隠されたまま何処かへと誘導される。よく分からないままに歩きながらそう口にすると、やはり彼は意味ありげに笑うだけだった。
「コイツを見ても、まだそんなことが言えるかな? ――ほら、見てみろ」
そこで突然私の目を覆っていた手が退かされた。
視界が明るくなって、自然と目を細めてしまう。順応すると海の明るさに次第に慣れてきた。ユルドの「見てみろ」という台詞の正体を確認するために瞬きをすると――。
目の前に飛び込んできたものに、興奮のあまり声を上げてしまった。
「これって……船じゃない!!」
港にはファルネラの国旗が掲げられた見事な豪華客船が止まっていた。
「驚いたか? これに乗って王都まで向かうんだ」
私の驚愕に、ユルドは悪戯が成功して心底嬉しげな子どものようにニヤリと笑うのだった。
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